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最近、続編ばかりでショートショートをあまり書けてません!なので、しばらくの間こちらをトップ記事に。良ければ、今宵はじめての方には1001夜本番前の前夜祭のような気分で、馴染みの常連さんには懐かしい1001夜同窓会のような気分で、こちらのショートショートをお楽しみ下さい。訪れたすべての方々に感謝を込めて。
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↓↓【第112夜】 BLITZ PRETZ(ブリッツプリッツ) ジャンル:青春 2014/01/18 01:45UP↓↓
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私は誘拐される。
「動くな!」
帰宅途中だった。一人暮らしの自分の家まで、あと少しのところで。
「おとなしく車に乗れ!」
それをあえて狙っていたのだろう。あっさり覆面男たちに取り囲まれてしまった。
「…また誘拐?」
私は犯人を睨んだ。これでいったい何回目だろう?
ニヤリ。
外灯に照らされ、目の前の白い覆面がくっきり光って見えた。私は息を吸い込んでから言った。
「…っていうか、せめて覆面は外そうよ。本当に捕まるよ」
よく見たら、下は何気に就活スーツときている。
「おとなしく誘拐されな、お嬢さん」
彼らは覆面を外し、無邪気に笑って言った。
「一緒に行こうぜ。真夜中の逃避行!」
*
車は走る。夜を。眠らない街を。誘拐犯と私を乗せて。
「もう吹き出しそうになっちゃった」
後部座席に乗り込んだ私がそう言うと、となりに座る誘拐犯…というより、愉快犯のウッチーが笑った。
「雪(ゆき)んこ、気づいた?この覆面のおでこの『肉』の字に。実はただ『肉』って書いてあるわけじゃないんだよね~!」
そう言って、ウッチーは自分たちが被っていた覆面を私に貸してくれた。
「何これ!」
おでこに輝く『肉』の字の表現が覆面によって違うらしい。ウッチーは親指をグッと立てた。
「某漫画をみんなリスペクトしてますから」
どうやら漢字の『肉』、片仮名の『ニク』、平仮名の『にく』と言った具合に、人により微妙に書き方が違うようだ。
「ちなみに『肉』がカンちゃん、『ニク』が秦(はた)、『にく』が俺のね」
急いで油性マジックペンで書いたのか、手書きの個性的な字がまたいい味を出していた。
「っていうか、雪んこも被る?まだローマ字版『niku』が残ってるぞ?」
助手席に座っていたリーダーであるカンちゃんが振り返り、あまっていた『niku』覆面を私に投げてよこした。こらえ切れず、私は吹き出した。
「もう、みんなウケ狙いすぎ!」
私たちの様子をバックミラー越しに眺めていた人物が車内ライトを消して手をたたく。
「はいはい、雪野(ゆきの)をつかまえた後はどうすんの?逃避行という名のドライブは。今日はどこ行く?」
逃亡(ドライバー)担当の、秦(はた)だ。
「前はどこへ行ったっけ?」と、私。
「伊勢だよ、伊勢。本店の赤福を食べたいとか誰かが言ったんじゃん」と、秦。
「そんなの誰が言ったんだよ?ウッチ―か?」と、カンちゃん。
「えー、俺じゃないよ。っていうか、高速つかっても東京から伊勢はさすがに遠かったなあ。一日あれば行けるんだって発見もあったけど」と、ウッチ―。
そう、かなり無謀なドライブだった。ドライブというより小旅行のレベルだったな、あれは。でも、赤福がおいしかったから許すけども。
「山梨の有名な名水を汲みに行こうっていうのもあったね」
「あー、遭難しかけたやつか」
「なんで俺ら水のために命かけてるんだよ!?って秦がキレたやつね」
そう、ふだんあまり感情をおもてに出さない秦がいきなり怒り出したから、みんな驚いたっけ。それを思い出し、私たちは笑った。
いいな、この雰囲気。久しぶりだな。みんな変わってなくて安心する。
元々、大学のゼミ仲間だった私たちは、グループ発表で同じグループになったことを機に仲良くなり、プライベートでもよく遊ぶようになった。時たま、こんなふうに変なお題を出しあっては、車で冒険に繰り出す。誘拐、逃避行と銘打ってはヘンテコな夜のドライブを決行するのだ。
「今日はそんな遠くまでいけないよ。近場でお願いします」
「ドライバーの意志は尊重しなきゃね。じゃあ、東京都内近辺か。久しぶりにお台場、横浜とかは?」
「ウッチ―、いいんじゃない?青春&カップルスポットで。俺たちに足りないエネル源をそこで補おうぜ」
「えー、彼女のいるカンちゃんには言われたくないなあ」
「雪んこも鋭くつっこむようになっちゃったなあ」
感慨深げにカンちゃんは頷いた。彼は私の親友、麻里子と付き合っているのだ。
「雪んこ、まずはこっちのエネル源とりなって。何も食ってないだろう?お菓子、買っといたんだ。どれがいい?」
そう言って、優しいウッチーが私にコンビニのビニール袋を差し出す。ありがたい。どれどれ?
