良ければ、先にこちらをどうぞ。
【目次】 『或るアプレ記者の回想(仮)』シリーズ 【作品紹介】
http://short2story.blog.fc2.com/blog-entry-314.html
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『 …風に騒ぐ黒い松林のかなた、鹿苑寺(ろくおんじ)の総門が見えて来たとき、私の心は徐々に冷え、無力は立ちまさり、酔い心地は嫌悪に変り、何ものへともしれぬ憎しみがつのった。「又もや私は人生から隔てられた!」と独言した。又してもだ。金閣はどうして私を守ろうとする?頼みもしないのに、どうして私を人生から隔てようとする。なるほど金閣は、私を堕地獄から救っているのかもしれない。そうすることによって金閣は私を、地獄に落ちた人間よりもっと悪い者、『誰よりも地獄の消息に通じた男』にしてくれたのだ…。 』

    *

昭和二五年、七月二日未明。

サイレンの音がうるさくて、世話になっている下宿先で私は目を覚ました。いったい何の騒ぎかと起き上がり、部屋を出た。

「ああ、ヨシダさんも起きましたか?大変なんですよ!」

下宿先の年老いた大家が私に気付き、声を上げた。

「いったい何事ですか?」
「火事のようです。消防車が勢いよく走っていきました」

あの音は消防車のサイレンだったのだ。

「そりゃ、大変だ!火の手は?」
「このあたりではないようです。どうも上京区(かみぎょうく)の方じゃないかって…」

他の下宿仲間である学生たちも起き出して、何事かとまわりに集まってきた。

「すごいサイレンの音だったな!」
「かなりの数の消防車が向かったんじゃないか?」
「上京区って行ったら学校が多いぞ!」
「去年、奈良の法隆寺も火災にあったし、京都の寺も危ないんじゃないか?」

昨年の昭和二四年一月に起きた奈良県斑鳩町(いかるがちょう)の法隆寺の火災事故は私たちの記憶にも新しかった。漏電(ろうでん)により、国宝の壁画などが焼けてしまったのだ。誰かが言った。

「上京区の寺か…。それなら金閣寺あたりが危ないかもしれないぞ」

一瞬、みな虚を突かれたような顔をした。変な沈黙がおりたが、

「あはは。まさか!それはないだろう!!」

と誰もが当たり前のように笑い流した。金箔も黒漆も剥がれてきてはいるが、かつて「まめやかにまばゆきまでに侍る」と評された金閣寺に限って、そんなことが起こるわけがない。ありえないだろう…、と。

しかし私たちは後で笑い流したことを後悔し、変な罪悪感に苛まれることになる。

同日未明。京都市上京区衣笠(きぬがさ)金閣寺町(きんかくじちょう)にある臨済宗相国寺(しょうこくじ)派別格地・鹿苑寺庭園内の国宝の舎利殿(金閣)から出火、四六坪を全焼した。中に眠る重要文化財はもちろんのこと、かつて室町幕府三代将軍・足利義満がつくった黄金の三層楼閣(ろうかく)は、一夜にして灰じんと化した。

世にいう、金閣寺炎上である。

    *

昭和二五年、七月二日午前。


「…で、なんでヨシダ君が金閣寺(ここ)にいるんですか?」

フクダさんが頬を膨らませている。それを見るのはとても珍しかった。いつものえくぼがない。

「ここに来ればフクダさんに会えると思ったんですよ。確か新聞社で宗教(寺回り)も担当していると言ってたし。寺に何かあったら来るだろうと。だから、俺も急いでここに駆けつけたわけです」

フクダさんは宿直でたまたま新聞社に泊まり込んでいたらしい。サイレン音を聞いて飛び起き、警察担当だった同僚のオオタケさんに連絡、金閣寺炎上を確認するや否や、慌てて現場に駆け付けたという。消防隊員が第一報をきいて到着した時には、既に舎利殿から猛列な炎が噴き出していて手のつけようが無かったそうだ。早朝になってようやく鎮火したが、無残な焼け跡を残すのみで、国宝だったはずの美しい舎利殿の姿はそこにはなかった。

「いや~、それにしてもすごいですね。終戦の焼け跡を思い出すな」

私のその言葉に、フクダさんはため息をついた。

「早く帰りなさい」
「いいじゃないですか?話を聞いて、下宿先の朝飯をぬいて飛び出してきたんですよ。もう少し近くで見させて下さい」

私は警察や消防の目を盗んで現場に近づこうとした。

「ここは今、君のような学生のいるところではありません」

フクダさんが立ちはだかるように前に出た。私はフクダさんにはっきりと告げた。

「帰りませんよ!」

フクダさんは驚いたように私を見返した。

「…ヨシダ君?」
「フクダさん、俺に言いましたよね?アプレ記者の資質があるって。なら、見定めて下さいよ。俺が本当にそうなのかどうか。それに俺、思ったんです。本当に新聞記者になりたいなら、就職難の中、普通に就職活動をしていても駄目なんじゃないかって。自分で特ダネをつかんで、新聞社に売り込みにいくくらいの気概がなくてどうするんだって」

