ピザなんて、一番バカバカしい食べ物だと思う。

いかにも外国人が思いつきそうな食べ物だ。見た目がとにかく派手で、無駄にでかくて。そんなインパクトもさることながら、味なんて、もちろん…僕なんて考えるだけで、気持ち悪くなる。最悪で、最低で…好んで食べるものじゃない。チーズやらトマトソースやらが、ねっとりと混ざって、絡み合って…。

そんな食べ物を目の前にいるこの女は、幸せそうに食べている。お気に入りのピザ屋を吉祥寺に見つけたとかで、近くに一人暮らししている僕は、いきなり呼び出しをくらったのだ。

「う~ん、やっぱりトニーズのピザが一番おいしいですね」
「…そう?俺、ピザ苦手だわ…」
「えー、もったいない!ピザなんて一番幸せな気分にしてくれる食べ物なのに」
「………」
「一番パーティーっぽい食べ物というか。こうイメージ的に」
「それはわかるけど…」

一番幸せな気分にしてくれるかは、とても疑問だ。しかも、今はパーティーなんかじゃないし。季節的に夏に食べるのもどうかと思った。まぁ、今は夏から秋に移り変わっていて、まだマシなのかもしれないけど…。夏の終わりを感じさせる井の頭公園の夜は、別に嫌いじゃないけど、ピザなんかでわざわざ呼び出しを受けて、行く所ではなかった。

「夜になると風も気持ちいいし。やっぱりテイクアウトにして正解でしたね。お店も公園の近くで良かった。あ、先輩も食べて下さいね。ミックスピザもいいけど、納豆ピザもいけますよ?」
「……へえ…」

向こうの方では青春ドラマを絵に描いたような学生たちが、残り少ない夏を惜しむかのように花火をしていた。意識をなるべくそっちに向ける。

「おいしいなぁ~」
「お前、本当に好きなんだな」

フルカワは、満足そうに微笑んだ。

「ピザ、好きですねー。見た目も。味も」
「なんか悩みなさそうだもんな、フルカワは。こうイメージ的に」
「そんなことないのに。まぁ、よく言われますけどね」

ピザ好きのこの女、フルカワは大学の部活の後輩で、学年は僕の一個下にあたる。とにかく明るくて、先輩後輩も男女も関係なく、人と気持ちよく付き合える奴だった。きっと部活内でのムードメーカー的存在なのだろう。僕はどちらかというと、そんなフルカワとは対称的で、部活の中では、特に目立ってもいなかったし、大人しく静かに構えていた。飲み会でも、一人で酒を遠くで飲んでいることが多かったし。でも、そんな僕にフルカワは、ある日なんの気兼ねもなく話しかけてきて、僕のコップにたくさんのビールを注いでいた。なんとなく不思議で僕はフルカワにたずねてみた。

「そう言えば、お前。人に酒を勧める割には、あんまり飲んで無いよなー」

彼女は、フフッと愉快そうに笑った。

「ばれました?実はお酒が飲めないんですよ、私。だけど、お酒の席は好きなんです。みんな楽しくはしゃいじゃって、なんかお祭りっぽいし」
「ふうん。祭り、ねぇ」

僕がフルカワとなんとなく仲良くなったのは、そんな他愛もない話をしてからだった。それからというもの、部活の飲みでも合宿でもいつも最終的には、僕とフルカワの二人に落ち着いていた。そして、くだらない話ばかりをしていた。だから部活内ではよく僕とフルカワの仲を疑う奴らもいたけど、僕らは別に何もなかった。お互いに、他に恋人もいた。
ふと気がつくとフルカワが、ピザを食べる手を止めて呟いていた。

「あぁー、もう夏も終わっちゃいますね」
「そうだなー」
「なんか夏の終わりって、いつも何かをやり残した気がする…」

フルカワが珍しく、しんみりとしていた。

「…っていうか、それって夏休みの宿題とかじゃないか?ゼミの課題とか」

僕は、笑い飛ばしてやった。すると、フルカワは案外くいついて来た。

「違いますよ!あ、でも夏休みの宿題はなんか近い気がする…。先輩は小学生の頃、夏休みの宿題は、最初にやるタイプでした?それとも最後にやるタイプ?」
「最後まで残してたなー。で、そのままずっとやんないで、ウヤムヤにするタイプだった」
「えー、ひどい!」
「あのなあ、小学生なんて今も昔もそんなだぞ。お前はどうだったんだよ?」
「私は最初にまとめてやるタイプでした。でも、絶対何か忘れてて、最後に慌てるんですよね」
「なんかフルカワらしいというか…」