「って全部グ○コの『PRETZ(プリッツ)』じゃん!?」
「そそそ。サラダとロースト、あと変わり種のトマト味ね。久しぶりに見つけたら懐かしくてさ、そこにあった全種類をかごに入れたんだ」
さすがウッチー。私はせめて、ごはん代わりになりそうな味を選んだ。
「…じゃあ、サラダで」
今日はオフィス街を歩き通しで、昼から何も食べてなかったから正直助かった。
「サラダ味を選ぶとは、秦と一緒だね」
「え?」
カンちゃんがいきなり意味ありげに呟くから、思わず私はむせてしまった。
「そんなこと言って、カンちゃんもサラダ味を選んでたよな」
でも、秦がうまく返してくれる。別に私のために…じゃないと思う…けど…?
「わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」
私はウッチ―から水のペットボトルを受け取ると、気持ちを落ち着かせた。
「んで、お台場と横浜どっちにすんの?」
カンちゃんが仕切り直し、みんな腕を組んだ。
「近場だからって、やることに、お題に、手を抜きたくはないんだよね~」
アイデアマンであるウッチーの閃きを私たちは待つ。
「思いがけないことにするか…いやいや、ここは超くだらないことをしてシュールさ全面に出すのも…」
「雪野が決めなよ」
いきなり秦が遮った。
「今日は雪野、お前が決めな」
「え、私?」
秦がそういうと、カンちゃんもウッチーも「うん!うん!」「だね!だね!」と頷いた。私は戸惑いながらも、せっかくだしと、頭を回転させる。さて、どうしようか。お台場と横浜で、できること。さっきウッチーが言ってた超くだらないこと、シュールさを狙うというのも、なんだか面白そうでありのような気もする。
私は食べているPRETZの箱を見つめた。
お台場、横浜、PRETZ、お台場、横浜、PRETZ、お台場、横浜、PRETZ……んん!?
「…本当にくだらなくていいの…?」
となりのウッチ―が身を乗り出した。
「いいよ、いいよ!どんとこい、超シュール!」
私は念を押した。
「くだらなすぎて、笑えないかもしれない」
助手席のカンちゃんが手で丸をつくる。
「全然OK!」
私は息を吸い込んだ。
「場所は横浜。秦、そこにあるライブハウスに向かってほしいの」
バックミラー越しに秦がたずねる。
「何てとこ?」
「横浜BLITZ(ブリッツ)」
― 雪野、ライブに行かない?私、雪野と一緒に行きたいの ―
ふと懐かしい親友の声がした。ねえ、麻里子。あなたは今、何をしてるの…?
「ドライバー、了解です。聞いた?リーダー、一応カーナビよろしく」
「あいよ。でも、雪んこ、そこで俺たちはいったい何をするんだ?」
私は暗がりの中でニッコリした。
「横浜BLITZで、食べるのよ!」
タイプの違う三人の声が重なる。
「何を?」
私はハッキリと言った。
「横浜BLITZで、PRETZを食べよう!」
そう言って、私はみんなに見えるよう自分の食べているサラダ味のお菓子の箱を振った。
車内に沈黙が広がる。やらかした…!?と私が焦ったその時だった!
「あはははははははっははっははっはっはっはっははははっはっは!」
静けさを打ち破るように、気持ちのいい笑い声が車内に響いた。
「…秦…?」
ウッチ―、カンちゃん、私の三人は思いがけないことに驚いた。…秦が…あの秦が、大爆笑してる…!?
