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↓↓【第301夜】 嵐を呼ぶ女  ジャンル:歴史 2016/01/31 23:30UP↓↓
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私は嵐を呼ぶ女だ。

    *

電話のベルが鳴り響く。またかと思った。耳障りな事をこの上ない。いい加減、家の電話線を抜いてしまおうかとも考えたが、そうもいかない。担当編集者とのやりとりもある。

「ノガミさん、お願い!」

声を張り上げて、秘書の名前を呼んだ。次に、またかと思ったのはきっとノガミさんの方だろう。彼女は大きな溜息を吐きながら受話器を取った。電話越しの相手に自分の姿が見えるわけない。それなのに、ノガミさんはひたすら頭を下げている。その様子は会社の上司の尻拭いをする羽目になった憐れな部下のようだ。

「先生、私はいつまで謝り続ければいいんでしょうか?」

同じ電話主の苦情を何度も聞かされ、ノガミさんはうんざりとした面持ちで受話器を置いた。

「…今、書いてる小説が終わる迄(まで)…かしら…?」

優秀な秘書は私が今、何処まで書き上げているか進行具合も充分に把握している。私は苦い笑いを漏らした。彼女の溜息も大きくなる一方だ。

「ねえ、ノガミさん。別に電話主にはっきり云ってくれてもいいのよ?『こっちはあんたの伝記を書いてるんじゃない。小説を書いてるんだ!』って」
「先生は、火に油を注ぐ気ですか!?」
「あはは、そうねえ。火事になりそう。さすが私、嵐だけに止まらず、火事まで引き起こすか」
「何、わけがわからない事を云ってるんです。私、電話主…Nさんの云い分もわかるんですよ。ただでさえ、先生の書く小説は徹底した取材で有名なんですから。先生の書いたものを鵜呑みにする読者だって大勢いるんです。良い意味でも悪い意味でも、先生の作品って影響力が大きいんですよね」
「…そう云われても」

一応フィクションの明記はしている。それに、小説の感じ方は読者の自由だ。

「登場人物のモデルになっているNさん本人にしてみれば、文句の一つも云いたくなりますよ」

私が今、書いている小説はある文芸誌で月刊連載をしている。内容は戦後、沖縄の本土復帰。領土返還の際にあったとされる日米間の密約。それを追う新聞記者の物語だ。モデルとなった新聞記者は外務省の女性事務官と関係を持ち、密約の証拠となる機密文書を手に入れた。その二人の関係を赤裸々に描写したので、新聞記者のモデルとなった人物にしてみれば面白くないのだろう。怒りが収まらず、毎日のように抗議の電話をしてくるのだ。ノガミさんは頭を抱えていた。

「先生はさっき『こっちはあんたの伝記を書いてるんじゃない』とか色々云ってましたが…」
「え?」
「それ…云うなら自分の口でNさんに伝えて下さいね!」

これ以上、巻き込まれるのはご免だと云いたげに彼女は私を睨みつけた。私の目が泳いだ。

「…まさか、先生…」

ノガミさんの顔が、さっと青くなる。私は頭をかいて白状した。

「その、まさか。もう、とっくに云っちゃたのよねえ」
「えー、本当に云っちゃったんですか!?」

小説を書いている時は内にエネルギーを根こそぎとられるから、外で闘う気力があまりない。今ここで余計な力をとられたくない。さっさと逃げるが吉だ。私は彼女の前で手を合わせた。

「ごめん、ノガミさん。でも、云っちゃたものは…仕方ないわよねえ?」

唖然とする彼女を残して、私は「さて」と気持ちを切り換え、執筆に戻る事にした。

「もう、先生は嵐を起こすだけ起こして!」

最初は清楚で大人しかった彼女も今ではしっかり私に物云う秘書になってくれた。随分と逞しくなったものだ。私に向かって「嵐の後の掃除って、大変なんですからね!」と嫌味まじりの台詞も平気で吐けるようになった。なんというか、可愛い気がなくなってしまった。

「あら、体力と根性がついていいじゃないの?」

去り際、彼女の台詞を一笑に付す。そんな私も可愛い気がない事この上ない。

「やれやれ」

私が小説家になって、四十年近く経とうとしていた。


    *


『 私は凪よりも嵐を呼ぶ女だ。真正面から偽りなく彼とぶつかりたい。これほど迄に彼を愛しているのに、それを信じて貰えないほど恐ろしい苦しい事はない 』


私の青春時代は思い出しても、戦争と云う悍ましい色であっさり塗り潰されてしまう。敵機来襲の警報、逃げ惑う人々、飛び込んだ防空壕は息苦しく、湧き上がる敵愾心に何度も唇を噛んだ。煙の燻った焦土からは人間の焼けた嫌な匂いがした。