すると、フルカワはピザを食べていたことを思い出したようで、ニッコリとして、残っていたピザを食べ始めた。その姿を見て、僕はなぜか昔田舎で飼っていた子犬のクロを思い出した。なんとなくフルカワと雰囲気が似ていたからかもしれない。そう言えば、クロはチーズが好きだったな…。クロを思い出したことで、勢いでピザを口にしてみたけど、慌ててビールを足して胃に流し込んだ。

「あー、おいしかった。ごちそうさまでした。先輩、また一緒にピザを食べましょうね」

そんな僕とは反対にフルカワは、買ってあったジンジャーエールをうまそうに喉を鳴らして一気に飲み干した。

ピザ、ジンジャーエール、フルカワ、クロ…これがなんとなく僕の中で、不思議なセットになった夜だった。


『 夏の終わりって、いつも何かをやり残した気がする… 』


二年近く付き合っていた彼女と突然別れることになった時、フルカワのその言葉がなかなか頭から離れなかった。

よくわからない理由で僕はあっさりふられたのだった。その予兆さえ、さっぱり気づきもしなかった。自分の中で模索して、やっと見つけだした理由は、驚いたことに全てが言い訳じみていて、未練がましかったのもショックだった。…僕は何かをやり残してしまった。そんな曖昧な思いだけがいつの間にか理性にも取り巻いていて、しばらくはうまく機能できていなかったと思う。

だから、フルカワがピザを食べようとまた誘ってきてくれた時、何もかもがどうでも良いい状況だった。失恋なんかで…と言われればそれまでだけど、何事も整理しきれてないことに戸惑うのは同じだと思う。それを早く持ち直せるかが問題なのだろう。だから、この時の僕はピザが嫌いとか、面白いからフルカワに会いたいとか、正直何も無かった。何も感じなかったと言う方が正しいかもしれない。誘ってくれたフルカワには、申し訳なかったけど…。

「この前、観た映画が本当に良かったんです。『ロスト・イン・トランスレーション』ってやつなんですけど…。日本を舞台にした外国の映画でね。ビル・マーレイっていう役者さんが、ちょっと情けない役にすごくはまってて。監督さん、素敵な人なんだろうなって思ったら、女の人でね…」

だから、好きな映画の話でも、僕はうまく笑えなかった。勘のいいフルカワは、すぐに気づいたに違いないのに、何も聞かなかった。フルカワは、ただ笑って話を続けていた。

「…あと音楽も良くて。外国の人なのに、日本の曲のセレクトが思いもかけずマッチしていて良かったんですよ。でね、思ったんです。映画も何もそうかもしれないけど、どこかで違和感を覚えたら、もうダメで。自分の中で受け入れられなくなっちゃう。失敗作になっちゃうんだなって」

付き合っていた彼女は、僕に違和感を覚えたのだろうか。だから、失敗したのだろうか…全てがそこに結び付いて考えてしまう今の僕もどうかと思ったけど、あながち間違ってはいないような気がして少し笑えた。

すっかり秋の気配に姿を変えた公園は、前日に雨が降ったとかで、どこか夜の闇にうっすらと霧が立ち込めていた。まだ乾ききっていない土の上には、黒い水たまりがあった。

「あ、話は全然違うんですけど。実はバイト代が貯まりまして、やっと私、吉祥寺で一人暮らしできることになりました」
「え?」

それは、びっくりだった。つい驚いてしまった。

「今日やっと、きちんと反応してくれましたね」
「……」
「それは、いいんですけど。でね、私ひとり暮らしの記念に吉祥寺のテーマソングを探してみようと思ったんですよ」
「…はあ」

フルカワはいつも突然何かにひらめくことがあった。この時もそうで僕はよくわからず、ただ相槌だけ返した。

「今日はせっかく見つけたそのテーマソングを先輩に教えてあげようと思って。なーんて、単に誕生日に手に入れたiPod touchに色んな音楽入れたかっただけなんですけどね」
「…吉祥寺のテーマソング?」
「そうそう。吉祥寺に似合う曲をね、探してみたの。考えてみると案外難しいんですよ。でも、今から聴いてもらうのが突然ひらめいて。先輩は一人暮らしも先輩だし。教えてあげたくて」

フルカワは少しはしゃぎながら、自分のiPod touchのイヤホンを僕に渡した。吉祥寺にあう曲なんて今まで考えたことも無かった僕は、とりあえずイヤホンを耳にはめてみた。フルカワが嬉しそうにスタートボタンを押す。聴こえてくる音楽に、今度こそ僕は本気で驚くハメになった。

「知ってますか?この曲、くるりの『ワンダーフォーゲル』ってやつなんですけど…」
「…………」
「私は吉祥寺にあうなって思ったんですけど。どうですかね?」

なんのセリフも返せなかった。そんな僕を不思議そうに、フルカワが見つめていた。

「……いや、…あの…」
「あはは。先輩、なんか片言だし」
「…………」
「先輩?」

――矢のように月日は過ぎて、僕が息絶えた時…

「…どうしたんですか?」

――渡り鳥のように、何食わぬ顔で飛び続けるのかい?

