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あの人が、帰ってくる。

   *

少し古びた日本家屋の縁側で、祖母は美味しそうな胡瓜(きゅうり)に何かをぷすぷすとさしていた。よく見ると、短く切った割り箸だった。

「おばあちゃん、何してるの?食べ物で遊んじゃいけないんだよ」

小学生の私が腰に手をあてて注意をすると、祖母は目を丸くした。

「おや、佳乃子(かのこ)は精霊馬を知らないのかい?」
「え、何?その…ショショッショ…?」

4本足の生えた胡瓜は、まるで可愛らしい生き物のようだった。祖母は笑った。

「ショショッショじゃないさ。精霊馬(しょうりょううま)だよ」

ぽかんとする私に祖母は教えてくれた。

「お盆だからね、死んだ家族やご先祖さまがあの世からこっちに帰ってくるの。そのための乗り物を作ってるのさ」
「胡瓜で?」
「そうよ~。胡瓜はお馬さんになる凄い野菜なのよ」

私は感心した。知らなかった!胡瓜、凄いじゃん!!

「じゃあ、おじいちゃんも、これに乗って帰ってくるの?」

亡くなった祖父を思い出して言うと、祖母はふふふっと笑った。

「そうよ~。おばあちゃんに会いたくてねえ、これに乗って早く帰ってきちゃうかもね」
「ふうん。でも、恥ずかしがり屋のおじいちゃんが、そう簡単に胡瓜にまたがるかなあ」

祖母はまた、ふふふと笑った。

「迎える時は早く帰ってきてほしいから胡瓜で馬を、送る時はゆっくり帰ってほしいから茄子(なす)で牛を作るのよ」
「へ~」
「佳乃子も作る?」
「うん、作る!」

自分の体温よりもひんやりした胡瓜に、祖母の真似をして、ぷすぷすと割り箸をさす。

「あら~、佳乃子。上手いじゃないの」

祖母に褒められ、私は得意げに胸をそらした。だから、気がゆるんだのかもしれない。

「…お母さんも、これに乗って帰ってこないかな?」

私の問いに、祖母は少し困った顔をした。
それを見なかったことにしたくて、そんなことを言ってしまった自分をごまかしたくて、私は新しい胡瓜に手を伸ばした。

「曾おじいちゃんたちの分もつくるね」

ぷすぷす。ぷすぷす。

「たくさん作るね!」

私の母はいない。ただ、いない。お盆になっても、帰って来ない。私たちを置いて、家を出ていったきりだ。

「迎え火、たこうかね」

祖母の声に顔を上げた。いつの間に、日が暮れていたようだ。
門口で苧殻(おがら)というのをたいた。小さな火が儚い時間をともす。見つめていると、なんだか不安になってきた。

「おじいちゃん、うちに来るの久しぶりで道に迷ったりしないかな?大丈夫かな?」

祖母は自信をもって言った。

「大丈夫!おじいちゃんはおばあちゃん、目指してまっしぐらよ~」
「まっしぐらって、なんかネコ缶のCMみたい」

祖母はふふふと笑った。彼女のしわしわの手が私の手と重なった。

「おばあちゃんも佳乃子、目指してましっぐらよ。いつもいつもまっしぐらよ~」

そのあたたかさに胸がいっぱいになる。返事ができず、一生懸命、手を握り返した。

「ずっと佳乃子と一緒に精霊馬を作らないといけないね~。佳乃子、おばあちゃんは長生きするよ!」

そんな祖母のふふふ笑いが、私は大好きだった。

   *

あの人が、帰ってくる。

古びた日本家屋の縁側で、私は美味しそうな胡瓜に短く切った割り箸をぷすぷすとさしていた。

「佳乃子、何してるの?食べ物で遊んじゃだめよ」

母が腰に手をあてて注意をしたの見て、私は目を丸くした。

「え、お母さんは精霊馬を知らないの?」
「え、何?その…ショショッショ…?」

ぽかんとする母に私は教えた。

「お盆だからね、死んだ家族やご先祖さまがあの世からこっちに帰ってくるの。そのための乗り物を作ってるんだよ」
「あ~。そういうの昔やったわ、おばあちゃんと」
「胡瓜はお馬さんになる凄い野菜なのよ~って、おばあちゃん言ってなかった?」
「言ってた言ってた。小さかったせいか、胡瓜のやつ、実は凄いんだなってえらく感心したもんよ」

