苺で思い出す不思議な話がある。


 あれは私がまだ小学生のときだ。その頃大好きな母が入院してしまい、私の毎日はとても哀しかった。放課後、ランドセルをパタパタさせながら、母のいる病院へ向かった。家に帰っても誰もいない。あたたかな空気や鼻をくすぐるような匂いのしない家はただの箱のようだった。それに母の笑顔を見れば、これまでやこれから迫り来る暗い気持ちを忘れることができたから。

母の具合はいっこうに良くならなかった。
日に日に母の美しい笑顔が、遠くなっていく…。そんな気がした。

病院の重苦しい空気や消毒液のつんとする匂いに毎回やられていた私は、病院という場所が母を駄目にしているのだと思った。今でもあながちその感じ方は間違ってはいない気がするのだが…。しかし、いくら父や母にそのことを訴えてみても、ふたりは困ったように笑って取り合ってはくれず、まだ小さい私は自分の無力さが悔しかった。

そんなある日のことだ。

なんとか母を喜ばせたくて、花束を持っていくことにした。自分の思いつきに心が弾んだ。確か近くの公園にコスモスがたくさん咲いていたな、と思い出した。

公園に着くとそこは、私よりも小さな子供たちが泥だらけになって遊んでいた。そのまわりを若い女の人たちが、優しい目をして見守っている。私はなるべくそっちを見ないようにして花壇に急いだ。

花壇はコスモスの様々な色彩にあふれていた。青みがかった色のものからピンクに軽く色づくもの、そして自分がまっとうだと言いたげな原色の紫の花。きっとお母さん喜ぶだろうな、と目の前のコスモスに触れようとした。その時だ。

「何をしているんだい?」

尖った大きい声に驚いて振り向いた。そこには知らないおばあさんが立っていた。そして、彼女を見てひらめいたのが、昔絵本で読んだヘンゼルとグレテールの魔女だった。
猫のような大きな目に奇妙に高い鼻、そこに軽くちょこんと小さい眼鏡がのっかっている。やせぎすの体に黒ずくめの衣装を身にまとってしまえば、まさしくあの魔女に違いなかった。確かヘンゼルとグレテールという兄妹が、森の中で道に迷い、素敵なお菓子の家に遭遇する。そして、そのお菓子に魅せられて…

「食べちゃ駄目じゃないか!」

私はもう恐怖でいっぱいになっていた。おばあさんは、にやりと笑った。

「なんてね。私は魔女じゃない。自分ではそう思っているがね。ところで、お前はそこで何をしているんだい?」

私の声は震えていた。

「…お母さんに花束をあげようと思って。お母さん、入院しているから」
「お母さんは、病気なのかい?」

私はこくりと頷いた。彼女はふっと笑って、

「そうかい。でも、公園のコスモスは駄目。みんなのものだからね。お前には、私のとっておきのものをあげようじゃないか」

そう私に告げると、彼女はコスモスの花壇に分け入ってしまった。私が思わずぽかんとしていると、早くおいで、と手招きをする。私は大人しくついていくことにした。

 花壇に飛び込んで驚いた。

そこはさっき見ていたものと違う世界が広がっていたのだ。コスモスは背が高く、小さい私はすぐ埋もれてしまった。緑の茎と葉が目の前でサラサラと優しい音を立てる。まるで自分が妖精や小人になったかのようだった。
花壇はそこまで大きくなく、少し歩けば囲いのフェンスにぶつかるはずだった。でも、おばあさんの足取りは軽く、ぐんぐんと先に進んでいく。もしかしたら本当にお菓子の家があるのかもしれない。ちょっと調子の変わる胸を押さえながら、私は彼女の背中を追いかけた。

「さあ、着いたよ!」

視界が急に開けた。驚いた。目の前には、一面だだっ広い苺畑が広がっていたのだ。

ほこほこした土の上に、柔らかな黄緑の葉が続く。その影から熟した赤の実が顔を出し、甘い香りを漂わせている。それは苺の赤だった。おばあさんは私の驚きようにおおいに満足したらしく、誇らしげに胸を張った。