「…僕の処(ところ)にも赤紙が来たよ」

それでも愛する人がいた私は幸せだったのだろうか。涙を堪えながら彼を見送り、その後、二度と会う事ができなかったとしても。あの夏の暑い日、終戦を告げる玉音放送を聞いて、私はただ呆然としていた。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と云われても、これ以上一体どう耐えろと云うのだろう。どう忍べばいいと云うのだろう、と。

あの戦争は、一体何だったのだろうか?

私が小説家になったのは戦争の無残さや惨状、絶対いけないものだという事を命を懸けて伝えたかったからではないだろうか。人類の不幸は戦争から始まるという事を後世にきちんと残さなくてはならない。その使命感に燃える事で、終戦後、無気力になっていた自分を奮い立たせた。

…でも、本当の処はよくわからない。

もしかしたら、私は戦争を生き延びた者の後ろめたさから小説家になったのかもしれない。たまたま新聞社という処にいて、目の前に身を守れるペンがあった。それを握り、反戦を叫ぶ事で、己の生きる意味や価値を見出し、ただ自分の生(せい)を正当化したかったのではないか―。


    *


「最初、先生にこの小説のタイトルを聞いた時は驚きました。今迄にないロマンティックなものでしたから」

沖縄の話は、ずっと書きたいと思っていた。でも、書けずにいた。本土の者として、戦中から戦後にかけて沖縄の犠牲は恥と悔いしかない。一体どれほどの日本人が沖縄の終戦日を云うことができるのだろうか。

「私にだって可愛げがあるの」

私がそう云うと、ノガミさんは吹き出した。失礼な事この上ない。ひとしきり笑うと、彼女は息を整え、私に向き直った。

「でも、小説を読んでみてわかりました。先生のこれ迄の作品と同じで、私たちに問いかけるタイトルなんだなって」
「そう?」

私は人々に問いかけて来れたのだろうか。老体を鞭打って絞り出した声は、小説という形となって人々の心に届いたのだろうか。

「三流小説以下だなんて云って悪かった」

N氏の最後の電話は抗議ではなく、賞賛だった。最終的には「権力・社会・人間の相関関係を抉り出す姿は作家の真骨頂であり、常に崇高な問題を提起して、大衆に浸透させる。それは至芸だ」と褒めてくれた。でも、私が本当に嬉しかったのはその言葉ではなかった。一番嬉しかったのは彼が再び沖縄と向き合い、ペンを握ろうとしている事だった。

日米間の密約を暴いたN氏は国家権力に対峙し、社会的生命を失う。新聞社を辞め、地元に帰り、実家の青果店で静かに暮らすことを望んだ。でも、沖縄への強い思い、記者魂を捨て去ることはできなかったのだろう。私の小説が彼の心にどのように響いたのか、本当の処はよくわからない。私はただ小説のラストに自分の思い描く理想を託しただけだ。

誰もが自分らしく、人間らしく、生きられるように―。


    *


「…全く、とんだ嵐でしたよ」

無事に小説を書き終える事ができてほっとしていると、ノガミさんがお茶を淹れてくれた。どうやらカフェイン抜きの物を選んでくれたようだ。その事に少し彼女の優しさを感じる。

「あなたも可愛いげがあるじゃない」

一人こっそり呟いて微笑んだ。

「え、何か云いました?」

私は首を横に振った。共にお茶を飲みながら、穏やかな時間を過ごす。私が小説を書くのも、体力的に考えて今回の沖縄の話で最後だと思っていた。

「嵐がようやく終わったのね。そろそろ青空を見たいわ」

ゆっくり休む時間が欲しい。自分にも、そういう事が許されても良いのではないだろうか。度々、全身が原因不明の痺れに襲われるようになっていた。歩けなくなる事よりも、書けなくなる事の方が恐いと思うのは物書きの性(さが)だろうか。