う~ん、母子(おやこ)の考えることは似てるのかもしれないよ、おばあちゃん。

「佳乃子、何か言った?」
「別にー」

自由奔放で何かと家族を振り回す母だけど、祖母の死に際にはきっちり戻ってきてくれた。恨みや辛みが無いわけではないけど、祖母を看取ってくれたことで、どこか大きく救われたような気がした。

「じゃあ、おばあちゃんも、これに乗って帰ってくるのかしら?」

亡くなった祖母を思い出して母が言うと、待ってたように私はふふふっと笑った。

「そうよ~。私に会いたくてねえ、これに乗ってまっしぐらなんだから。早く帰ってきちゃうかもね~」
「ふうん。まっしぐらって、なんかネコ缶のCMみたいね」

もう少ししたら、夏の日が暮れる。小さな火が儚い時間をともすだろう。

―ふふふ。おばあちゃんも佳乃子、目指してましっぐらよ。いつもいつもまっしぐらよ~―

「だから、お母さん。一緒に精霊馬を作って。一緒に迎え火をたいて。ふたり一緒なら、きっともっと早く…」


あの人が、帰ってくる。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 安藤裕子 『 歩く』 ★
https://www.youtube.com/watch?v=3S_oylpESRk&list=PLCFD26E4FA264F3A7
初めて聞いたとき、絶対これにあうような物語を書きたいと思いました。今回久しぶりに聞くまでそのことをすっかり忘れていたけど。結局は自己満足でしかないけど。書けて良かった~。よし、200まで、あと59!


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そいつは、いつも不意打ちだった。

授業中ぼんやりしていたり、そろそろ眠ろうとベッドの中に入ったり、気がゆるんだ隙を狙って、そいつは僕に声をかけてくる。

『ハロー』

なんて挨拶をされたことは一度もない。自己紹介も特になしだ。
こっちが何者だ?と問う前に、いきなり本題に入るんだ。
 
『お目覚めですか?』

…僕は眠っていたのか…? 次の瞬間、僕は夜の海にいた。

『俺はずっと待ってたんだぞ、相棒』

…待つ?相棒?誰のことだろう? 次の瞬間、僕は知らない男と砂漠にいた。

『何度もあきらめずに手を伸ばす。届かなくても届くまで、つかむまで…』

…そんなことをしてどうするんだ? 次の瞬間、僕はどこまでも続く金色の海を見渡していた。

『力を生み出すんだよ。見ててごらん』

様々な声。それが飛び交っている世界。物語を生み出す世界。はっきりとつかめないくせに、そこに、すぐそこに。すぐ近くに。…いや、ここに存在している世界…。

『…ああ、僕は知っている』

僕はそいつを、『声』と呼んだ。 気軽に親しげに近づいてくるそいつを、そう呼んだ。

『私の末路を辿ろう』

でも、頭のどこかでそいつを警戒する僕もいた。

油断するな!そいつは、危険だ!あまりひきつけられるな、ひきずられるな-、と。
だから、時々怖くなる。『声』が止むことはないから。気がゆるんだ隙を狙って、ぐっと僕に迫ってくるから。

『恐れることは何もありません』

それは夢と似ているのかもしれない。甘い夢。たちの悪い夢。そんなつかみどころのないもの。でも、確かに存在するもの。そういうのって難しいよ。いったいどうやって説明すればいいのかな?

『見えないだけで、確かにここにあるんだ』

『声』を手放そうと思ったこと? 何度もあるさ。 振り切ろうと思ったことも? それも何度もね。

耳をふさげ!遮断しろ!逃げてみせろ!逃げ切ってみせろ! 試したさ。

― 本当は聞きたくてたまらないんだろう? ―

でも、全て無意味だったんだ。意味のないことだったんだ。…なら、もう開き直るしかない。

そいつは、いつも不意打ちだった。

『お目覚めですか?』

挨拶なんてされたことは一度もない。自己紹介も特になしだ。
こっちが何者だ?と問う前に、いきなり本題に入るんだ。

「ハロー」

だから、僕は言ってやったんだ。僕から、挨拶をしてやったんだ。 
今日はどんな『声』を、『物語』を、聞かせてくれるんだい?
さあ、全部聞いてやろうじゃないか!ってね。

『ここは…』

次の瞬間、僕は夜の海にいた。

― 本当は会いたくてたまらないんだろう? ―

上等だよね。 いつか必ず「グッバイ」て笑ってサヨナラしてやるさ。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ supercar 『 SILENT YARITORI 』 ★
https://www.youtube.com/watch?v=7LAXwiNghwM
作業中、聞いてた音楽です。人それぞれ物語の生まれ方は違うかと思いますが、私の場合、半分はこんな感じで。半分はフィクションで。よし、200まで、あと60!