「好きなだけ摘むといい。自慢の苺畑さ」
「…すごい」

言ってみれば、そこは苺の楽園だった。すると、おばあさんはどこから取り出したのか、程よい大きさのかごを私に差し出した。

「ほら、お母さんを喜ばせたいんだろう?急いだ、急いだ」

私は彼女からかごを受け取ると、畑へ駆け出した。そして力の限り、ありったけの苺を摘んだのだった。

 どれぐらい時間が経ったのだろうか。

気がつけば、強い光りに照らされていた。汗を拭って見上げると、途方もなく大きい太陽が、残されたわずかな光りを懸命に放っていた。この苺畑には太陽を遮るものが何もなく、光りは私の体を夕焼け色に染め上げていた。

今、地平線に太陽が沈もうとしている。

私はなぜか切なくなった。太陽はこれからどうしようもない大きな流れに呑み込まれてしまうのだ…、それが私を無性に切なくさせる。小さい私はもうずっと前から、その流れの気配を感じ取ってきていたのだ。それは母の笑顔が遠くなっていくのと、とてもよく似ていた。

「…死なないよ」

いつの間にかおばあさんが横にいた。そして、その猫目で私をしっかりとおさえてから、もう一度繰り返したのだ。

「太陽は、死なないよ」

私は心の中で、何度もその言葉を繰り返した。
太陽は死なない、太陽は死なない、太陽は死なない、…きっと死なない。苺のかごをぎゅっと握り締めて、初めてその流れの正体と向き合い、闘っていた。

やがて、おばあさんがふっと笑い、私の頭を撫でてくれた。

「これでお母さんは大丈夫。きっと良くなるよ」

 私が母のいる病院に着いたのは、結局夜の闇が深まった頃だ。
遅れてきた私は父に軽く説教を受けたが、母は私の苺のかごの存在に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。彼女は苺が大の好物だったのだ。三人で仲良く食べた。苺の甘酸っぱさが、口の中に広がる。その味は、とても愛しく、あの夕焼けの空とおばあさんを思い出させた。私はふたりに話した。一見恐そうだが、人のいいおばあさんのことを。彼女に苺を分けてもらったことを―。

 苺の効果がテキメンだったのか、母の病状はみるみる良くなった。母の笑顔がはっきり輝くようになった時には、心底ほっとした。ついに退院できることになり、私はおばあさんにお礼を言いに行こうと公園に訪れてみたが、なぜか会うことはかなわなかった。コスモス畑を何度歩き回っても、あの畑にたどり着くこともできなかったのだ。結局おばあさんとはあの一度きりで、私は二度と彼女に会うことはなかったのだった。

 あれから何年も経った。

よくよく考えてみると、コスモスの咲く秋に苺がなるわけがないことに、私は気がついた。しかも、あの公園の周りには民家が密集していて、あんなだだっ広い畑が存在するわけがなかったのだ。

やっぱり、あのおばあさんは魔女だったのだろうか…?

それから年を重ねていった父と母と私が、苺で思い出す不思議な話がある。
それは、とても微笑ましい話だ。小さな私が出会った、いちごばあさんの話―。


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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ プーラン デヴィ『女盗賊プーラン』 × Cocco『Raining』 ★

この物語を書いたのは高校~大学生の時。その後、キャッチコピーを考えるのが得意な友人にこの物語を見てもらう機会があって、せっかくだからこの物語のキャッチコピーを下さいと図々しくもお願いしてみたところ、「これは自分のコピーはいらない。『太陽は死なない』がもうそれだと思う」って言ってもらえて、ちょっと泣きそうになりました。書けて良かったな。

① プーラン・デヴィ『女盗賊プーラン』
http://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E7%9B%97%E8%B3%8A%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%80%88%E4%B8%8A%E5%B7%BB%E3%80%89-%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3-%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3/dp/4794207468
ノンフィクション。高校生の時に読んで涙がとまりませんでした。人生に絶望していた主人公が夕焼けをみて「今日も太陽が死んでしまう」と思う場面があるんです。それが忘れられません。

② Cocco『Raining』
https://www.youtube.com/watch?v=BjvWujgUi44
夕焼けをみると、いつもこの曲を思い出します。フェスで生で聞けたときは嬉しかった~。


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コメント

そうなんです。そうなんです。秋のコスモスと、春のいちご。

アンバランスの中にバランスを含んで進むお話が、ファンタジーだなぁと思いながら最後まで行くと、カテゴリーにファンタジーと出ていて・・・

すみません、ホント読みが浅い(甘い)もので・・・
えっと、読書力つけてお話についていけるよう、頑張ります(^^;)
けい│URL│07/26 22:01│編集
Re: タイトルなし
>けいさん

いつも本当にありがとうございます!