「やべー!超くだらねー!なんだ『BLITZ』に『PRETZ』って…!!ははははははは!!!」
誰もこんなに大笑いする秦を見たことがなかった。知り合って、そろそろ4年…。彼の笑いのほとんどは、カテゴライズすると『鼻で笑う』というものだったから。意外すぎて、それを見たみんなが吹き出すのも時間の問題だった。
「ぷっ!はははははははははははははははは!!」
きっと私の『BLITZ PRETZ(ブリッツ プリッツ)』案より、目の前の秦の方がツボだったと思う。普段笑わない人の、笑顔は貴重だから。麻里子もそうだった。
「よーし、それ採用!!」
車内はおおいに盛り上がり、ネオン街がなんだか霞んで見えた。
車は走る。夜を。眠らない街を。爆笑する誘拐犯と私を乗せて。
*
横浜BLITZについた私たちは車から降りた。
「いや~、マジ吹いたわ!」
さすがにライブも終わってる時間だから、誰もいない。建物の電気も消され、あたりは妙に静かだった。
「秦が違う意味でキレて最高だったわ」
カンちゃんはどうやら笑いすぎて、まだお腹が痛いらしい。彼のセリフに、秦が恥ずかしそうに俯いた。
「シャイが服を着て歩いてるようなもんだもんね、秦は!」
ウッチ―が嬉しそうに秦を破壊占めにする。それを秦が振り払おうと、じたばたした。じゃれ合っているようで、どこか微笑ましい。いいな、男子の友情は。なんか爽やかで。ねえ、麻里子もそう思うでしょう?
「あーあ、雪んこが本格的に麻里子シック、入りました~!」
気づけば、カンちゃんが私の隣に立っていた。
「何そのネーミング!ホームシックとかけたの?麻里子シックはカンちゃんでしょう?」
彼の愛しの恋人は今、イギリスに語学留学中なのだ。
「きっと麻里子なんて今頃、アビー・ロードを優雅に歩いてるだろうさ」
「さすが麻里子様。一人で何度も歩いてそう。ご学友を置いてけぼりでね」
音楽が大好きな彼女の満喫している姿が目に浮かぶ。ふたりで横浜BLITZのライブに行ったのが遠い昔のようだ。
「まあ。でも、気が強い美人の麻里子様でも弱みはあるわけよ。それが、雪んこね」
「え?」
いきなり自分にふられたので、私は驚いた。麻里子の弱み?私が?
「ほら、麻里子はあんなんだから、仲のいい子なんて雪んこぐらいじゃん?相当、雪んこシックなわけよ、あいつ。俺と話してても、雪んこの話題ばっか」
「照れ隠しだよ。麻里子は電話もメールも苦手だし」
私にくれるメールも内容は天気のことばかりだった。『ロンドンは曇ってばかり』そればかり。
「雪野は元気?就活ノイローゼとか、なってない?私の彼氏だったら、ちゃんと雪野のフォローしといてよ!だってさ。…いやいやいや、お前が雪んこの彼氏かよ?っていうね」
私はくすくすと笑った。なんか麻里子らしいな。わがままそうに見えるけど、本当はとても優しい子なのだ。
「…俺は麻里子にデキた彼氏とはなんたるか、学んでるような気がするね。素質あるよ、あいつ。彼氏になる素質…」
「なんだー、それでかー」
私は納得した。
「カンちゃんが今日、私に変に絡むのはヤキモチだったのか」
「それもあるけど、秦と雪んこ見てるとさ、こっちがヤキモキするんだよね」
「…ヤキモキ?それ、どういう意味?」
「麻里子がいなくなってから始まった夜のドライブだけど、主犯は俺じゃないぞ」
「え?」
「秦だ。秦が麻里子がいなくなって淋しがってるお前のために始めたことだ」
私はカンちゃんを見つめた。その目は遠くにいるはずの親友と、とてもよく似ていた。
「『最終面接、落ちた!就活って、なんでこう人間否定された気分になるの??神様、ひどい!むきー!!』っていう、今日のお前のLINE(ライン)にいち早く気づいて、みんなにドライブの声かけたのもアイツね」
私は何も言えなくなってしまった。
みんなだって忙しいだろうに、就活スーツを着たまま、駆けつけてくれたんだ。
「就活っていっても別に人間否定されるわけじゃない。お前が否定されるような人間だったら、俺たちはそばにいない。俺たちは雪んこの人柄に感謝してるくらいだ。最初お前がゼミで声をかけてくれなかったら、同じグループになろうって言ってくれなかったら、俺たちの大学生活、こう面白くはならなかった。雪んこのいないところでみんな言ってる」
「い、いるところで言ってよ!そういうのは…!」
カンちゃんの言葉にグッときて、ついどもってしまった。
「きっとその思いは秦が一番強いんだ。特に警戒心の強い奴だったから」
ゼミで初めて秦を見た時、昔の麻里子を思い出させた。教室の片隅にいる孤高の存在。きっと笑ったら、いい顔をするんだろうな。見てみたいな。だから、声をかけたのかもしれない。