フルカワは何も悪くない。何も悪いことをしていない。それは、わかっている。でも、今この瞬間だけ心から恨んでしまった。よりによって、その曲を選ぶなよ…。しかも、話題に出すな…。

「……勘弁してくれ…」

今まで出なかったものが、この時になって、ようやく流れ出ようとしていた。

慌てて横にあったピザを口いっぱいに詰め込んでいた。独特のしつこい味が、口いっぱいに嫌らしく広がる。ビールを飲んで奥に押し込もうとしたけど、あまりの量に胃も口も受け入れられず、勢いよく吐き出してしまった。苦しくて涙がでた。自慢じゃないけど、酒を飲みすぎて吐いたこともないのだ。フルカワもそれを知っていただろうし、ただただ驚いていた。こうでしか泣くことを許せない自分が、どうしようもなく情けなかった。

「えぇ!?ちょっと先輩、大丈夫ですか??」

戸惑うフルカワの声が、遠くでぼんやりと聞こえた。

僕は、思い出していた。

      *

…あれは、いつだったろう。

彼女がノースリーブを着ていたから、夏だったのかもしれない。白くて細い腕をよく覚えている。手には、僕が持ちきれなかった分のスーパーのレジ袋を提げていた。空には幾つか星があって、あまりきれいではない東京の空にも星があることに、僕はすっかり慣れ始めていた頃だ。二人で吉祥寺の夜道を静かに歩いていた。

「今日は、ハンバーグを作るからね」

彼女はこれから僕の家で、料理をするとはりきっていた。

「うまく作れるのかよ?不安だな~」
「疑ってるの?本当においしいんだから」

そうだ。確かにおいしいハンバーグだった。何もかもがこの頃は、順調だった。いや、きっと順調すぎたのだろう。彼女と並んで歩いて二人で帰る家には彼女の作るおいしい飯が待っていた。二人で食卓を囲む姿も…あった全てのことが今になって、とてもあたたかな色をしているのがこわい。

その夜道で彼女がなんとなく口ずさんでいたメロディを僕は気になって聞いてみた。

「くるりの『ワンダーフォーゲル』だよ。最近のお気に入りなの」

彼女が好きな曲というだけで、それは僕の中にもすんなり馴染んでいった。

「ふうん。CD持ってたら、今度貸してくんない?」
「いいよー」

彼女は微笑んでいた。それからいつものように下手に僕をからかった。

「あ!でも、聴いたら泣くかもしれないよ?」

彼女がこの時、全てを予想していたんだとしたら相当笑える話だ。今となっては、たずねることすらできない。借りたCDは未だに僕の家にあって、所在無く佇んでいる。僕の中で消化しきれてないから、きっと居場所がないのだ。

       *

「あー、本当にびっくりした。久々にびっくりしたよー」

フルカワは小さい手で、僕の背中を頑張ってさすっていた。

「うー、ごめん。悪い…」

フルカワは大きいため息をついて、僕にやっと気になっていた疑問を投げつけてきた。

「こんなになるって、おかしすぎですよ。先輩、何かあった?」

僕は一瞬言おうかどうか迷ったけど、介抱してくれるフルカワの前で、ずっと黙っているわけにもいかなかった。

「…別れたんだ」
「え?」
「彼女と」
「えぇ?本当に?」

しっかりと頷いてやった。ありがたいことに、恥も何も吐いた後では何も無かった。

「…そうか。だから、元気なかったのか」
「すみません」
「いや、謝るところじゃないですよ。そこは」

そのツッコミに、なんとなく笑ってしまった。

「一言、最初に言ってくれればいいのに。一番言いづらいことかもしれないけど。あ、でも、そうよね。私もきっと言えないだろうし。え?でも、それじゃいけないし…」

フルカワの一人言が続いた。なんだか一人芝居をする役者になれそうな勢いだった。また笑ってしまった。

「あ!別れてから、きちんと泣けました?」
「…よくわからん」
「波があるもんね。平気な時とダメな時と…。でも、ゆっくり整理していけばいいんだよ。自分の中の引き出しに入れるものは入れてさ」
「引き出し?」
「そうそう。引き出し。ゆっくり整理整頓するための」
「フルカワにあるんだ?そんな引き出し」
「ありますよ。これでも一応女子の端くれですから。敗れた恋の一つや二つくらい……ん?いや、三つくらいかな」

