※良ければ、先にこちらをどうぞ。
【目次】 淑玲『宮廷浪漫』シリーズ 【作品紹介】
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刺すような視線。鋭い眼差し。なんとも心が痛くなる。
未だかつてこんなに注目されたことがあっただろうか。でも、羨望の眼差しとか、そんなんじゃない。人を敵視するような、値踏みするような、見下すような、もうとにかく不躾なものだ。

先生が私を俊楽堂(しゅんらくどう)の中に招き、生徒の前で紹介すると、案の定、非難の嵐だった。

でも、二日間の期限付きで、二日後に改めてみんなの意見を聞く。一人でも反対意見があれば入学不可と告げると、嵐はぴたっとおさまり、かわりに失笑や嘲笑に変わったけど…。ふん!後で「ぎゃふん」と言わせてやるからね。見てなさいよー!

でも、みんながみんな敵愾心をむき出しにしているわけじゃない。同じ商店街の見知った顔ももちろんあって、彼らは割とすんなり私を受け入れてくれた。

「まさか淑玲(すうりん)が来るとは思わなかったなあ」

私の紹介の後、すぐ昼休みになったのも良かったかもしれない。お肉屋のおばさんに頼まれたおにぎりを彼女の息子に届けると、「淑玲も僕らと一緒に食べようよ」と誘ってくれたのだ。彼の名は、真野(まの)。人のいい丸顔の少年だ。

「来るなら、淑河(しゅくが)だと思った。あいつは来ないの?」

淑河とは私の双子の兄のことだ。顔はそっくりなんだけど、性格は正反対。

「兄様は学問にあまり興味がないから」

「そっかー。確かにそうだね」とおにぎりを頬張る彼は、私にも「一つ食べな」とわけてくれた。気前が良くて、優しい彼に感謝する。まさかそのまま俊楽堂で学べるとは思わなかったから、私は自分の分のお昼を用意してなかったのだ。でも、彼らは私と一緒にいて大丈夫なのかしら?気になってまわりの視線を伝えると、彼らはおおらかに笑ってこう言った。

「だって、淑河の妹だから!」

未だかつてこんなに兄様に感謝したことがなかった。兄様はうっかり者で、いつも私は口うるさく叱ってばかりだったから。ごめんなさい、兄様!これからは気を付けます!!

「それに『女の子には優しくしなさい』って母ちゃんにいつも言われてるんだ。いざって時に男を助けるのは女らしいよ、母ちゃんに言わせると」

経験談に基づいてそうな名言にはあえてふれませんけど、お肉屋のおばさんもありがとう!!

「でも、すげーな、お前の嫌われっぷり!さっき俺、吹き出しそうになっちった!ははは!」

失礼な発言をしてくれたのは、魚屋の息子の平勝(へいしょう)だ。浅黒い肌に、白い歯を光らせて笑っている。

「笑いすぎだって、平勝!」

それをたしなめてくれたのが、この中で一番の年長者、キツネのような細目の酒屋の息子の渾沌(こんとん)だ。

「俺は歓迎するよ、淑玲。女の子が一人いるだけでなんか華やぐじゃん?今までここ、ちょっとむさくるしかったし。ねえ、二日とは言わず、もっと長くいなよ」
「私はいたいんだけどね…っていうか、なんか裏があるでしょう?あやしいわよ、渾沌」

彼は舌を出した。

「バレた?」
「バレバレ」
「ここで淑玲に良くしとけばさ、後で友達の女の子を紹介してくれるかもしれないじゃんか!頼むよ~、淑玲。ちなみに淑玲は俺の好みじゃないからごめんね」
「お、それいいな。じゃ、俺も頼んだ、淑玲。ちなみに俺もお前はパスな。かわいい子、限定でよろしく!」
「みんな、いい加減にしなよ!淑玲もかわいいよ。…僕はよくわからないけど、いつもそう言ってるよ、淑河が!」

う~ん、みんなそれぞれヒドくない…?なんだろう?逆にいたたまれなくなるような…?気のせい…?