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私の末路を辿ろう。

かつて生きた人生を。

私の末路を辿ろう。

かつて王として生きた私の最期(さいご)を。

あの者は、身を挺して私を守ってくれた。己を犠牲にして無残に散っていった。

『何も恐れることはありません』

他国に攻められ、国を救うこともできなかった愚かな王を、なぜあの者は迷いもせず、己の命を差し出すことができたのか…?

『私は御影人(みかげびと※影武者)。それだけです』

とても優雅な微笑だった。

『私は嬉しいのです。やっと、つとめを果たすことができるのですから』

その微笑を見た瞬間、本当の王はこの者ではなかったかと思ったほどだ…。

『兄上、そんな顔をなさらないでください』

腹違いの弟よ。母の身分が低くなければ、己の血の正統性を証明できれば、父王の子として堂々とともに生きることができたはずだ。あの者は、私の影として一生を終えなければならなかった。御影人として。

『兄上、どうかお元気で』

国は落ち、御影人の首は他国の者の前にさらされた。私はこうしてまだ、のうのうと生きている。それが、ただ苦しかった…。

『私は嬉しいのです。やっと、つとめを果たすことができるのですから』

影の中で見出すことのできた最大の喜びが死であったのだなとようやく気づく。

王宮へ足を向ける。

私の末路を辿ろう。

かつて生きた人生を。

私の末路を辿ろう。

かつて王として生きた私たちの最期を。

私も、つとめを果たそう。

成し遂げた後、とても優雅な微笑をしているに違いない。

『何も恐れることはありません』

御影人の、弟の、私の首を、この手に。


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=影響を受けた作品のご紹介=

ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ びっけ『王国の子』× Collage of Our Life『An Alterimage』 ★

なんとか年末までに200作、いきたいところです。今年は無理かなあ。ピッチ上げて、頑張らねば。

① びっけ『王国の子』
試し読みhttp://www.cmoa.jp/title/70546/
私が影武者の話を書くとなんともお粗末なデキですが、この方はすごいです!最近出会った漫画家さんなのですが、読ませる読ませる!ひきこむひきこむ!話の元ネタが15世紀イギリス王室・女帝エリザベス1世。それを大胆アレンジした物語。王女エリザベスの影武者として生きる役者の少年がいい。

② Collage of Our Life『An Alterimage』
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E6%81%8B%E6%84%9B%E5%AF%AB%E7%9C%9E%E3%80%8D%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9/dp/B000095KZG/ref=sr_1_cc_1?s=aps&ie=UTF8&qid=1410446366&sr=1-1-catcorr&keywords=%E6%81%8B%E6%84%9B%E5%AF%AB%E7%9C%9E+-+Collage+of+Our+Life+%E3%80%80%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9
作業中に聞いてた音楽です。邦画のサントラ。試聴できるみたい。『Kokoro Eyes』とかもいいですよ。

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他の物語を待っていた方ごめんなさい。書きたくなって、久しぶりにショートショートを。

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隣りの席の野矢(のや)くんは、いつも傷だらけだ。

高2になってあったクラスがえ。私は仲の良かった友達と離れ、さびしいような、少しホッとしたような複雑な気分を味わっていた。そんな矢先、この謎めいた野矢くんと隣りの席になってしまった。

「俺、野矢英雄(のやひでお)。いつも寝てるだろうけど、気にしないで。よろしくな」

と最初に挨拶をかわした時、彼の鼻の頭に絆創膏が貼ってあったのを覚えている。それを見た私は、本当にそんなところ怪我する人いるんだなあ…、くらいにしか思わなかった。

でもね、夏服(男子は上が学ランから半袖白シャツに変わります)になって肌の露出度が上がってから、私は彼が心配で心配でたまらない。だって、野矢くんの腕はいつも打ち身や痣だらけ、それは全然治る気配も見せず、なんだか増える一方なんだかたら…。…野矢くん、きみはいったい…!?