そのセリフに二人で笑った。今度は自然と笑えた。復活の兆候だろうか…。

「でもね。私の引き出しは、ちょっぴり特別なんですよ」

フルカワは急に秘密を打ち明けるように、小さな声で囁いた。僕は、首を傾けた。

「のび太の引き出しみたいなのが理想だと思ってるんです。だから、引き出しを想像する時は、いつものび太の引き出しなの」
「のび太って、ドラえもんの?」
「そうそう。勉強机のタイムマシンの引き出し。いろんな時代に繋がっていて、行こうと思えばそのタイムマシンに飛び乗って、いつだってどこだって行けるってやつ―。だからね、ゆっくりきちんと整理すれば、いつか自分の時間をきっと取り戻せるんですよ。タイムマシンに乗って笑って見届けられる」

なんかフルカワらしかった。らしい、引き出しだ。

「でも、ここでのとっておきは何と言ってもドラえもんなんです。ドラえもんは、ある日タイムマシンに乗って、のび太の引き出しから現れるでしょう?それが、タイムマシンを持った引き出しの一番の良さなの。整理したおかげで、面白い誰かが、引き出しから、いつかきっと現れてくれる。だから、私の恋人の理想像は、絶対ドラえもんなの!」
「なんだ、そりゃ」
「私の中で王子様があるとしたら、それはきっとドラえもんなんですよ」

想像してみた。あの昔テレビで見た懐かしいのび太の部屋を。あのグレーの勉強机を。宿題もやらずに遊びに行き、ジャイアンに泣かされて帰ってきたところに、引き出しから『こんにちは。ぼく、ドラえもんです』。目の前に現れたのは、白馬の王子なんてヤワなシロモノじゃない。青い狸みたいな間抜けないでたちの愛嬌のあるロボットだった。思わず、吹き出した。可笑しすぎて、ツボにはまっていた。なんだかめちゃめちゃ最高のような気がしたのだ。

「お前、すげえーな」
「え?」

フルカワは物事をかなしみで終わらせるという事をしないのだろう。楽しい何かに、笑い話にかえてみせる。そうしないと全てがつまらなくなるのを知っているのだ。発想は漫画かよ?とか、つっこみどころは多々あるが、僕たちの世界は決してドラマなんかじゃない。漫画みたいにコミカルで滑稽で。でも、だからこそ憎めない愛着があるのだ。

「あーぁー、ピザもジンジャーエールも終わっちゃいましたね」

フルカワが無残なピザケースを眺めていた。僕は言ってやった。

「フルカワ、俺がピザおごってやるよ」
「え、本当に?でも、悪いですよ」
「ピザをダメにしたのは俺だし。それに色んな意味で先輩だからな、俺は」
「本当にいいの?わーい、ありがとうございます。…ん?あ、でも」

少し気まずそうに、フルカワがちらっと僕を見た。

「何だよ?」
「…もしかして、やけ食い?」
「よし、わかった。ジンジャーエールは抜きな」
「きゃー、ごめんなさい」

フルカワお気に入りのピザ屋に向かうために、僕は立ち上がった。大丈夫だと思った。振り返った地面の上には、まだ黒い水たまりが広がっていた。ふとあのメロディが流れてきた。

――愛し合おう。誰よりも、水たまりは希望を写している…

「やっぱりミックスピザかな?それとも納豆ピザかな?」

その通りだった。確かにピザみたいな、バカバカしい最高の希望がそこにはあった。


秋の大学祭が終われば、あっという間に次の季節が顔をのぞかせる。

冷たい冬の到来だった。正直今年の冬は、僕には堪えまくった…。大学の欅並木は葉を全て落とし、身一つで凍えるような寒さに必死に耐えていた。でも、冬が堪える原因は決して寒さだけじゃない。問題は街のネオンがやたらと派手になってくることだろう。吉祥寺も例外ではなく、道行く一人者を悲嘆にくれさせるあの十二月の演出は、ある意味脅迫じみていた。

フルカワが泣いて僕に連絡をよこしてきたのは、そんな冬の始まりだった。

電話でフルカワの震える声を聞いたとき、ちょっとした衝撃だった。フルカワはいつも笑っていたから、それが当然のように思ってしまっていた。とにかくいつもピザを食べる公園で待ち合わせることにした。