「寒いのか?鼻とほっぺた、また赤くなってるぞ。さすが雪んこ!」
「カンちゃん!」
「爆笑する秦なんて一生お目にかかれないと思ってたのになあ」
*
私は誘拐される。
「動くな!」
私は彼に声をかけた。
「おとなしく手を上げろ!」
「今度は雪野が誘拐犯か?」
ニヤリ。
「君は完全に包囲されている!」
「そっちの人か!?」
秦は一人で、横浜BLITZのチケット売り場窓口にいた。何やらコソコソしている。
「おとなしく何をしていたのか、言いなさい!」
秦は観念して、ゆっくり手を上げた。
「せっかくだから、記念にPRETZを一箱、ここに置いてこうと思ってさ」
見ると、窓ガラスに立て掛けるように、新品のPRETZサラダ味がひっそりと置かれている。私は笑った。
「きっと朝やって来た人、意味わかんなくて不思議に思うだろうね」
秦も笑った。今のは『鼻で笑う』とは違う笑いだ。4年近く色々な秦を見てきたからわかる。
「ありがとう。私を誘拐してくれて。ここに連れてきてくれて」
「え?」
「昔ね、ここに麻里子と一緒に来たんだ。麻里子がライブに誘ってくれたんだけど、ようやく打ち解けられた気がして嬉しかったな。舞い上がりすぎて、何のライブだったかも覚えてないくらい」
「お前らは高校からの付き合いだもんな。…淋しくないか?」
秦の優しさも今はわかる。いっぱい見たから。いっぱい知ったから。
「今、麻里子がここにいてくれたらなって思うときもあるけど、語学留学はあの子の夢だったし、麻里子様も頑張ってるんだから、私もいちからエントリーシートを書いて頑張るよ。だから…」
「…だから?」
「ちょっと淋しくなったり、落ち込んだりした時は、また今日みたいに誘拐してくれる?」
秦はふっと笑った。
「いいよ」
「みんなが忙しくて無理な時でも、秦一人で覆面を被って来てくれる?」
「別にいいよ」
『別にいいよ』も『いいよ』のうち…。ポジティブにそうとらえていると、一人ぶつぶつ言う私がおかしかったのか秦がまた笑った。
「雪野が助手席に乗ってくれるならね」
神様、麻里子様! 今なら私、最強のエントリーシートが書けるかもしれない。
=====================================
=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。
★ A Red Season Shade『Ghosts & Clouds』× BLITZ PRETZ ★
恋愛話や登場人物はフィクションですが、夜中のドライブは仲間たちとの体験談です。私は赤福と名水には参加してませんが、横浜BLITZでPRETZはやりましたよ。今はなき、横浜BLITZに感謝を込めて。ちなみに作中の覆面のお『肉』の方のモデルは、ゆでたまご『キン肉マン』です。
① A Red Season Shade『Ghosts & Clouds』
http://www.youtube.com/watch?v=fK2bjJX_NaQ
この音楽を聞いて生まれた物語。秦くんの最後のセリフが聞こえ、その仲間たちが見えてきました。ドライブのお供にどうでしょうか?私も最近知ったのですが、フランスの5人組とのこと。
② 横浜BLITZ
http://www.tbs.co.jp/blitz/y_map.html
③ グリコ『PRETZ』
http://www.glico.co.jp/pretz/
登場人物のモデルは、このとき読んでいた漫画、南塔子「ReReハロ」かな。秦くん出てくるし。雪んこみたいでカワイイ頑張る女子リリコ(料理上手!)は大好きなヒロインです。
南塔子「ReReハロ」
https://booklive.jp/product/index/title_id/225609/vol_no/001
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
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私は誘拐される。
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帰宅途中だった。一人暮らしの自分の家まで、あと少しのところで。
「おとなしく車に乗れ!」
それをあえて狙っていたのだろう。あっさり覆面男たちに取り囲まれてしまった。
「…また誘拐?」
私は犯人を睨んだ。これでいったい何回目だろう?