フクダさんは、しばし私を見つめていた。私は目をそらさずに、こう続けた。

「金閣寺炎上は去年の法隆寺のような事故じゃない。たしか金閣寺は漏電の原因になりそうな電灯を敷いてなかったと思います。なら放火の可能性が高い。これは放火事件ですよね?」
「…電灯以外にも、他に漏電の生じるようなものが近くにあったかもしれませんよ」
「そうだとしたら、さっき現場に近づこうとした俺を見て、フクダさんなら『危ない!』と言って止めたんじゃないですか?鎮火して、それほどまだ時間がたってない。漏電なら感電する可能性もあるから」

私は自信ありげな笑みを浮かべた。

「…なるほど。わざと現場に近づこうとして僕の様子をみたわけですか」

フクダさんは腕を組み、真剣な表情で私を見つめ直した。やがて、あたりが騒がしくなった。現場検証を終えた警察と消防が戻って来たらしい。

「時間はなさそうですね」
「え?」
「君はこれを着なさい!」

フクダさんは自分の復員外套(ふくいんがいとう)を脱ぎ、私にかぶせた。

「記者になるのに、学生服のままいるつもりですか?」

そう言われ、一瞬反応が遅れた。

「え?」
「暑くても、我慢するんですよ」
「…は、はい!」

フクダさんより背丈のある私には正直その復員外套は小さかったが、文句は言ってられない。

「フクダさん、こっちです!」

男にしては妙に高い声がして振り向くと、女性がこちらに手を振っていた。

「警察の情報公開です。私たち記者はこっちですよ!」
「スエツグさんも来てましたか!」

フクダさんに『スエツグさん』とよばれた女性は「当たり前です!」と少し目を輝かせた。

「こんな事件が起きて、駆けつけたくない記者はいないでしょう?上を丸め込んできましたよ!」
「凄腕記者のスエツグさんらしいなあ!」
「よしてくださいよ!…あら、あなたは新人君?」

彼女は私に気づくと、若々しい笑顔をみせてくれた。

「フクダさんの下につけるなんて幸せね。これでも私、商売敵(がたき)なの」

どうやらフクダさんとは違う他社の新聞記者のようだ。

「よろしくね、新人君!名前は?」
「…アプレ記者のヨシダです!」

私が思わずそう言うと、スエツグさんは笑った。

「アプレ記者の新人君!?ふふふ、面白いじゃない。もしかしたら、今回のこの火災、そんな君にこそ、ふさわしい事件かもしれないわ」
「どういうことですか?」
「もうわかっているかもしれないけど、これは放火事件よ。たぶん警察は犯人の目星もつけてる。この寺の若い修行僧が一人、姿を消してるらしいの」

犯人がすでにわかっていると聞いた時、私は「これで特ダネはなくなった…」と不謹慎にも意気消沈した。スエツグさんは私の落胆をみてとり、

「気を落とさないで。記者の本領発揮はこれからよ。もしそれが本当だとしたら、これは光クラブ事件、早船事件に並ぶ、アプレゲール犯罪になるわ。アプレ記者の君がしっかり取材しなくてどうするの?」

と励ますように私の背中をばんばんと強く叩いた。私はむせながら言った。

「…あのスエツグさん。痛いです。…凄腕記者の凄腕って怪力の意味だったんですか…?」
「え、今なんて?」
「あはは!ヨシダ君はどこにいてもヨシダ君ですね。ささ、僕らも行きましょう!警察の情報公開後からが勝負ですよ」

フクダさんもいつもの笑顔に戻っていた。

「はい。犯人を探さないとですね!」

私が気合を入れ直すと、フクダさんはスエツグさんに聞こえないように囁いた。

「犯人が捕まるのは時間の問題。それにそれは警察の仕事ですから」
「え?」
「僕らはその一歩先を行きます。先を読んで行動しないと、特ダネにはなりませんからね」



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引用文献(冒頭)
・三島由紀夫『金閣寺』 
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物語はもう少し続きます。さて、次で終わるのかちょっと不安ですが、よろしくお願いします。

内容のネタバレの可能性があるかもしれないので影響を受けた作品の詳しい紹介はラストに。同じ理由から、コメント欄も閉じさせて頂きました。申し訳ありません。1話で全ておさえたかったんですけど、やっぱり長くなりそうなので。さあ、頑張って続きを書かねば!あ、これくらいは紹介できるかな。

★ サカナクション『アルクアラウンド』
聞いてた音楽です。PV面白いんですよね。
https://www.youtube.com/watch?v=vS6wzjpCvec

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