「…先輩…」

登場したフルカワの顔は、かなりの不細工になっていて、見ていてとても辛かった。とにかくベンチに座らせ、公園の入り口にあるスターバックスで買っといたカフェ・モカのホットを渡してやった。フルカワは黙ってそれを受け取った。どうも猫舌らしく、フーフーと冷ましながら時間をかけてゆっくりと飲んだ。相当ダウンしているようだった。

「寒くないか?平気か?」
「…大丈夫…です…」

その声は泣きすぎたのか、痛々しい程かすれていた。

「…どうしたんだよ?お前が泣いて電話なんて、らしくないぞ?」

フルカワは頑張って笑顔を作ろうとしていたけど、顔をこわばらせただけだった。

「まぁ、いいさ。ゆっくりで。俺は時間だけはいっぱいあるからな」

フルカワが笑えない分、僕が豪快に笑ってやった。フルカワはそれを見て、涙目になってからやっと言った。

「…ふられちゃって」
「そっか」

別に驚かなかった。ここに来るまでの間にある程度予想はしていた。フルカワも特別な引き出しがあるとはいえ、女の子には違いないのだ。僕は深く、深く頷いた。

「そういう時はな、フルカワ」
「…うん」
「ゆっくり引き出しに整理整頓するといいんですよ」

フルカワは小さく笑った。頑張り過ぎない笑顔。復活の兆候。

「それって…」
「うん。俺はその話にけっこう救われたクチだからな」
「…なら、良かったです…」
「でもお前、ドラえもん王子様説の落とし穴を考えてなかっただろう?」

フルカワは変な風に首をひねった。僕は言ってやった。

「ドラえもんは、未来に帰るってこと。最後には、のび太と別れるんだってことをさ」
「………」

フルカワは真っ赤な目を見開いた。

「…それは、気づかなかった。え?だから、今こんなにかなしいの…?」
「バカだなぁ」

フルカワらしかった。らしい、反応だった。だからこそ、今度は僕の番なのだろう、とも思った。

「でも、フルカワ。そいつはホンモノのドラえもんじゃなかったのかもしれないぞ」
「え?」
「それか、もしかしたら、いろんなドラえもんがいるってことなのかもしれないよな」

僕はまだフルカワに話していないことがあった。だから、心をこめて伝えてやることにした。

「俺な、夢を見たんだ。話し聞いて、しばらく経ってから。ドラえもんの夢をさ。変だけど…」
「…先輩がドラえもんの夢…?」
「そうだよ。似合わないかもしれないけど、これは本当の話だ」

フルカワは少し驚いたようだった。僕は構わず続けた。

「夢の中で、俺はのび太だった。あの机でどうしようもなく泣いていたところに、突然引き出しが開いて、ドラえもんが現れたんだ」

物語を聞いている子供のような様子で、フルカワは僕をじっと見つめていた。

「それから…?」
「ドラえもんが、こう言ったんだよ。『出前のピザをお届けに来ました』って。わけがわからなくて、よく見るとそれは着ぐるみでさ。いきなり頭部をスポっと取り外したんだ。そしたら中身はお前、フルカワでさ。『パーティーしましょう、先輩。ピザパーティー!』って、なんだかいつもの調子で笑っててさ。俺は夢の中で、思わず腹を抱えていたね」

フルカワは、きょとんとしていた。当たり前だろう。本当に変な夢だったのだ。

「だから、きっとさ。いろんなドラえもんがいるってことなんじゃないか?毎回違う冒険に連れて行ってくれる愉快なドラえもんたちがさ、お前をこれから待ってるんだよ。だから、フルカワにとって特別な引き出しなんだろう?」

いつの間にかフルカワは、泣いていた。ただ静かに―、本人の自覚なく涙はこぼれていくようだった。気づけば、僕はその頭を優しく撫でていた。

「ごめん。結局は、お前のドラえもん王子様説の落とし穴をきちんと埋めてなんかないな」

すると、フルカワは泣きながら笑った。器用な奴だった。それを見たら、なんだか僕も泣きそうになってしまった。

「…ううん。先輩、すごいなぁ…」
「当たり前だろう。これでも俺、ドラえもんは感動の映画派なんだ」
「なんだ、そりゃ」
「ちなみに中でも一番好きなのは『リトルスターウォーズ』。武田鉄矢が『少年期』歌うところとか、かなりヤバいぞ」
「あ、わかる!グッとくるよね」