ニヤリ。
外灯に照らされ、目の前の白い覆面がくっきり光って見えた。私は息を吸い込んでから言った。
「…っていうか、せめて覆面は外そうよ。本当に捕まるよ」
よく見たら、下は何気に就活スーツときている。
「おとなしく誘拐されな、お嬢さん」
彼らは覆面を外し、無邪気に笑って言った。
「一緒に行こうぜ。真夜中の逃避行!」
*
車は走る。夜を。眠らない街を。誘拐犯と私を乗せて。
「もう吹き出しそうになっちゃった」
後部座席に乗り込んだ私がそう言うと、となりに座る誘拐犯…というより、愉快犯のウッチーが笑った。
「雪(ゆき)んこ、気づいた?この覆面のおでこの『肉』の字に。実はただ『肉』って書いてあるわけじゃないんだよね~!」
そう言って、ウッチーは自分たちが被っていた覆面を私に貸してくれた。
「何これ!」
おでこに輝く『肉』の字の表現が覆面によって違うらしい。ウッチーは親指をグッと立てた。
「某漫画をみんなリスペクトしてますから」
どうやら漢字の『肉』、片仮名の『ニク』、平仮名の『にく』と言った具合に、人により微妙に書き方が違うようだ。
「ちなみに『肉』がカンちゃん、『ニク』が秦(はた)、『にく』が俺のね」
急いで油性マジックペンで書いたのか、手書きの個性的な字がまたいい味を出していた。
「っていうか、雪んこも被る?まだローマ字版『niku』が残ってるぞ?」
助手席に座っていたリーダーであるカンちゃんが振り返り、あまっていた『niku』覆面を私に投げてよこした。こらえ切れず、私は吹き出した。
「もう、みんなウケ狙いすぎ!」
私たちの様子をバックミラー越しに眺めていた人物が車内ライトを消して手をたたく。
「はいはい、雪野(ゆきの)をつかまえた後はどうすんの?逃避行という名のドライブは。今日はどこ行く?」
逃亡(ドライバー)担当の、秦(はた)だ。
「前はどこへ行ったっけ?」と、私。
「伊勢だよ、伊勢。本店の赤福を食べたいとか誰かが言ったんじゃん」と、秦。
「そんなの誰が言ったんだよ?ウッチ―か?」と、カンちゃん。
「えー、俺じゃないよ。っていうか、高速つかっても東京から伊勢はさすがに遠かったなあ。一日あれば行けるんだって発見もあったけど」と、ウッチ―。
そう、かなり無謀なドライブだった。ドライブというより小旅行のレベルだったな、あれは。でも、赤福がおいしかったから許すけども。
「山梨の有名な名水を汲みに行こうっていうのもあったね」
「あー、遭難しかけたやつか」
「なんで俺ら水のために命かけてるんだよ!?って秦がキレたやつね」
そう、ふだんあまり感情をおもてに出さない秦がいきなり怒り出したから、みんな驚いたっけ。それを思い出し、私たちは笑った。
いいな、この雰囲気。久しぶりだな。みんな変わってなくて安心する。
元々、大学のゼミ仲間だった私たちは、グループ発表で同じグループになったことを機に仲良くなり、プライベートでもよく遊ぶようになった。時たま、こんなふうに変なお題を出しあっては、車で冒険に繰り出す。誘拐、逃避行と銘打ってはヘンテコな夜のドライブを決行するのだ。
「今日はそんな遠くまでいけないよ。近場でお願いします」
「ドライバーの意志は尊重しなきゃね。じゃあ、東京都内近辺か。久しぶりにお台場、横浜とかは?」
「ウッチ―、いいんじゃない?青春&カップルスポットで。俺たちに足りないエネル源をそこで補おうぜ」
「えー、彼女のいるカンちゃんには言われたくないなあ」
「雪んこも鋭くつっこむようになっちゃったなあ」
感慨深げにカンちゃんは頷いた。彼は私の親友、麻里子と付き合っているのだ。
「雪んこ、まずはこっちのエネル源とりなって。何も食ってないだろう?お菓子、買っといたんだ。どれがいい?」
そう言って、優しいウッチーが私にコンビニのビニール袋を差し出す。ありがたい。どれどれ?
