「あなた、最近タケシの様子が少しおかしいの」

仕事を終えて家に帰ると、私の背広をハンガーに掛けながら妻が言った。

「タケシがどうした?」

タケシは今年小学5年生になる私たちの一人息子である。まだまだ、生意気盛りのお子様だ。

「ちょっと変なのよ。ずっとテレビにかじりついてて」
「テレビ?面白い番組でもやってるんじゃないか?」

私が笑い飛ばすと、妻は怒りだした。

「真面目に聞いて。笑いごとじゃないの!」
「え?」
「あの子が見てるのはニュース番組。しかも殺人事件ばかりなんだから」

我が家の夕飯は、基本テレビをつけながらでも良しとしている。単にテレビがないと無音になり、食卓が淋しいというのもある。私たちの心配をよそに、タケシは今日の夕飯もニュース番組をじっと見つめていた。内容は保険金目当ての殺人事件。隣りにいる妻は心配そうな顔をしていた。

「タケシ、他の好きな番組を見ていいんだぞ。父さんに合わせて、ニュースを見てるんじゃないのか?」

大人の都合に合わせているという可能性もなくはない。私は息子に聞いてみた。

「これがいいんだ。ニュース番組、好きなんだよ。色々なことが知れるし」

一見優等生じみた答えだが、いかんせん、子供らしくない。

「特にどんなニュースが気になるんだ?」

私さらに聞いてみた。

「殺人事件」

私は妻と顔を見合わせた。どうやら彼女の息子チェックは正しかったようだ。

「タケシは最近ミステリーや推理小説にでも、ハマってるのか?」
「ううん。ただ気になるんだよ」
「気になる?」
「殺人事件の犯人ってバラバラに事件を起こしてるけど、この人たちが集まってみんなで一つの事件を起こしたら、きっと凄いことになるんじゃないかなって」
「…凄い…?」
「うん、凄い!」

気のせいだろうか。タケシは期待に満ちた目をしていた。なんだか生き生きとしている。

「絶対凄いと思うんだ!」
「そうかしら?お母さんは、恐ろしいわ」

妻も何かを感じ取ったのだろう。話に入ってきた。

「そうかなあ…?」
「そうよ。そんなことがあったら、大変よ。とてもこわいことだわ」

妻がたしなめても、タケシは納得してないようだった。

「…絶対凄いと思うんだけどなあ」

自分たちの子供なのに、よくわからない。自分たちはこの子の親なのに…。私たちは戸惑っていた。

それから一週間後、あの事件が起きた。

1995年(平成7年)3月20日、地下鉄サリン事件。

東京の地下鉄車内で毒ガスであるサリンが散布され、乗客や駅員ら13人が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。日本において、戦後最大級の無差別殺人であるとともに、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件だった。

「これだ!これだよ、父さん!!」

タケシは毎日、興奮冷めやらぬ様子で、テレビにかじりついていた。

「そうかあ、こういうのテロっていうんだね!やっぱりああいう人たちが集まって起こす事件は凄いんだよ!!」

私は正直この時テレビに映る悲惨な状況よりも、目の前にいる自分の息子に恐怖していた。

この子をこのままにしてはいけない。息子の高ぶる感情にはまだ名前がない。食い止めるなら今だ。まだ、間に合う!

― ソノ カンジョウノ オトシドコロヲ マチガエルナ ― 

「タケシ、気をつけろ!」
「え?」
「お前は大事なものを失いかけてる」

タケシは何を言われているのかわからなかったのだろう。ぽかんとしていた。

「いつも父さんはな、あの電車に乗って会社に行ってるんだ。たまたま、今回乗り合わせなかっただけで助かった。もし、父さんがあの電車に乗って事件に巻き込まれていたらどうする?お前はまだそうやって笑えるのか?」

熱に浮かされたようなタケシが凍りつくのがわかった。

「タケシ、それでも凄い事件って言えるのか?」
「………」
「これは全然凄い事件なんかじゃないんだよ」

― ソノ カンジョウノ オトシドコロヲ マチガエルナ ― 

「それがわかるな?母さんは何て言ってた?」

タケシは青ざめ、震えだしていた。 

「恐ろしい。とてもこわいこと…」
「そうだな。タケシ自身はどう思う?父さんが事件に巻き込まれていたとしたら…」

― ソノ カンジョウノ オトシドコロヲ マチガエルナ ― 

「…父さんが死んじゃったら嫌だよ」
「そうだな」
「全然こんなの凄くなんかない!」

― ソノ カンジョウノ オトシドコロヲ …… ― 

「僕は笑ってなんかない。そんなヒドイこと、しないよ!」
「そうだ」

私はタケシを抱きしめた。徐々に震えがおさまっていくのがわかる。その高ぶる感情の終着点に安堵した。私は嘘をついた。本当は私の使う電車は地下鉄ではない。タケシも近いうちに、それに気づくだろう。

