【目次】 真夜中の逃避行(淑玲『宮廷浪漫』シリーズ特別番外編①/中華風ファンタジー) 【作品紹介】 
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     逃げてばっかの次男曰く② (真夜中の逃避行3)
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帰ろうとする私を、兄の竹恭(ちっきょう)は無理やり妓楼へ引っ張って行きました。

竹恭の通っている妓女の部屋に案内されましたが、とても粗末な部屋でした。美しいとは言い難いケバイ化粧をした女、いつ干したのかどうかわからない布団が敷いてあるだけの部屋。花街一の妓楼が聞いてあきれる…。私は思わず吐き気がしました。生理的に受け付けなかったのかもしれません。

「あら、今日はふたりで来てくれたのかい?」
「こいつ、俺の弟なんだよ…」

妓女の膝に、竹恭は甘えるように頭をのせて、横たわりました。

「世話のかかる弟なんだ」
「あらあら。お兄さんがこんなんじゃ、弟さんも大変よねえ」

安い紅を塗った唇をにいっと歪ませて笑う女に、嫌悪感すら抱きました。

「どうした、梅恭?」
「ちょっと厠(かわや)に行ってきます」

私は立ち上がり、そのまま帰ろうと思っていた。でも、竹恭は見抜いていました。

「そのまま逃げんなよ、梅恭。お前、逃げてばっかの人生になるぞ?」

竹恭は人を煽るようなことを平気で言いました。人の傷ついた顔や血がのぼる姿を見るのがたまらなく好きだったのでしょう。

「逃げている人にそんなことを言われても困るだけですよ、兄様」

部屋を出る時、私は冷たくそう言い放ちました。

私が妓楼の廊下を歩いていると、窓辺でぼんやりと月を見上げる女の姿がありました。

先ほどの醜い妓女とは打って変わって、その女は化粧をしていないのに、はっとするほど美しい横顔をしていました。でも、それ以上に彼女が私を強くひきつけたのは、その瞳から静かに涙を流していたことー。

なぜか…それはとても胸が痛む光景でした。その時、私はある有名な漢詩を思い出したのです。そう、あれは確か…月を見上げ、故郷を懐かしむ詩…。

「あなたは、望郷の念にでもかられているのですか?」

私は彼女に声をかけていました。特に理由もなく、誰かに声をかけるなど、生まれて初めてのことでした。

彼女は振り返り、私の存在を認めると、涙を拭おうとすらせず、きれいな唇で漢詩を諳(そら)んじました。

「 床前明月光 (床前(しょうぜん)月光(げっこう)明らかなり)

 疑是地上霜 (疑(うたご)うらくは、これ地上の霜かと)

 挙頭明月望 (頭(こうべ)を挙げて明月(めいげつ)を望み)

 低頭思故郷 (頭を下げて故郷を思う) 」

それはまさに私が思い出した漢詩…。学のない妓楼の女がその漢詩を知っているとは思わず、私はとても驚きました。

「あなたは、漢詩を知っているんですか?」

彼女は静かに笑いました。

「妓楼にいる女は学(がく)がないから、漢詩を知らないとでも思ったのかい?」
「ええ」
「正直で失礼なお兄さんだ」

彼女はまた笑いましたが、やはり涙を拭おうとはしなかった。見てられなかった私は自分の手巾を彼女に貸すことにしました。

「あなたの涙は美しいですが、人の目にさらしていいものじゃない。もったいないですよ」

でも、彼女はそれを受け取らなかった。

「悪いけど、男の優しさなんていらないよ」

妓楼の女に自分の行為を拒否されるとは思わず、私は戸惑いました。そんな私を彼女は面白そうに見やってから、こう言いました。

「それに私は泣いてなんかない。自分のための涙ほど、見苦しいものはないからね。これは通りすがりの男の涙さ」
「え?」
「泣きたくても、泣ける場所がない。だから、自由にそうできる場所を探し求めている。ある意味、望郷の念にかられた淋しい男の涙さ」



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引用漢詩 李白「静夜思(せいやし)」
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