「って全部グ○コの『PRETZ(プリッツ)』じゃん!?」
「そそそ。サラダとロースト、あと変わり種のトマト味ね。久しぶりに見つけたら懐かしくてさ、そこにあった全種類をかごに入れたんだ」
さすがウッチー。私はせめて、ごはん代わりになりそうな味を選んだ。
「…じゃあ、サラダで」
今日はオフィス街を歩き通しで、昼から何も食べてなかったから正直助かった。
「サラダ味を選ぶとは、秦と一緒だね」
「え?」
カンちゃんがいきなり意味ありげに呟くから、思わず私はむせてしまった。
「そんなこと言って、カンちゃんもサラダ味を選んでたよな」
でも、秦がうまく返してくれる。別に私のために…じゃないと思う…けど…?
「わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」
私はウッチ―から水のペットボトルを受け取ると、気持ちを落ち着かせた。
「んで、お台場と横浜どっちにすんの?」
カンちゃんが仕切り直し、みんな腕を組んだ。
「近場だからって、やることに、お題に、手を抜きたくはないんだよね~」
アイデアマンであるウッチーの閃きを私たちは待つ。
「思いがけないことにするか…いやいや、ここは超くだらないことをしてシュールさ全面に出すのも…」
「雪野が決めなよ」
いきなり秦が遮った。
「今日は雪野、お前が決めな」
「え、私?」
秦がそういうと、カンちゃんもウッチーも「うん!うん!」「だね!だね!」と頷いた。私は戸惑いながらも、せっかくだしと、頭を回転させる。さて、どうしようか。お台場と横浜で、できること。さっきウッチーが言ってた超くだらないこと、シュールさを狙うというのも、なんだか面白そうでありのような気もする。
私は食べているPRETZの箱を見つめた。
お台場、横浜、PRETZ、お台場、横浜、PRETZ、お台場、横浜、PRETZ……んん!?
「…本当にくだらなくていいの…?」
となりのウッチ―が身を乗り出した。
「いいよ、いいよ!どんとこい、超シュール!」
私は念を押した。
「くだらなすぎて、笑えないかもしれない」
助手席のカンちゃんが手で丸をつくる。
「全然OK!」
私は息を吸い込んだ。
「場所は横浜。秦、そこにあるライブハウスに向かってほしいの」
バックミラー越しに秦がたずねる。
「何てとこ?」
「横浜BLITZ(ブリッツ)」
― 雪野、ライブに行かない?私、雪野と一緒に行きたいの ―
ふと懐かしい親友の声がした。ねえ、麻里子。あなたは今、何をしてるの…?
「ドライバー、了解です。聞いた?リーダー、一応カーナビよろしく」
「あいよ。でも、雪んこ、そこで俺たちはいったい何をするんだ?」
私は暗がりの中でニッコリした。
「横浜BLITZで、食べるのよ!」
タイプの違う三人の声が重なる。
「何を?」
私はハッキリと言った。
「横浜BLITZで、PRETZを食べよう!」
そう言って、私はみんなに見えるよう自分の食べているサラダ味のお菓子の箱を振った。
車内に沈黙が広がる。やらかした…!?と私が焦ったその時だった!
「あはははははははっははっははっはっはっはっははははっはっは!」
静けさを打ち破るように、気持ちのいい笑い声が車内に響いた。
「…秦…?」
ウッチ―、カンちゃん、私の三人は思いがけないことに驚いた。…秦が…あの秦が、大爆笑してる…!?