二人で笑った。爽快な笑い声をこの季節になって、ようやく耳にできた僕たちだった。今はこんな言葉しか口に出せない。そんな僕はまだまだ子供なのか、それとも素直になれないただの大人なのか…、それはよくわからない。でも、フルカワには今この瞬間、確かに何かが伝わったのだ。彼女の真っ赤な目に映っていた弱々しさは、雪がとけるようにすぅっと消えていった。

「…なんだかお腹、すいてきちゃった」

やっと自分自身を取り戻したフルカワがいた。その明るい声にホッとした。

「よしよし。じゃあ、何か食いに行こう。フルカワ、何が食いたい?」
「う~ん」
「やっぱりピザか?」

僕のありがたいお誘いに、フルカワはなんとも疑わしげな視線を送る。

「あれ~、でも、いいんですか?先輩はピザ、苦手じゃなかったっけ」

鋭い指摘だった。でも、僕も降参はしない。

「別に好きでもないが…」
「が?」
「…嫌いでもない」
「ふぅん」
「…ですけど?」
「あらあら」

彼女はふふっと笑った。僕もニヤリとする。

「よし。じゃあ、いつものピザ屋に行くとするか」
「あ、先輩。ちょっと待って下さい」
「ん?」
「一つ提案があります」

復活したフルカワは、僕の夢の中でドラえもんをしていた以上に楽しげで、なんとも頼もしかった。見ているこっちも愉快になる。さすがは現実。夢なんかに簡単に屈しはしない。負けやしない。僕も、彼女も。

「もう外は寒いし、ピザはどこかあったかな所で食べませんか?」
「え?」
「そうだなぁ。良ければ…」

彼女の突然のひらめきは、この日も絶好調だった。

「先輩のお家で、ピザパーティーを!」


=====================================



=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。


★ くるり『ワンダーフォーゲル』 × くるり『ばらの花』 ★

ある日、大好きな吉祥寺を舞台に物語を書きたい思いました。そのためにまず吉祥寺のテーマソングを見つけないと!友人と夜通し遊びほうけて、朝になって白んでいく吉祥寺の街を歩いていると、ふと彼らの音楽が聞こえました。歌のように、失恋から立ち直るまでの話を書こうかな。…そんなふうに、生まれた物語です。

フルカワの名前はくるり『ばらの花』でコーラスを担当した、私の大好きなスーパーカーのフルカワミキさん。ちなみにピザ屋は本当にあります。納豆ピザがおススメ!

TONY's PIZZA
http://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13005912/

くるり『ワンダーフォーゲル』
http://www.youtube.com/watch?v=I_PndY44ROg
くるり『ばらの花』
http://www.youtube.com/watch?v=fpjIsylnvU8
くるり『ばらの花・ワンダーフォーゲル・ロックンロール』
http://www.youtube.com/watch?v=Ic3yrHXiBYQ

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コメント

特大ピザにジンジャエール。うぉ~(なぜ吠える?)

友達以上恋人未満の関係が一線を越えたのを見たようです。(何か違うな -_-;)

季節が流れていく中で、お互いに色々あって、色々考える時間を過ごして、また二人に戻って・・・

正直で素直で、ピュアでした。
ピザパーティーにジンジャエールで乾杯^^
けい│URL│08/15 19:39│編集
Re: タイトルなし
>けいさん

いつも本当にありがとうございます!

これは大学時代の先輩と私がモデルのようなので、それからいうと二人の関係は何も起こってないんです。なので、たぶんこのふたりもそうだと思います(笑)。私、けっこう微妙に書いてしまってたなあ…と今になって気づきました^^

ジンジャーエール好きなんですよね。『くるり』の『ばらの花』って曲をきいてから。そちらも大好きな曲です。
rurubu1001│URL│08/15 21:14│編集

13年付き合って別れた彼氏のことを
ずっと引きずっていて、
別れてから2年目になって、
初めて臨床心理士さんのカウンセリングを受けたことを思い出しました。
(カウンセリング自体は今もずっと続いているんですが)

「早く忘れたほうがいい」
「元々縁がなかったんだよ」
「もっといい人がいるよ」

友達がそう言ってくれても私は全然納得できなくて。
初回のカウンセリングの1時間ずっと泣きながら話をしていて。

カウンセラーさんは
「忘れなくていいんですよ」って言ってくれた初めての人でした。

「忘れるんじゃなくて、今、ごちゃごちゃになっている引き出しの中に
思い出を一つ一つ丁寧にしまって、
いつでもその引き出しを開けて見られるようにすればいいんです」と。

