あの人が、帰ってくる。

   *

少し古びた日本家屋の縁側で、祖母は美味しそうな胡瓜(きゅうり)に何かをぷすぷすとさしていた。よく見ると、短く切った割り箸だった。

「おばあちゃん、何してるの?食べ物で遊んじゃいけないんだよ」

小学生の私が腰に手をあてて注意をすると、祖母は目を丸くした。

「おや、佳乃子(かのこ)は精霊馬を知らないのかい?」
「え、何?その…ショショッショ…?」

4本足の生えた胡瓜は、まるで可愛らしい生き物のようだった。祖母は笑った。

「ショショッショじゃないさ。精霊馬(しょうりょううま)だよ」

ぽかんとする私に祖母は教えてくれた。

「お盆だからね、死んだ家族やご先祖さまがあの世からこっちに帰ってくるの。そのための乗り物を作ってるのさ」
「胡瓜で?」
「そうよ~。胡瓜はお馬さんになる凄い野菜なのよ」

私は感心した。知らなかった!胡瓜、凄いじゃん!!

「じゃあ、おじいちゃんも、これに乗って帰ってくるの?」

亡くなった祖父を思い出して言うと、祖母はふふふっと笑った。

「そうよ~。おばあちゃんに会いたくてねえ、これに乗って早く帰ってきちゃうかもね」
「ふうん。でも、恥ずかしがり屋のおじいちゃんが、そう簡単に胡瓜にまたがるかなあ」

祖母はまた、ふふふと笑った。

「迎える時は早く帰ってきてほしいから胡瓜で馬を、送る時はゆっくり帰ってほしいから茄子(なす)で牛を作るのよ」
「へ~」
「佳乃子も作る?」
「うん、作る!」

自分の体温よりもひんやりした胡瓜に、祖母の真似をして、ぷすぷすと割り箸をさす。

「あら~、佳乃子。上手いじゃないの」

祖母に褒められ、私は得意げに胸をそらした。だから、気がゆるんだのかもしれない。

「…お母さんも、これに乗って帰ってこないかな?」

私の問いに、祖母は少し困った顔をした。
それを見なかったことにしたくて、そんなことを言ってしまった自分をごまかしたくて、私は新しい胡瓜に手を伸ばした。

「曾おじいちゃんたちの分もつくるね」

ぷすぷす。ぷすぷす。

「たくさん作るね!」

私の母はいない。ただ、いない。お盆になっても、帰って来ない。私たちを置いて、家を出ていったきりだ。

「迎え火、たこうかね」

祖母の声に顔を上げた。いつの間に、日が暮れていたようだ。
門口で苧殻(おがら)というのをたいた。小さな火が儚い時間をともす。見つめていると、なんだか不安になってきた。

「おじいちゃん、うちに来るの久しぶりで道に迷ったりしないかな?大丈夫かな?」

祖母は自信をもって言った。

「大丈夫!おじいちゃんはおばあちゃん、目指してまっしぐらよ~」
「まっしぐらって、なんかネコ缶のCMみたい」

祖母はふふふと笑った。彼女のしわしわの手が私の手と重なった。

「おばあちゃんも佳乃子、目指してましっぐらよ。いつもいつもまっしぐらよ~」

そのあたたかさに胸がいっぱいになる。返事ができず、一生懸命、手を握り返した。

「ずっと佳乃子と一緒に精霊馬を作らないといけないね~。佳乃子、おばあちゃんは長生きするよ!」

そんな祖母のふふふ笑いが、私は大好きだった。

   *

あの人が、帰ってくる。

古びた日本家屋の縁側で、私は美味しそうな胡瓜に短く切った割り箸をぷすぷすとさしていた。

「佳乃子、何してるの?食べ物で遊んじゃだめよ」

母が腰に手をあてて注意をしたの見て、私は目を丸くした。

「え、お母さんは精霊馬を知らないの?」
「え、何?その…ショショッショ…?」

ぽかんとする母に私は教えた。

「お盆だからね、死んだ家族やご先祖さまがあの世からこっちに帰ってくるの。そのための乗り物を作ってるんだよ」
「あ~。そういうの昔やったわ、おばあちゃんと」
「胡瓜はお馬さんになる凄い野菜なのよ~って、おばあちゃん言ってなかった?」
「言ってた言ってた。小さかったせいか、胡瓜のやつ、実は凄いんだなってえらく感心したもんよ」

