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神様に愛された人間というのがいる。

才能にあふれ、まるで約束されたかのように表舞台に颯爽と登場し、人々の賛辞と脚光をあびる人間が…。

反対に、神様に愛されない人間というのもいる。

大した才能もないくせに、夢を追いかけ、神様に愛された人間の前で立ちつくすことしかできない憐れで滑稽な人間が…。

俺は一体どっちだったろう?  


    *


「あなたのピアノは完璧ね」

いつも正解を引き当てる。きっとあなたの性格が出ているのね、と先生はいった。あの頃、ジュニアのピアノコンク―ルで入賞常連だった俺は先生のそんな評価すら誉め言葉だと思っていた。笑える話だ。

「とてもコンクール向きだと思うわ」
「ありがとうございます、先生!」
「でも、神様に…」

その先に続く先生の言葉をこの時の俺はまだ知らなかった。それが幸せだったのか、不幸だったのか、一人の少年に出会ったことで知ることになる。

名前はユウキ。

近所に越して来たばかりのはにかみやの少年で、ある日、俺のピアノの音につられてやってきた。

「お兄ちゃん、何してるの?」

うちの庭の窓ガラスにユウキはベタッと貼りついていた。普段はにかみやの少年がなぜか物々しく俺を凝視する。そのギャップに俺は笑ってしまった。

「ピアノを弾いてるんだよ」
「ピアノって、その黒いやつ?」
「そうだよ。いい音だろ?」
「うん、キラキラしてる」
「キラキラ?」

別にこの時の俺はモーツァルトの「きらきら星変奏曲」を弾いていたわけじゃない。まあ、表現はつたなくてもユウキがまだ小さいなりに俺の演奏を誉めてくれたことはわかった。

「ありがとう、嬉しいよ。俺がつくった曲なんだ」
「え、お兄ちゃんがつくったの?」
「そうだよ」

コンクールの課題曲、自由曲は全て準備した。それこそ、ぬかりなく完璧に今回も。だから、この時の俺はちょっと息抜きをしていた。自分の中であふれる熱をもてあましていたのかもしれない。あの頃の俺は神童と呼ばれていたから。楽譜を開けば、正確なメロディが頭の中に流れ出す。どう演奏すればいいか作曲家たちは適格に教えてくれる。難解と呼ばれるバッハでさえ神童はその熱でのみこんでいた。

「すごい!僕もそれ、やりたい!!」

はじめて自分でつくった曲をほめられて、うかれていたのかもしれない。俺もしょせんはガキだった。ユウキとそんなに年もかわらないガキだったのだ。

「いいよ。教えてあげるよ。こっちにおいで」

俺は少年を手招いた。この時、不幸を手招いたとも知らずに…。

「おまえ、名前は?ちゃんときいたことなかったよな」
「ユウキだよ。お兄ちゃんは?」
「俺?俺は、そうだなあ。ハーメルンとか?」
「ハーメルンってお兄ちゃん、外国人だったの?髪は黒いし、目も青くないよ!?」
「日本人だって。ユウキが俺のピアノの音につられてやってきたからそう言ってみただけ。ハーメルンの笛吹きのピアノ版みたいなもんだろう…って、あれはあんまいい話じゃなかったんだっけ?」

冗談めかしてそういうと、ユウキはなぜかはにかんだ。

「だって、キラキラしてたから。今まできいた中で一番きれいだったから」

俺は嬉しくなり、ユウキの頭をくしゃくしゃと撫でた。すぐに俺たちは仲良くなった。でも、数時間後ユウキはそのはかりしれない才能で、あっさり神童ハーメルンを越えていった。

「わあー、ピアノってけっこう簡単なんだね!」

彼のあふれる熱に、俺は容赦なくのみこまれた。

この日から、俺はおかしくなった。楽譜を開いても頭の中にさっぱりメロディが流れてこなくなったのだ。作曲家たちはそろってそっぽを向き、何も語らなくなった。本当の神童の存在に気づき、そっちに行ってしまったのかもしれない。俺はあっけなくピアノを弾けなくなってしまった。先生に相談すると、彼女はユウキを自分のレッスンに誘いだした。「ユウキくんは天才ね。きっと神様に愛された人間なんだわ」と彼女は目を輝かせ、俺に見向きもしなくなった。ユウキはコンクール入賞の常連と化し、プロの声がかかった。

「なんで?」

なんでユウキがそうなるの?俺じゃなくて。しかも神様に愛された人間ってなんですか、先生?ユウキは何もかも俺から奪っただけなんだよ。しょせんは俺の後釜でしかないじゃないか。そんなユウキが神様に愛されるって―

「おかしいだろう?」

きっとユウキがプロなんてそんな大舞台に立ったら、急に足が竦んじゃったりするんだ。演奏どころじゃなくなるんだ。すぐにあいつの化けの皮が剥がれる。

「お兄ちゃん、どうしてピアノを弾かなくなったの?」

お前のせいで弾けなくなったんだよ。

「お兄ちゃん、僕の演奏会に来てくれるよね?」

ああ。

「もちろん」

行って、この目でお前の無様な姿を見てやるさ。

「楽しみにしてるよ」

でも、ユウキは演奏会で大成功をおさめた。観客席で無様な姿をさらしたのは俺だった。


    *


神様に愛された人間というのがいる。

才能にあふれ、まるで約束されたかのように表舞台に颯爽と登場し、人々の賛辞と脚光をあびる人間が…。

反対に、神様に愛されない人間というのもいる。

大した才能もないくせに、夢を追いかけ、神様に愛された人間の前で立ちつくすことしかできない憐れで滑稽な人間が…。

俺は一体どっちだったろう?  