「何を云ってるんですか!?」

ノガミさんがテーブルを強く叩いた。

「先生はちゃんと嵐の後にいつも青空を見せてくれるじゃないですか、小説のラストで!」
「え?」
「それに、すぐ次の嵐を呼ぶくせに!私、もう肝を据えたんですよ!先生、どうせ嵐を呼ぶなら、その後は前よりも、もっと凄い青空をお願いします。次は、もっともっと凄い青空を。その次はもっともっともっと凄いものを。一緒に沢山見ましょう。約束して下さい!」
「ノ、ノガミさん…?」
「ねえ、先生なら小説でそれができるでしょう?」

彼女の気迫に押され、私はうっかり頷いてしまった。ノガミさんはにんまりと笑っている。

「やれやれ」

自分の事がよくわからなかった私だが、目の前にそんな私を私以上にわかってくれている人がいる。それだけで、またペンを握る事ができるような気がした。私は単純で、とても幸せな人間なのかもしれない。

「…実は気になっている事があるのよ。太平洋戦争で最初の捕虜になった日本人なんだけど、彼は真珠湾攻撃で…」

私が小説の構想を打ち明けると、彼女は大きな溜息を吐いた。

「ほら、次の嵐が待ってたんじゃないですか。もう出し惜しみして、私に恥ずかしいことを言わせて人が悪い。先生ってやっぱり可愛げがないんだから!」

私たちは声を上げ、笑い合った。新たな嵐はすぐ其処(そこ)にある。私は覚悟を決め、約束の待つ大海に舟を出した。




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引用文献(文中)
・山崎豊子「二十一歳の日記」
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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 「NHKスペシャル作家 山崎豊子~戦争と人間を見つめて~」
★ 「クローズアップ現代 小説に命を刻んだ 〜山崎豊子 最期の日々〜」
★ 「BS世界のドキュメンタリー 沖縄返還と密約」
★ Cocco「ニライカナイ 琉球國祭り太鼓振り付け全編バージョン」

2016年、初めて書いた物語になります。「書きたい」という気持ちだけで空回った感が否めませんが、今年もよろしくお願いいたします。ショートショートや短編は久しぶりでしたね。長距離走より短距離走が好きな私には長編よりこちらの方がやっぱり性に合っているのかもしれません。さくっと終われるしな。

物語の主人公のモデルは作家の山崎豊子さん。彼女の小説「運命の人」から遺作になってしまった「約束の海」までの話。でも、登場人物たちの言動、性格などは虚構です。私の物語は半分フィクション感覚で楽しんで下さると嬉しいです。


① 「NHKスペシャル作家 山崎豊子~戦争と人間を見つめて~」
http://www.dailymotion.com/video/x37x1s2
読者に影響を与える作家は多いかもしれませんが、作中の登場人物、そのモデルとなった人にまで影響を与え、生き方を変えた作家はそうはいないんじゃないでしょうか。初めてドキュメンタリーを見て泣きました。これをみて今回、山崎さんの物語を書きたいと思いました。

② 「クローズアップ現代 小説に命を刻んだ 〜山崎豊子 最期の日々〜」
http://www.dailymotion.com/video/x17fneh_%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E8%B1%8A%E5%AD%90-%E6%9C%80%E6%9C%9F%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%80%85_creation
他にも山崎さんの特集していた番組はないか探しました。NHKスペシャルが仲代達矢さん、クローズアップが上川隆也さんが語り手。「大地の子」コンビはズルい!涙腺がヤバいです。それはさておき、山崎さんの担当秘書さんや編集さんのお話も聞けて良かった。

③ 「BS世界のドキュメンタリー 沖縄返還と密約」
https://www.youtube.com/watch?v=ArKC_kla2A8
沖縄密約について私はきちんと知らなくて「勉強しなくちゃ今回の物語を書いちゃいけないよね」と思い、調べて出会った番組。そのわりには密約に関してあまり物語で掘り下げることができなかったので、別の機会で書けたらと思います。日本国憲法草案や沖縄密約に関わった策略家リチャード・フィンさんについて書きたいです、いつか!

④ Cocco「ニライカナイ 琉球國祭り太鼓振り付け全編バージョン」
https://www.youtube.com/watch?v=PFqxf8xsjcc
「運命の人」は沖縄の話。なので、沖縄出身のシンガーの歌を聞きながら物語を書こうと思いました。すると、沖縄を思って歌うCoccoに出会いました。PVの琉球國祭り太鼓、はじめてみました。あら、ヤダ。カッコいい!