大きな目がクリっとしてて、女子受けがよさそうな童顔。背は低い痩せ型。小動物系。だから、余計に痛々しい傷が目立ってしまうのかもしれない。

まさか野矢くん、本当はどこかで喧嘩してる不良さんだったんですか…?それとも、逆に悪質で陰険なイジメにあってたりしますか…?そんな彼の隣りの席で大丈夫なんでしょうか、私は…?とか。

野矢くんの心配より、ちょっぴり我が身を気にする始末です。クラスメートなのに、隣人なのに、ごめんなさい。でも、人間、自分が一番かわいい生き物って言うじゃないですか。小心者の私は、不安で心配でたまりません。せめて、誰かこっそり教えてほしい。彼についてぜひ詳しく!!

…そんなこんなで、最近、私はこの謎めいた隣人のことで頭がいっぱいだった。もう一人悩んでいるのも限界を越えてしまったある日、ついに行動に起こすことにした。なんてことはない放課後、野矢くんの後をつけたのだ。世に言う、ストーキングってやつですよ。

放課後のチャイムと同時に、大きなスポーツバックを背負って駆け出す野矢くんを追いかけた。俊足すぎて、見失いそうになっては「廊下を走るな、こら!小動物!!」って叫びたい気持ちをなんとか抑えた。彼の行き先は体育館だった。

半袖ハーパン姿に着替えた彼は、バレーボール用のボールを準備をし、一人黙々とストレッチを開始した。それから、肘と膝の部分にサポーターを付けて、立ち上がり、深呼吸をする。もしかして…これは、ひょっとしなくても…。

「部活の傷ってオチ…!?」

うっかりもらした私の声が聞こえたのか、野矢くんが振り返った。

「…あれ、隣りの席の…?」
「東(あずま)です」

私は自ら名乗り出た。やっぱり私の名前、知らないと思ったよ。授業中、野矢くんはいつも寝てるし、休み時間はものすごい勢いで何かしら食べてるし、まわりに興味なさそうだったから。こっちはあなたのせいで、終始ハラハラドキドキしっぱなしだったというのに。ちなみにそれって青春の痛みとかじゃないから。バイオレンス風味、とでも言いましょうか…。

「ごめんごめん、東さん!あれ、どうしてここに?」

見つかってしまってはしょうがない。私は大人しく白状した。というか、バカな自分の勘違いを一緒に笑い倒してもらいたくなったのかもしれない。たぶん誰よりも早く部活に来て、一人入念に準備をしている彼なら、一瞬犯したストーキングについても笑って聞き流してくれる。そんな気がしたから。案の定、彼は笑ってくれた。人の良さがにじみ出る笑顔だった。

「そっかー、心配してくれてたのか。ごめんごめん。俺、別に喧嘩もしてないし、イジメにもあってないから。これはバレー部の球拾いが原因なんだ」
「球拾い?」
「リベロってポジションなんだけど、知ってる?」

私は首を振った。体育の授業で何度かやっているバレーボール。でも、私はポジションとか詳しいルールは知らなかった。

「バレーってさ、相手のコートにボールを落として点を入れるスポーツじゃん?逆に相手に自分のコートにボールを落とされると負け。俺はそうならないように、とにかくボールを拾うんだ」
「へえ、カッコいいね」

野矢くんはきょとんと私を見返した。どうやら私の返事が意外だったらしい。

「東さん、変わってるね。バレーのカッコいいポジションって、素人目には絶対点取るスパイク打つ奴だよ」
「…そうなの?」
「そうそう。派手だし、目立つしね。得点とってチームを笑顔に導く存在(エース)。カッコ良くない?」
「…別に…」

野矢くんは笑った。

「東さん、面白いな」
「そうかな?」

私は懸命に傷だらけになる君の方が面白いけど…。それに、思うんだ。

「…エースなんて全然カッコよくないよ」
「え?」
「ううん。ほら、野矢くんって下の名前が確か英雄(ひでお)でしょう?英雄(えいゆう)って、ヒーローじゃん。そっちの方が断然カッコいいと思う」

私は彼の肩をポンポンとたたいた。

「私、エースよりヒーロー押しなんだ。がんばれ、傷だらけのヒーロー!」

そう笑って、私は体育館を後にした。


    *


隣りの席の東(あずま)さんは、密かに傷だらけだ。

高2になってあったクラスがえ。俺は仲の良かった友達と離れ、さびしいような、少しホッとしたような複雑な気分を味わっていた。そんな矢先、この謎めいた東さんと隣りの席になってしまった。