― ソノ カンジョウノ オトシドコロヲ …… ― 

「タケシ、お前は大丈夫だ。きっと大丈夫だよ」

…息子にも、自分にも、そう言い聞かせる。

『危ないですから下がってーーーーー!!!』

ブラウン管の向こうでは乗客に危険を知らせようと、駅員が声の限りに叫んでいた。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 村上春樹「アンダーグラウンド」 × the brilliant green 「Bye Bye Mr.Mug」 ★

ニュースで今年、地下鉄サリン事件から20年と聞いて。私があの事件を書けるとしたら、被害者でも加害者でもないブラウン管の外側にいた人たちでした。

①  村上春樹「アンダーグラウンド」
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%91%E4%B8%8A-%E6%98%A5%E6%A8%B9/dp/4062639971
ノンフィクション。地下鉄サリン事件といったら、どんなニュースよりも私の中ではこれ。被害者の姿をありのまま伝えようと、あの日、あの場所で、何があったのか、彼らの言葉で真実を伝えてくれます。読了後、オウム信者視点の「約束された場所で」も読みました。

② the brilliant green 「Bye Bye Mr.Mug」
http://nicoviewer.net/sm9164633
書き終えた後、頭のなかに流れてきたのがこのイントロ。ブリグリ大好きなんです。彼らのデビュー曲。他の曲でも物語を書けるといいな。

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コメント

20年ですかあ。大事件でしたね。
人の心が右にも左にも簡単に所属するのだなあということにもとても驚いた事件でした。
天使にも怪物にもなる。神はどっちだ、とかね。

ブラウン管の外側にいた人たち、そうそう、それが自分たちで、このことからなにをどう汲み取ってこれからの世の中をつくって暮らしていくのか、なんていうことを結構考えましたね。

世界的には未だにテロという行為は続いていて、やっぱり理解できなくて、心痛い時もありますね。
けい│URL│11/22 11:43│編集

初めまして。こんにちは。

無垢な少年がゲーム感覚で殺人を見ているような気がしました。
両親も止められない領域に入ってきたのかもしれません。
怖いですね。
花音│URL│11/22 12:10│編集
けいさんへ
いつも本当にありがとうございます!

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
PC環境から離れておりました><。

> 20年ですかあ。大事件でしたね。人の心が右にも左にも簡単に所属するのだなあということにもとても驚いた事件でした。天使にも怪物にもなる。神はどっちだ、とかね。ブラウン管の外側にいた人たち、そうそう、それが自分たちで、このことからなにをどう汲み取ってこれからの世の中をつくって暮らしていくのか、なんていうことを結構考えましたね。世界的には未だにテロという行為は続いていて、やっぱり理解できなくて、心痛い時もありますね。

自分が事件に関わりがなければ、不謹慎なことをおもってしまう人もいて。あの事件は本当に色々なことを考えさせられましたよね。主人公の息子ではないですが、私もテロと言うのをあの事件で初めて知って、とてもこわくなったのを覚えています。ニューヨークのあの事件の時もとても怖くなりました。理解するのがとても難しい…。でも、どこかしらにみんなそんな闇の部分が隠されているような気もして、こんな物語が生まれたのかもしれません。
rurubu1001│URL│11/25 20:47│編集
花音さんへ
花音さん、初めまして。

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
PC環境から離れておりました><。

> 無垢な少年がゲーム感覚で殺人を見ているような気がしました。両親も止められない領域に入ってきたのかもしれません。怖いですね。

平和と言われている時代に生まれた子供たちの麻痺した感覚と言うか。とらえ方が違うだけで、ずれが生じてしまうことってありますよね。でも、周りに気づく人がいて、逃げずに向き合っていたら、きっと道を間違えることもなかったんじゃないかなと希望を持ちたかったのかなと。少年犯罪とかみてて思ったりしたのが、この物語が生まれたきっかけだったのかもしれません。

読んで頂き、本当にありがとうございました^^
rurubu1001│URL│11/25 20:56│編集
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