「やべー!超くだらねー!なんだ『BLITZ』に『PRETZ』って…!!ははははははは!!!」
誰もこんなに大笑いする秦を見たことがなかった。知り合って、そろそろ4年…。彼の笑いのほとんどは、カテゴライズすると『鼻で笑う』というものだったから。意外すぎて、それを見たみんなが吹き出すのも時間の問題だった。
「ぷっ!はははははははははははははははは!!」
きっと私の『BLITZ PRETZ(ブリッツ プリッツ)』案より、目の前の秦の方がツボだったと思う。普段笑わない人の、笑顔は貴重だから。麻里子もそうだった。
「よーし、それ採用!!」
車内はおおいに盛り上がり、ネオン街がなんだか霞んで見えた。
車は走る。夜を。眠らない街を。爆笑する誘拐犯と私を乗せて。
*
横浜BLITZについた私たちは車から降りた。
「いや~、マジ吹いたわ!」
さすがにライブも終わってる時間だから、誰もいない。建物の電気も消され、あたりは妙に静かだった。
「秦が違う意味でキレて最高だったわ」
カンちゃんはどうやら笑いすぎて、まだお腹が痛いらしい。彼のセリフに、秦が恥ずかしそうに俯いた。
「シャイが服を着て歩いてるようなもんだもんね、秦は!」
ウッチ―が嬉しそうに秦を破壊占めにする。それを秦が振り払おうと、じたばたした。じゃれ合っているようで、どこか微笑ましい。いいな、男子の友情は。なんか爽やかで。ねえ、麻里子もそう思うでしょう?
「あーあ、雪んこが本格的に麻里子シック、入りました~!」
気づけば、カンちゃんが私の隣に立っていた。
「何そのネーミング!ホームシックとかけたの?麻里子シックはカンちゃんでしょう?」
彼の愛しの恋人は今、イギリスに語学留学中なのだ。
「きっと麻里子なんて今頃、アビー・ロードを優雅に歩いてるだろうさ」
「さすが麻里子様。一人で何度も歩いてそう。ご学友を置いてけぼりでね」
音楽が大好きな彼女の満喫している姿が目に浮かぶ。ふたりで横浜BLITZのライブに行ったのが遠い昔のようだ。
「まあ。でも、気が強い美人の麻里子様でも弱みはあるわけよ。それが、雪んこね」
「え?」
いきなり自分にふられたので、私は驚いた。麻里子の弱み?私が?
「ほら、麻里子はあんなんだから、仲のいい子なんて雪んこぐらいじゃん?相当、雪んこシックなわけよ、あいつ。俺と話してても、雪んこの話題ばっか」
「照れ隠しだよ。麻里子は電話もメールも苦手だし」
私にくれるメールも内容は天気のことばかりだった。『ロンドンは曇ってばかり』そればかり。
「雪野は元気?就活ノイローゼとか、なってない?私の彼氏だったら、ちゃんと雪野のフォローしといてよ!だってさ。…いやいやいや、お前が雪んこの彼氏かよ?っていうね」
私はくすくすと笑った。なんか麻里子らしいな。わがままそうに見えるけど、本当はとても優しい子なのだ。
「…俺は麻里子にデキた彼氏とはなんたるか、学んでるような気がするね。素質あるよ、あいつ。彼氏になる素質…」
「なんだー、それでかー」
私は納得した。
「カンちゃんが今日、私に変に絡むのはヤキモチだったのか」
「それもあるけど、秦と雪んこ見てるとさ、こっちがヤキモキするんだよね」
「…ヤキモキ?それ、どういう意味?」
「麻里子がいなくなってから始まった夜のドライブだけど、主犯は俺じゃないぞ」
「え?」
「秦だ。秦が麻里子がいなくなって淋しがってるお前のために始めたことだ」
私はカンちゃんを見つめた。その目は遠くにいるはずの親友と、とてもよく似ていた。
「『最終面接、落ちた!就活って、なんでこう人間否定された気分になるの??神様、ひどい!むきー!!』っていう、今日のお前のLINE(ライン)にいち早く気づいて、みんなにドライブの声かけたのもアイツね」
私は何も言えなくなってしまった。
みんなだって忙しいだろうに、就活スーツを着たまま、駆けつけてくれたんだ。
「就活っていっても別に人間否定されるわけじゃない。お前が否定されるような人間だったら、俺たちはそばにいない。俺たちは雪んこの人柄に感謝してるくらいだ。最初お前がゼミで声をかけてくれなかったら、同じグループになろうって言ってくれなかったら、俺たちの大学生活、こう面白くはならなかった。雪んこのいないところでみんな言ってる」
「い、いるところで言ってよ!そういうのは…!」