う~ん、母子(おやこ)の考えることは似てるのかもしれないよ、おばあちゃん。

「佳乃子、何か言った?」
「別にー」

自由奔放で何かと家族を振り回す母だけど、祖母の死に際にはきっちり戻ってきてくれた。恨みや辛みが無いわけではないけど、祖母を看取ってくれたことで、どこか大きく救われたような気がした。

「じゃあ、おばあちゃんも、これに乗って帰ってくるのかしら?」

亡くなった祖母を思い出して母が言うと、待ってたように私はふふふっと笑った。

「そうよ~。私に会いたくてねえ、これに乗ってまっしぐらなんだから。早く帰ってきちゃうかもね~」
「ふうん。まっしぐらって、なんかネコ缶のCMみたいね」

もう少ししたら、夏の日が暮れる。小さな火が儚い時間をともすだろう。

―ふふふ。おばあちゃんも佳乃子、目指してましっぐらよ。いつもいつもまっしぐらよ~―

「だから、お母さん。一緒に精霊馬を作って。一緒に迎え火をたいて。ふたり一緒なら、きっともっと早く…」


あの人が、帰ってくる。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 安藤裕子 『 歩く』 ★
https://www.youtube.com/watch?v=3S_oylpESRk&list=PLCFD26E4FA264F3A7
初めて聞いたとき、絶対これにあうような物語を書きたいと思いました。今回久しぶりに聞くまでそのことをすっかり忘れていたけど。結局は自己満足でしかないけど。書けて良かった~。よし、200まで、あと59!


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コメント

夏ばばあ

 夏休みに過ごす田舎、広がる畑とひょっこり顔を出すばあちゃん。トウモロコシに茄子、胡瓜、トマト。お盆と花火。懐かしい子供の頃の思い出セットですね。
miss.key│URL│09/18 06:58│編集
miss.keyさんへ
コメントありがとうございます!


> 夏ばばあ 夏休みに過ごす田舎、広がる畑とひょっこり顔を出すばあちゃん。トウモロコシに茄子、胡瓜、トマト。お盆と花火。懐かしい子供の頃の思い出セットですね。

子供のころの、夏休みの田舎のおばあちゃんの思い出って、そういうかんじですよね。懐かしい気分になって下さったみたいで、とても嬉しいです^^
rurubu1001│URL│09/18 22:49│編集

子どもの頃は、帰ってくる、と言われても何の実感もなく、何の感慨もなく過ごしていました。今では・・・

おばあちゃんと佳乃子ちゃんの会話が良いですねえ。
こうして伝えられていくのですよね。

おじいちゃんとおばあちゃんは、ずっとずっとLOVEなんだなあ~^^
けい│URL│10/22 22:37│編集
けいさんへ
いつも本当にありがとうございます!

> 子どもの頃は、帰ってくる、と言われても何の実感もなく、何の感慨もなく過ごしていました。今では・・・おばあちゃんと佳乃子ちゃんの会話が良いですねえ。こうして伝えられていくのですよね。おじいちゃんとおばあちゃんは、ずっとずっとLOVEなんだなあ~^^

そうなんですよね。子供のころはピンとこなかったことが大人になってからありがたみがわかるといいますか…。感謝することが多くて。こうやって伝わっていくんですよね。おじいちゃんとおばあちゃん、いつまでもLOVELOVEだといいなあ^^
rurubu1001│URL│10/23 00:42│編集
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