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…鐘の音がする。いつからかわからない。ただ、夢の最後でいつも鳴り響くのだ。ずっと前から…。

    *

誰かの泣く声がして、彼は目を開けた。目の前に女がいて、かなしげに自分を見下ろしている。目元のブルーのシャドウがやたら印象的な女…。

「気が付いたか?ここがどこだかわかるか?」

しかし彼女は泣いていなかった。自分の気のせいだったらしい。彼女に問われ、彼は苦笑した。何もわからなかったから。彼女が言った。

「病院だ。お前が意識をなくしてもう3日になる」

無機質な白の空間、つんとした独特の消毒液の匂いに「ああ」と彼は思った。それにしても随分と立派な個室のベッドで世話になっているようだ。彼は慌てて体を動かすと、胸に激痛が走った。

「安静にしろ。拳銃でうたれたんだ」
「え?」
「大丈夫だ。急所は外れている」

胸をおさえると、包帯がしっかりと巻かれていた。…自分は何か事件にでも巻き込まれたのだろうか?

「どうして拳銃なんて…?」

彼の反応に、彼女は目を瞠った。

「…お前、何も覚えてないのか…?」
「すみません。記憶がなくて。…何があったんでしょうか?というか、あなたは誰ですか?」

その問いに彼女はとても傷ついた目をした。申し訳なく思ったが、早く現状把握をしたかったし、もう一つ彼には切実な問題があった。

「…それと、僕はいったい誰ですか?」

本当に、何もわからなかったのだ。

彼女はリアと名乗った。職業は刑事。ある事件に巻き込まれ、また命を狙われる危険のある彼をこの病院にかくまっているらしい。

「…あの、それで僕の名前は?」
「…それが私にもよくわからないんだ…。お前が目覚めたら詳しく聞こうと思っていた」
「そうですか。でも、こういうのってあれですよね。ある日突然思い出したりするものとかいいますよね」

リアは不安そうに彼を見つめていた。それに彼は笑顔で返した。なぜか彼女に心配をかけたくなかった。自分が誰だかわからない恐れや不安はもちろんあったが、自分が生き延びたことの方が彼にとっては大事だった。事件の被害にあっても、無事でいられるなんて、このグレイブ・シティでは奇跡に近いことだ。この街では現在『由々しき市民』によるテロ行為や犯罪が多発している。だから、刑事は忙しいはずだ。それなのに、なぜだろう。彼女は彼のそばを離れようとはしなかった。

「…刑事さん、僕は大丈夫ですよ。お仕事は、いいんですか?」
「私のことは気にするな」
「…でも」
「これでも食べてろ」

彼女がナイフで切った林檎はウサギのかたちをしていた。つい彼は吹き出した。リアのもつクールなイメージとあわなかったからだ。警察なんてグレイブ・シティの政権を握る市長の犬だと聞いていたのに…。

「刑事さんって、かわいい人ですね。僕、病人なんて役得だな」
「え?」

 ― 密かな俺の夢ですよ。役得来た!!みたいな? ― 

彼のそのセリフを聞いて、彼女の顔が曇った。それを見て、彼は戸惑った。

「僕、変なことを言いました?」
「いや、違う。似たようなことをむかしに言われて、少し思い出しただけだ。お前は私の知り合いによく似ているから」
「…そうですか」

深く聞いてはいけないような気がして、彼は話題を変えた。

「そう言えば、最近面白いニュースとかありますか?ここはテレビもないし、新聞や雑誌も見れないみたいで気になってたんです」
「そうだな。手配しとく」

なぜだろう。彼は咄嗟に彼女の嘘を見抜いていた。たぶんこの部屋に情報を与えるものは置かれない。彼女が林檎をむくのに使っていたナイフも、きちんと彼女が持ち帰るだろう。どうしてそういうことがわかるのか自分でも不思議だったが、彼女に悟られてはいけないと思った。平然を装い、彼は続けた。

「それにこんなにいい個室を借りているのも気になっていたんです。大丈夫でしょうか?」
「気にするな。お前を助けられなかったのは私のせいだから」

『私のせい』という言葉もひっかかった。彼女は、自分のせいで何か重いものを背負わせてはいないだろうか…?深く考えていると、リアがたずねた。

「…ところで、うなされていたようだったぞ?大丈夫か?」

それを聞き、彼は苦笑した。

「…なんか変な夢でもみてたんですかね。何の夢を見てたのかそのへん忘れましたけど、最後に鐘の音がガンガン鳴ってたような気がします」
「鐘の音か…」
「夢の終焉を告げる鐘の音ですよ…なんてね。『終焉』なんて言って自分の柔肌に鳥肌が立ってます」
「なんだ、それは」