カンちゃんの言葉にグッときて、ついどもってしまった。
「きっとその思いは秦が一番強いんだ。特に警戒心の強い奴だったから」
ゼミで初めて秦を見た時、昔の麻里子を思い出させた。教室の片隅にいる孤高の存在。きっと笑ったら、いい顔をするんだろうな。見てみたいな。だから、声をかけたのかもしれない。
「寒いのか?鼻とほっぺた、また赤くなってるぞ。さすが雪んこ!」
「カンちゃん!」
「爆笑する秦なんて一生お目にかかれないと思ってたのになあ」
*
私は誘拐される。
「動くな!」
私は彼に声をかけた。
「おとなしく手を上げろ!」
「今度は雪野が誘拐犯か?」
ニヤリ。
「君は完全に包囲されている!」
「そっちの人か!?」
秦は一人で、横浜BLITZのチケット売り場窓口にいた。何やらコソコソしている。
「おとなしく何をしていたのか、言いなさい!」
秦は観念して、ゆっくり手を上げた。
「せっかくだから、記念にPRETZを一箱、ここに置いてこうと思ってさ」
見ると、窓ガラスに立て掛けるように、新品のPRETZサラダ味がひっそりと置かれている。私は笑った。
「きっと朝やって来た人、意味わかんなくて不思議に思うだろうね」
秦も笑った。今のは『鼻で笑う』とは違う笑いだ。4年近く色々な秦を見てきたからわかる。
「ありがとう。私を誘拐してくれて。ここに連れてきてくれて」
「え?」
「昔ね、ここに麻里子と一緒に来たんだ。麻里子がライブに誘ってくれたんだけど、ようやく打ち解けられた気がして嬉しかったな。舞い上がりすぎて、何のライブだったかも覚えてないくらい」
「お前らは高校からの付き合いだもんな。…淋しくないか?」
秦の優しさも今はわかる。いっぱい見たから。いっぱい知ったから。
「今、麻里子がここにいてくれたらなって思うときもあるけど、語学留学はあの子の夢だったし、麻里子様も頑張ってるんだから、私もいちからエントリーシートを書いて頑張るよ。だから…」
「…だから?」
「ちょっと淋しくなったり、落ち込んだりした時は、また今日みたいに誘拐してくれる?」
秦はふっと笑った。
「いいよ」
「みんなが忙しくて無理な時でも、秦一人で覆面を被って来てくれる?」
「別にいいよ」
『別にいいよ』も『いいよ』のうち…。ポジティブにそうとらえていると、一人ぶつぶつ言う私がおかしかったのか秦がまた笑った。
「雪野が助手席に乗ってくれるならね」
神様、麻里子様! 今なら私、最強のエントリーシートが書けるかもしれない。
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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。
★ A Red Season Shade『Ghosts & Clouds』× BLITZ PRETZ ★
恋愛話や登場人物はフィクションですが、夜中のドライブは仲間たちとの体験談です。私は赤福と名水には参加してませんが、横浜BLITZでPRETZはやりましたよ。今はなき、横浜BLITZに感謝を込めて。ちなみに作中の覆面のお『肉』の方のモデルは、ゆでたまご『キン肉マン』です。
① A Red Season Shade『Ghosts & Clouds』
http://www.youtube.com/watch?v=fK2bjJX_NaQ
この音楽を聞いて生まれた物語。秦くんの最後のセリフが聞こえ、その仲間たちが見えてきました。ドライブのお供にどうでしょうか?私も最近知ったのですが、フランスの5人組とのこと。
② 横浜BLITZ
http://www.tbs.co.jp/blitz/y_map.html
③ グリコ『PRETZ』
http://www.glico.co.jp/pretz/
登場人物のモデルは、このとき読んでいた漫画、南塔子「ReReハロ」かな。秦くん出てくるし。雪んこみたいでカワイイ頑張る女子リリコ(料理上手!)は大好きなヒロインです。
南塔子「ReReハロ」
https://booklive.jp/product/index/title_id/225609/vol_no/001
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