「私、東 一夏(あずま いちか)。いつも考え事してボーっとしてるだろうけど、気にしないで。よろしくね」

と最初に挨拶をかわした時、彼女の発言に「なぜいつも考え事を…?」となったのを覚えている。それを聞いた俺は、複雑な人っぽいから、あんまり声をかけない方がいいのかなあ…、くらいにしか思わなかった。

でも夏になったある日の放課後、俺の傷の心配をして後をこっそりつけてきたという彼女のことを知ってから、、俺は彼女が気になって気になってたまらない。だって、東さん「カッコいい」やら「私はヒーロー押しなんだ」やら言って、俺を褒め殺す一方なんだかたら…。…東さん、きみはいったい…!?

目尻がすっと上がったきれいな瞳、男受けがよさそうな顔。背は高めで均衡のとれた(つまり出るとこ出た)体型。美人系。だから、発言や行動が余計にが目立ってしまうのかもしれない。

まさか東さん、本当は俺のこと、その、好き…とかですか…?それとも、これは単に俺の勘違いだったりしますか…?そんな小悪魔系彼女の隣りの席で一体どうすればいいんだ、俺は…?とか。

東さんの心配より、ちょっぴり我が身を気にする始末です。クラスメートなのに、隣人なのに、ごめん。でも、人間、自分のことをそんなに褒められちゃ、うぬぼれてしまうじゃないですか。勘違い野郎の俺は、気になって気になってたまりません。せめて、誰かこっそり教えてほしい。彼女についてぜひ詳しく!!

…そんなこんなで、最近、俺はこの謎めいた隣人のことで頭がいっぱいだった。もう一人悩んでいるのも限界を越えてしまったある日、ついに行動に起こすことにした。なんてことはない部活のない放課後、東さんの後をつけたのだ。世に言う、ストーキングってやつですよ。

放課後のチャイムと同時に、自分のスクールバッグを背負って歩き出す東さんを追いかけた。歩くペースがゆっくりすぎて、近づきそうになっては「何、もたついてるんだ!小悪魔!!」って叫びたい気持ちをなんとか抑えた。彼女の行き先はグラウンドの見渡せる屋上だった。

バッグを地面に下ろし、塀に片肘をついてぼんやりしている彼女の視線の先は、野球部の…いや、ソフトボール部のグラウンドだった。夏の暑さの中、部員たちは汗まみれになりながらも、必死に球を追いかけている。それを見て、うちの高校の女子ソフト部が春の大会でいいところまでいって、逆転負けしたことを思い出した。見つめていた東さんは、軽く投げる仕草をすると、深くため息をついた。とてもキレイなフォームだった。

『…エースなんて全然カッコよくないよ』

もしかして…これは、ひょっとしなくても…。

「密かに傷だらけはきみってオチ…!?」

うっかりもらした俺の声が聞こえたのか、東さんが振り返った。

「…あれ、野矢くん…?」
「何がヒーロー押しだよ。ソフト部の嘘つきエースめ!」

見つかってしまってはしょうがない。俺は大人しく白状した。というか、バカな自分の勘違いを一緒に笑い倒してもらいたくなったのかもしれない。たぶん誰よりも傷ついている彼女なら、一瞬犯したストーキングについても、笑って聞き流してくれる。そんな気がしたから。案の定、彼女は笑ってくれた。人の良さがにじみ出る笑顔だった。

「そっかー、ごめんごめん。そう、ちょっと前まで私ソフト部のエースだったんだ」
「ちょっと前まで…?」
「ピッチャーの私の投げた球が最後の最後に打たれて、逆転負けしちゃってさ。仲間に合わせる顔がなくて今、部活サボってます…」

彼女はけらけらと笑った。無理につくった笑顔。…ああ、この笑いを俺は知ってる。だから、たずねた。

「本当はもっと部活に行けない。みんなに顔向けできない。そう思うような理由が他にあるんじゃない?」

東さんはきょとんと俺を見返した。どうやら俺の返事が意外だったらしい。

「鋭いね、野矢君。そうなの。私、仕出かしちゃったの。あの試合、最後キャッチャーのサイン、無視しちゃったんだ。自分なら絶対ストレートでおさえられるってふんで、そうして見事に玉砕…」
「そうだったんだ」
「ほらね、エースなんて全然カッコよくないよ」
「そうかもしれないね」