ドラえもんという発想はなかったですが(笑)
「引き出し」という部分が見事にハマって
毎回泣きっぱなしだったカウンセリング初期の頃を思い出しました。

ピザも…。
元カレはトマトが全くダメな人で(トマトプリッツも食べられない)
トマトソース系のピザは食べませんでしたね。
納豆ピザというのは…マジで存在するんですか?
納豆は私が大の苦手です…(笑)
え、チーズの代わりに納豆が糸引くとか…?
想像するだけでダメかも(笑)

元カレと出会ったのも大学のサークルで。

個人的にいろんなことがリンクされた作品でした。

また、続き、読んでみます。
Sha-La│URL│10/02 21:22│編集
Re: タイトルなし
Sha-Laさん

コメントありがとうございます!

すみません。コメント返信、明日ゆっくりさせて頂きますね!
集中して物語書いてたら気づくの遅くなってしまって><
本当に申し訳ないです。
rurubu1001│URL│10/03 03:42│編集
Re: タイトルなし
Sha-Laさん

返信遅れまして、本当にすみません!><
長文書き込みしてくれたのに、本当に申し訳ないです!

> 初めて臨床心理士さんのカウンセリングを受けたことを思い出しましたカウンセラーさんは「忘れるんじゃなくて、今、ごちゃごちゃになっている引き出しの中に思い出を一つ一つ丁寧にしまって、いつでもその引き出しを開けて見られるようにすればいいんです」と。ドラえもんという発想はなかったですが(笑)「引き出し」という部分が見事にハマって毎回泣きっぱなしだったカウンセリング初期の頃を思い出しました。

私もちょうど失恋したときに、この物語を書いていたので、ここに出てくるフルカワの言葉に励まされた一人なんです。自分の物語のキャラに励まされるというのも、変な話かもなんですが。だから、今回少しでもSha-Laさんの何かに届いたと聞けて逆に私の方がとてもありがたいお言葉というか^^

私もカウンセリングを受けた経験があります~^^だから、あれってけっこうしんどかったなあって記憶があって><でも、今はその時の経験が物語の肥やし?になってくれてるのかもしれないから、悪くなかったのかもって思えるように。(カテゴリの未分類にある【第50夜】箱庭とか )焦らず、じっくりで全然いいと思います。Sha-Laさんのペースが一番ですよ。だって、Sha-Laさんが一番Sha-Laさん自身と付き合っていくわけなんですから^^私の物語が少しでも力になれれば幸いです。

> 納豆ピザというのは…マジで存在するんですか?

ええ、マジで存在します!以下を良ければ。
いい意味でアットホーム、オシャレ度はあまりなし…かもですが(汗)
TONY's PIZZA 吉祥寺
http://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13005912/
rurubu1001│URL│10/03 21:37│編集

こういう、友達以上恋人未満な異性って憧れますし、欲しいです。
大抵の場合、過ちというか、それ以上の関係になるのは男のほうなんですよね。

私は不器用で単純なほうですから、絶対に無理なんですよね。すぐ恋愛感情を抱いてしまいます。

で、失恋……なんか凹みました。orz
ヒロハル│URL│02/05 21:53│編集
ヒロハルさんへ
コメントありがとうございます!

> こういう、友達以上恋人未満な異性って憧れますし、欲しいです。大抵の場合、過ちというか、それ以上の関係になるのは男のほうなんですよね。

いいですよね。友達以上恋人未満って。同士というか、信頼し合ってるって感じがして。
大抵の場合、男の方のほうが多いですかね?私のまわりじゃ、女子の方が多かったですよ^^

> 私は不器用で単純なほうですから、絶対に無理なんですよね。すぐ恋愛感情を抱いてしまいます。で、失恋……なんか凹みました。orz

なんとヒロハルさんの失恋話が聞けるとはとても恐縮です(笑)。何気にここのコメント欄、みなさんの失恋話が聞ける貴重な場になっているような^^私の物語より力をもらえること、間違いなしですv
rurubu1001│URL│02/06 01:43│編集

うん。みっちりと引き出しに中身の詰まったお話でした!
このお話を拝読して、rurubu1001さんの物語の作り方が結構自分にも通じるものがあるなぁと思って、楽しくなりました。
そう、まさに、引き出し型。あれこれ小物やシーンを詰め込んでおいて、あちこちのシーンにちりばめていく……
このお話でもそんなところが随所にみられて楽しかったです。
rurubu1001さんの引き出しは、私よりいっぱい素敵な小物が詰まっていそうですけれど(*^_^*)