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コメント

ふふ。お久しぶりですよ。rurubuさんがね^^
ノガミさんと先生の会話がホントにあったんじゃないかなあ。すごくリアル。
rurubuさん、このお話も一気に書いたのでは? (と想像)

山崎豊子さん、素晴らしい作家さんですね。尊敬です。
自分の想いを作品に、小説に込めたい。素晴らしい。
自分もそうしたいが、したいのとする、できる、のとは違うわけで。
ただの昔話でなく、現代にもつなげる、現代にも生きるものとして描く。凄い。
手書きの、今でいうところのプロットがまたすごい。
取材と構想に掛ける手間と時間。うわ。です。
小説に向かう思いに共感する部分が多々あります。恐れ多いですが(-_-;)
はあとため息をつくばかりでなく、頑張ろうというすごい励みになりました。
ラスト・・・ね・・・(何が言いたい -_-;)

あ、実はこんな時期に、あけおめ~ことよろ~^^
今年もrurubuさんのお話を楽しみにしていますよ^^
私もやっと新作を始めました。
なんか、山崎豊子さんのドキュメンタリーを見たら、もう、自分のなんか今すぐ消し去りたいという気持ちになりましたが、我慢します。
自分の程度はせいぜいこんなもん、という戒めの意味も込めて(><とT^T)
けい│URL│02/01 19:57│編集
けいさんへ
お久しぶりです!

コメントありがとうございます!物語の手直しに集中していたら、こんな時間になってしまいました。返信が遅れてしまいました。ごめんなさい。先にコメント返信してから書き直し作業はいればよかった >< 

> ふふ。お久しぶりですよ。rurubuさんがね^^ノガミさんと先生の会話がホントにあったんじゃないかなあ。すごくリアル。rurubuさん、このお話も一気に書いたのでは? (と想像)

そうなんですよ。久しぶりのせいか、凄い集中して一気に書き上げていて。終わった瞬間、全力疾走したみたいに、息切れが…!なんてね^^これの一個前の記事にプロットぽく?事前にこの物語の内容を少し書き出して整理するのをやってみたんですけど、その時に聞こえていた声とはどうも違うものになってしまったようなんですよね。う~ん、どうも私はその時その時で一気に書いてしまうんですかね。物語の声にのまれてしまうというか…。プロット派、憧れてるんだけどなあ。「緻密な構成」とか言われてみたい!


> 山崎豊子さん、素晴らしい作家さんですね。尊敬です。自分の想いを作品に、小説に込めたい。素晴らしい。自分もそうしたいが、したいのとする、できる、のとは違うわけで。ただの昔話でなく、現代にもつなげる、現代にも生きるものとして描く。凄い。手書きの、今でいうところのプロットがまたすごい。取材と構想に掛ける手間と時間。うわ。です。小説に向かう思いに共感する部分が多々あります。恐れ多いですが(-_-;)はあとため息をつくばかりでなく、頑張ろうというすごい励みになりました。ラスト・・・ね・・・(何が言いたい -_-;)

けいさんのおっしゃる「したいのとする、できる、のとは違うわけで。ただの昔話でなく、現代にもつなげる、現代にも生きるものとして描く。凄い」ってとてもよくわかります。憧れますよね!山崎さんは新聞記者だったから、またそういう取材と構成に力が入っていたのかもしれませんが。でも、けいさんだって私は凄いと思いますよ!私からすれば、充分緻密な構成とプロットなんですが!何をおっしゃりますやら~^^

> あ、実はこんな時期に、あけおめ~ことよろ~^^今年もrurubuさんのお話を楽しみにしていますよ^^私もやっと新作を始めました。なんか、山崎豊子さんのドキュメンタリーを見たら、もう、自分のなんか今すぐ消し去りたいという気持ちになりましたが、我慢します。自分の程度はせいぜいこんなもん、という戒めの意味も込めて(><とT^T)


ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。あけおめです~^^ややや、今すぐ消し去りたいと思ったのは私の方ですから!!(けいさんは消えないで~!NO、戒め!)書き終えた物語を見直したら、内容もそうだけど、日本語の使い方、誤字脱字に唖然となりましたから。急いで修正をかけましたけど、まだなんか色々変だし。見る度、少し違う物語になっているかもしれません。

私の方こそ、けいさんの新作(なんと「シェアハウス」とな!)楽しみにしています!今年もよろしくお願いいたします!^^/
rurubu1001│URL│02/02 06:58│編集
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