俺は笑った。

「今の東さんは確かにカッコよくないかもね。本当は部活に戻りたいのに戻れなくて、もたついててさ」
「厳しいなあ」
「授業中、いつもそのことで悩んでたんだろう?」
「もうカッコ悪すぎて面白くない?」

俺はそんなふうに懸命に傷だらけになる君の方が面白いけど…。それに、思うんだ。

「…エースなんてそんなもんだよ。バレーならスパイクで点とったり、ソフトなら球を投げて相手をおさえたり、決めたらカッコいいけど、失敗したら、一番矢面に立たされる。チームプレイのエースなんて、そんなもんだよ」
「責任重大でプレッシャー、ハンパなくてね…」
「でも、投げたいんだろう?」
「え?」
「ごめん。さっき投げるフォーム、見ちゃってさ。すげー、キレイだった。『投げたい』っていう、その気持ちだけで本当は充分なんじゃないかな。それが見られれば、まわりの俺たちは笑ってられるもんだよ、エース」

俺は彼女の肩をポンポンとたたいた。

「待ってるよ、俺たちは。エースがいないとつまらないからさ」

そう笑って、俺は屋上を後にした。


    *


隣りの席の野矢くんは、相変わらず、いつも傷だらけだ。

「で、ソフト部エースは無事、部活に戻ったんだ?」
「おかげさまで。野矢くんのいってたとおり、案外みんな笑って受け流してくれたよ。キャッチャーだけ泣いて喜んでたけど」
「なんかわかるな。そのキャッチャーさんの気持ち、俺すごく…」

しみじみと頷く隣人はエースを支えるポジション同士、何か分かり合えるものがあるのかもしれない。

「それはそうと、東さん」
「うん?」
「きみ、うちの…、バレー部のエースに何かした?」

やっぱり聞かれると思った。私はそらとボケた。

「…別に…」

『待ってるよ、俺たちは。エースがいないとつまらないからさ』

野矢くんのあの言葉が気になって、個人的にバレー部を調査したら、なんと私と似たような理由でバレー部エースも部活をサボっていることを知った。

「本当に東さん、何もしてないの?」
「たいしたことはしてないよ。『ただヒーローが傷だらけなんです。助けて!』って言って、バレー部のエースくんを現場に連れて行っただけだよ」

すると、バレー部のエースは自主練習に励む野矢君の姿を見てえらく感動し、おのれの不甲斐無さ反省したようだ。部活にきちんと戻ったらしい。

「助けられるヒーローってなんだかなあ…」

そう愚痴をこぼす野矢くんは、何気に嬉しそうだった。やっとお互い最近、隣人同士の関係がいたについてきた気がする。話しやすい、いい距離感とでもいいますか…。

「もう少しで、夏の大会か~」

野矢君が傷だらけの腕で伸びをした。私もそれにこたえる。

「あ、バレー部も?うちもだよ」

野矢君はニヤリとした。

「せっかくだから、東さんのエースっぷりでも見に行きますか」
「いいねー、それ。私もバレー部のカッコいいヒーローの応援に行っちゃおうかな」
「…出たよ、小悪魔め。はいはい、名前負けのヒーローですけどね」

そう笑って隣りの席を離れようとする彼を、私は慌ててひき止めた。

「すねないでよ、傷だらけのヒーロー!」
「東さんの褒め殺しの手に、二度と引っかかるもんか」

懸命に傷だらけになろうとする隣人。相変わらず、面白いなあ。だから、思うんだ。
私は彼の肩をポンポンとたたいた。

「私、エースよりヒーロー押しなんだ。今度は嘘じゃないよ」


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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 古舘春一『ハイキュー!!』 × 秦基博 『 鱗』 ★

やっぱりショートショート書くの楽しいな。時間があったら、毎日書くんだけどな。ちなみに英雄の名前でヒーローというのは、あだち充さんの『H2』からきたのかと。

① 古舘春一『ハイキュー!!』
http://nicotter.net/watch/sm23702812
(吹き出しを押すとコメントが消えます)
以前紹介したスポーツ漫画。高校男子バレーの話。この動画を見て書けた物語です。秦基博さんの「鱗」も知れて良かった。

② 秦基博 『 鱗』
フルバージョンです。秦さんは、いい歌いっぱいのようで他にも聞いてみたい。
https://www.youtube.com/watch?v=V0xSlwow9rQ


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