リアの笑顔に彼も笑った。彼はリアの笑顔が好きだと思った。彼女の笑顔は素の表情が現われる。濃い化粧でひた隠しにしているようだが、あどけなさの残る少女のような可憐さがあった。化粧はきっと彼女の武装なのだ。まだまだ男社会の警察組織において彼女の存在とそのキャリアは特に煙たがれるのかもしれない。怪我人の自分の世話をさせられているのも嫌がらせみたいなものだろう。

「刑事さんは、どうして刑事に?」

聞いた後で、しまったと思った。自分ごときが簡単に聞いていいものではないだろう。

「大切な者を守るため」
「…大切な者?」
「ああ」
「それって恋人とかですか?それとも…」

不意に病院内に強い揺れが起こった。爆撃でも受けたのか、外は火の手が上がっていた。煙も立ち込めている。

「いったい何が!?『由々しき市民』がまた…?」

彼の問いに、リアは答える。

「きっと、目覚めたお前を迎えにきたんだろう?」
「…僕を?」
「私をはっているのが一番確実だからな」
「どういう意味ですか?」

鼻で笑いながら、リアは続けた。

「グレイブ・シティに住む者は、みんな『由々しき市民』になるなと教育される。危険分子あつかいされるその呼び名をお前はとても毛嫌いしていた。そんなこと言ったら、人は誰しも『由々しき市民』候補生で、そういう負の感情は誰しもあるものだと言ってね…」

彼は混乱していた。彼女はきっと今、真実を語ってくれている。しかし、自分の思考がそれに追いつかない。

「でも、逆に『正しき市民』になれとは言われないとも。『正しき市民』はみんながなれる者じゃないからだ。決められた特定の者に限られる。だから、あえて言わないんだろうと」

― おかしいなあ、それ。俺には市長の考えがわかりません。リアさんは、わかりますか? ―

「…あなたは、知ってるんですね?本当は僕が誰なのか…」

彼の声は冷たく厳しかった。それでもリアの態度は変わらず、落ち着きを払ったままだった。

「私は知らないとは言ってないな」
「僕は事件の被害者なんかじゃない。むしろ逆なんじゃないですか?ああ、そうか。犯罪者だったんですね?なら迎えにくるというのはその仲間。もしかして、僕は『由々しき市民』の幹部?…まさか代表格ですか?」

― あなたのような『正しき市民』でも答えられないことがあるんですね。でも、俺はあなたに答えてもらいたかったんだけどな ―

リアは息を吐いた。それから、彼を真っ直ぐ見つめた。

「…お前の胸を拳銃で撃ったのは市長の娘である、この私だ」

それを聞いて、彼は嬉しそうに笑った。

「あなたに殺されかけて救われるなんて光栄だな、リア・グレイブ」

彼の伸ばした手がリアの首元で止まるのと、リアがヴィンスの胸に拳銃を構えたのは、ほぼ同時だった。

「また僕を撃つんですか?それでもいいですよ」
「私はお前に怪我を負わせ、自分がそれを救える力を持っていると気づいた時、初めて感謝したよ。自分が『正しき市民』であるということに」

自分の思考はまだ追いつかないのだろうか。彼は何も言い返せなかった。

「黙らないでくれ。ヴィンス・ロードはすでに死亡したことになっている。この場所は警察にも父にも知られていない。きっと彼らに、私は仇をなしただろう。これは私の罪で、お前の罪ではない」
「…あなたは何を言ってるんだ…?」
「私は賭けたんだ。お前はきっと私たちとは違う。真実と向き合い、なすべきことをなせ。元上司からの最後の言葉だ」

リアが自分の頭に拳銃を向け、その指でトリガーをひくのと、彼が自分の記憶を取り戻したのは、ほぼ同時だった。



その時、終焉の鐘が鳴り響いた。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 凛として時雨 『Who What Who What』 ★
https://www.youtube.com/watch?v=HPJCPHh-x2o

苦手だと思っていた男性の高音ボイスも聞きこんでいると、心地よさがあって驚きです。超人的というか、これ素人目にみても(素人耳?にきいても)ギターがすごいことになってると思うのですが…。ああ、この主題歌になった映画を見逃したことをとてつもなく後悔…。かなり評価高いんです。2期があんまりだったから、油断した。なので音楽をきいて雰囲気だけでも味わおうとしていたら、過去に書いた自分の物語の続きが生まれてこようとは…。ちぇ、これもシリーズ化か。

劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス」劇場公開後新PV
https://www.youtube.com/watch?v=Apzibx8oxkw

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