この男女、何だか恋人同士にはそのままならないような、っていうの、よく分かります(*^_^*)
というのか、そうであって欲しいような気がします。
でもそれは理想的なものを求めちゃいすぎ? 男性でも女性でもすべて恋愛に結び付ける人もいるし、生物としては?それが本質であってもいいわけで……
でも、こんな世の中ですから、利害とか、結婚とか、あれこれのしがらみよりも、心から信頼できる友人のような関係、そう純粋な信頼関係も必要ですよね。
しんどい時に心の支えになる、それだけのことでいいんですよね。
でも、そういう重めのテーマを、ピザとドラえもんにたくしてさらりと書いちゃうrurubu1001さん、私も見習おうと思いました!

幾つかの掌編もそれぞれ、別々の味脇があって良かったです。
ひとつひとつにコメントを書きたかったけれど、忙しくて、読み逃げ状態に……ごめんなさい。
大海彩洋│URL│02/09 15:20│編集
大海彩洋さんへ
コメントありがとうございます!

> このお話を拝読して、rurubu1001さんの物語の作り方が結構自分にも通じるものがあるなぁと思って、楽しくなりました。そう、まさに、引き出し型。あれこれ小物やシーンを詰め込んでおいて、あちこちのシーンにちりばめていく……このお話でもそんなところが随所にみられて楽しかったです。rurubu1001さんの引き出しは、私よりいっぱい素敵な小物が詰まっていそうですけれど(*^_^*)

そんなそんな!大海さんと一緒だなんて恐縮&光栄すぎます。引き出し型、いいですね!私は色々なものに目移りばかりしてしまってコレというものがあまりなく…。なので、浅いんですよね。大海さんはとにかく深い!だから尊敬&憧れです~^^

> この男女、何だか恋人同士にはそのままならないような、っていうの、よく分かります(*^_^*)というのか、そうであって欲しいような気がします。でもそれは理想的なものを求めちゃいすぎ? 男性でも女性でもすべて恋愛に結び付ける人もいるし、生物としては?それが本質であってもいいわけで……でも、こんな世の中ですから、利害とか、結婚とか、あれこれのしがらみよりも、心から信頼できる友人のような関係、そう純粋な信頼関係も必要ですよね。しんどい時に心の支えになる、それだけのことでいいんですよね。

微妙な距離感や友達以上恋人未満というか、恋愛ではなくてなんかわかりあっている信頼関係みたいなのが昔からずっと好きで、プライベートもそうですけど、そういうのはずっと続くといいなあって思います^^ 素敵な関係ですよね。

> でも、そういう重めのテーマを、ピザとドラえもんにたくしてさらりと書いちゃうrurubu1001さん、私も見習おうと思いました!

いやいやいや、私は軽くて浅いので!!膨大な知識を深い世界で表現できる大海さんの方が断然凄いと思います!!こちらが見習わないと><!!

> 幾つかの掌編もそれぞれ、別々の味脇があって良かったです。ひとつひとつにコメントを書きたかったけれど、忙しくて、読み逃げ状態に……ごめんなさい。

そんな全然ですよ。読んで頂けるだけ光栄です~。私も仕事と物語のUPでいっぱいいいっぱいでコメ返信が遅くなってしまったり…申し訳ないです。大海さんのいい時にいつでもいらして下さいね^^

rurubu1001│URL│02/09 22:29│編集

なーるほどー。
ドラえもんかぁ……

私、実は、rurubu1001さんのお話読むたんび、自信をなくしてくんですけどー(爆)
これは、結構ガツーンとくるものがありましたね。

ドラえもんとか、ジブリとか、あとたぶんRPGとか、アニメとか…。
おそらく、rurubu1001さんの世代以降が、その世界観にリンクできるキーワードみたいなものを私はほとんど知らないんだなーって。
(ていうか、拒否しまくってたんだなーって、今さらマジ後悔)

ま、さすがにドラえもんは子供の頃読んだし、見ましたけどね。
でも、私は、ソレって子供の頃読んだ、見たお話ってことで、そこで切れちゃってるんですよ。
でも、おそらくrurubu1001さんや、それ以降の世代の人たちって、なんかしらソレがつながって残ってるんでしょうね。

うーん、参った、参った(笑)


ちなみに。
最後の展開。
私は、その後2人はピザ食べて、笑って会話して、それだけっていう風に読みましたよ。
とはいえ、「お話」は書き終わってしまえば、それは100%読者のモノなんでしょうけどね(笑)
ひゃく│URL│03/30 11:22│編集
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