    *


時は経ち、大人になった俺のもとにずっと連絡を取っていなかったユウキから一通の手紙が届いた。封を開けると、チケットだけが入っていた。

「あいつの日本公演のチケットなんていらねえよ。簡単に手に入らないプレミアものでも」

誰かに高く売りつけてやろうかと思ったが、結局行くことにしたのは自分の中で踏ん切りをつけたかったのかもしれない。俺はもうピアノに対して、音楽に対して、未練なんて何一つないこと。

「せいぜいお前は神様に愛されてればいいさ」

ユウキの日本公演は大盛況のようだった。会場となる大きなホールは満員で、外もチケットを手に入れられなかった人々で埋め尽くされていた。そんなやつらを尻目に会場に入り、自分の席を見つけ、ユウキのプログラムを確認して驚いた。なんだ、この統一感のないバラバラな曲目は。しいて言えば、難曲をただ並べているだけ。想像して、軽く胸やけを起こした。クラシックの名だたる作曲家たちが泣くぞ。こんなのを俺に聞かせたかったのかよ。でも、ユウキが俺を呼んだのは別にそれらを聞かせるためではなかった。

アンコールの一曲だけだった。

拍手の中、舞台に戻ってきたユウキは昔のまま、はにかんでいた。そのかわらない姿に少し苛立ちを覚えていると、彼は視線を彷徨わせ、一瞬俺と目を合わせたような気がした。そして、何かを呟く。それから椅子に座ると、文字通り髪を振り乱して弾き始めた。

「…なんだよ、これ」

彼のあふれる熱に、俺は容赦なくのみこまれた。

― お兄ちゃん、何してるの? ―
― ピアノを弾いてるんだよ。いい音だろ? ― 
― うん、キラキラしてる ―

お前は、何を弾いてるんだよ。

― ありがとう、嬉しいよ。俺のつくった曲なんだ ―

初めてピアノを教えた日にしかその曲は弾いてないはずだろう?なんで覚えてるんだよ!

― すごい!僕もそれ、やりたい!!―

やめてくれ。クラシックの名だたる作曲家たちが泣くぞ。

― だって、キラキラしてたから ―

 弾く直前、あいつは何かを呟いた。

『 今まできいた中で一番きれいだったから 』

俺は手で顔を覆った。苦笑した。いや、泣き笑いもいいところだった。確かに、俺は神様に愛されなかったのかもしれない。でも…

「神様に愛された人間に、俺はこんなにも愛されていたんだな」

一体、自分は何をこだわっていたというのだろう。

― お兄ちゃん、どうしてピアノを弾かなくなったの? ―

もうどうでもよくなったよ、お前のおかげで。

演奏が終わったら、少年に会いに行こうと思った。
それからピアノの前にもう一度座って、自分の中のメロディに耳をすましてみよう。

いつかまたあいつを導くハーメルンになれるかもしれないから。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 恩田陸『蜜蜂と遠雷』
★ ドラマ『重版出来』
★ YURI on ICE『Yuri On Ice』

おそすぎかもしれませんが、今年もよろしくお願いいたします。今年、最初の物語はこれになったかーという感じです。なぜ、これになったのか。書きたいものは他にもたくさんあるはずなのに。物語の声に自分がさっぱり追い付けてません。

① 恩田陸『蜜蜂と遠雷』
https://www.amazon.co.jp/%E8%9C%9C%E8%9C%82%E3%81%A8%E9%81%A0%E9%9B%B7-%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC-%E6%81%A9%E7%94%B0%E9%99%B8-ebook/dp/B01LPWS4X6/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1518714687&sr=8-1&keywords=%E8%9C%9C%E8%9C%82%E3%81%A8%E9%81%A0%E9%9B%B7
直木賞受賞、おめでとうございます!恩田ファンは嬉しいです。クラシック知識満載の感動作!

② ドラマ『重版出来』
https://www.amazon.co.jp/%E9%87%8D%E7%89%88%E5%87%BA%E6%9D%A5-DVD-BOX-%E9%BB%92%E6%9C%A8%E8%8F%AF/dp/B01GZPDB4A
一話完結ドラマ。その中で忘れられない物語があって。プロ漫画家になれず、何年も漫画家のアシスタントとして、もがき続ける男(ムロツヨシ)の前に新人漫画家(永山絢斗)が現れます。新人漫画家の才能に打ちのめされ、男はある事件を起こし…。終盤、自分の漫画をはじめて認めてくれたのは誰だったのか。そのことに気づいたムロさんが切ない。

③ YURI on ICE『Yuri On Ice』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30288572
この曲を聞いて生まれた物語。私の中でピアニストになった少年がアンコールで弾いていたのはこのイメージ。このピアノ曲、凄く好きです。恩田さんの『蜜蜂と遠雷』を読んでいた時、名だたる作曲家の名曲ではなく、ずっとこの曲が私の中でなぜか流れていました。(クラシック、詳しくなかっただけか)そう言えば、オリンピック団体のアイスダンスの演技にも使用されていて素敵だったな。


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