> すみません、ホント読みが浅い(甘い)もので・・・
> えっと、読書力つけてお話についていけるよう、頑張ります(^^;)

けいさんは、全く読書力なんて気にする必要ないですよーっっ!

たぶん私の書き方に問題があって!>< 私、何気に国語があまり得意ではなく…。
変な文法とか、誤字脱字とか、おかしなところいっぱいあると思います!
話しの展開も登場人物の声を聞こえるがまま、書いちゃってて(若干洗脳?されている状態というか)
後々になって見直しても、客観的に読めてないところが多いと思うんです。

気にせず、全然おかしなところご指摘下さいね。なんてたって、けいさんは私の先生ですから^^
rurubu1001│URL│07/26 23:27│編集

「おばあさんの魔女」という響きはどうしても悪いイメージが先行してしまうのですが、いい魔女でもおかしくないですよね。

きっと彼女は女の子の表情から全てを読みとったんでしょうね。

とても素敵なお話でした。
ヒロハル│URL│01/06 22:52│編集
ヒロハルさんへ
コメントありがとうございます!

> 「おばあさんの魔女」という響きはどうしても悪いイメージが先行してしまうのですが、いい魔女でもおかしくないですよね。きっと彼女は女の子の表情から全てを読みとったんでしょうね。とても素敵なお話でした。

ありがとうございます!もう恐縮&光栄です。なぜか昔から魔女の存在が悪いものには思えなくて、ジブリの「魔女の宅急便」の影響かもしれませんが^^

10代の時に書いたものだから、色々と恥ずかしいところが多い物語ですが、そういって頂けてとても感謝です。ありがとうございます><
rurubu1001│URL│01/07 03:14│編集

うわ、もうこれはトトロの世界ですね。
どこかでふっと異次元に入り込む。
でもその入り口って、案外近くにあったりする……
子どものときって、後から考えたらなんであんなに世界は大きく見えたんだろうって思います。単純に背丈の問題もあるかもしれませんが、たまに子どもの目の高さになってみると、世界はまるで違うように見えるんですよね。
だから、このお話もファンタジーのようでいて、実は本当のお話だったりするのかも。
お母さんへの一生懸命の気持ちが、どこかへ通じたんですね。
10代の時に書いたもの、なのですか?
素晴らしいですね! 暖かくて優しい物語、ほっとした気持ちにさせていただきました(*^_^*)
大海彩洋│URL│01/19 23:53│編集
大海彩洋さんへ
コメントありがとうございます!

> うわ、もうこれはトトロの世界ですね。どこかでふっと異次元に入り込む。でもその入り口って、案外近くにあったりする……子どものときって、後から考えたらなんであんなに世界は大きく見えたんだろうって思います。単純に背丈の問題もあるかもしれませんが、たまに子どもの目の高さになってみると、世界はまるで違うように見えるんですよね。だから、このお話もファンタジーのようでいて、実は本当のお話だったりするのかも。お母さんへの一生懸命の気持ちが、どこかへ通じたんですね。


トトロ大好きなので、なんだかとても嬉しいです。ありがとうございます^^!トトロも確か入口が近くにあるんですよね。サツキとメイ、懐かしいな。傘を持ってお祈りしていると、植物がにょきにょき成長する場面が大好きでした。

確かに!子供の頃って、不思議ですよね。世界がとても大きいように見えて、結構無謀なことも怖がらず立ち向かったりして(苦笑)。あなどりがたし子供、ですよね^^

> 10代の時に書いたもの、なのですか?素晴らしいですね! 暖かくて優しい物語、ほっとした気持ちにさせていただきました(*^_^*)

いややや!大海さんにそんな風に言って頂けて恐縮&光栄です!拙いもので、なんともおハズしいですが(未だにですけど…汗)いつもありがとうございます!^^
rurubu1001│URL│01/20 21:19│編集
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