「ところで、いつもこの面子でつるんでるの?」

私がたずねると、みんなが言った。

「もう一人、いるよ。ここで仲良くなったんだ!超いいやつでさ」と、真野。
「でも、誰もやつの素性を知らねえの。本人も言いたがらないから、あえて触れてねえんだけど」と、平勝。
「俺は貴族のボンボンだと思うね!あいつの弁当、すごいもんな。いつも昼休み、ここまで家の人が届けにくるんだよ。いま受け取りにいってるから、もうすぐ戻ってくるんじゃないかな。お、噂をすればじゃん。おーい、こっちこっち!」と、渾沌。

渾沌が手を振った方をみると、かわいい顔をした男の子が手を振りかえしていた。彼はまわりの和をうまくよけて、こちらに向かって来る。

「あれ、きみは?さっき紹介されてた女の子?」

私の存在に気づいても彼は嫌な顔をしなかった。みんなの言うとおり、本当にいい人なのかも。

「確か淑玲さんだっけ?初めまして。僕は、珠露(しゅろ)。よろしくね」
「こちらこそ。よろしく、珠露くん」
「珠露でいいよ。僕も淑玲でいい?」
「うん。もちろん!」

童顔だけど、年は私と同じらしい。人なつっこい笑顔が好印象の少年。身なりは私たち庶民と変わらないけど、包みの中から立派な重箱を取り出した。

「あ、良かったら珠露。淑玲に弁当を分けてあげてくれない?淑玲、弁当を持ってくるのを忘れちゃったんだ」
「え?そんな悪いからいいわよ。おにぎりも、もらっちゃったし」
「僕は全然構わないよ。たくさんあるから、淑玲だけじゃなくて、みんなも一緒に食べようよ」
「俺らもいいの?マジで!?」
「実は超気になってたんだよね。お前の弁当」

珠露が重箱のふたを開けて並べると、私たちはいっせいに声を上げた。

「うわー!」
「すごい…」
「超うまそう!!」
「やばいな、これ!」

海老の芝煮(しばに)、松笠烏賊(まつかさいか)、帆立の生姜煮、椎茸の甘露煮(かんろに)、とびこ、錦糸玉子、隠元豆(いんげんまめ)など、見目華やかなちらし寿司が重箱の一段をしめていた。他の段だって、負けてない。豆腐の青のり揚げ、ぜんまい、つき蒟蒻(こんにゃく)、木耳(きくらげ)、油揚げ煮、大根の甘酢漬という、一見普通の食材なのに一工夫して手間暇掛けたのだろう。上品で凝ったものばかりだ。渾沌が珠露のことを貴族のボンボンだというのもわかるわ…。

私たちの感想に珠露は「どうぞ召し上がれ」と、嬉しそうに笑った。

「いただきまーす!!」

と、みんなで手を合わせると…次の瞬間、

「ちらし寿司は俺がもらったあー!!」
「待て―い!俺が先だ―!!」
「ちょっとちょっと、みんながっつき過ぎだよー!僕もー!!」

見えない速さで箸を伸ばす男三人の戦場と化していた。私があっけにとられていると、珠露が声をかけてくれた。

「淑玲、箸(はし)がないよね?あまってるのあるから、これ使って」
「あ、ありがとう」

その時、私の近くによった珠露から、ふわりといい香りがした。…これは、女物のお香(こう)…?

「珠露、お弁当を届けてくれたのってお母さん?それか、もしかしたら女姉妹(きょうだい)とか?」
「え?違うよ。僕は一人っ子。届けてくれたのは…」

そこで珠露はハッとなり、口元を手で抑えた。

「あ、ごめん!別にいいの。珠露、とてもいい香りがしたから」
「…いい香り?」
「うん。お弁当もそうだけど、上品で知的っていうか…。素敵な香りね」

私が微笑むと、珠露は少し照れたように笑った。

「そんなふうに言われたの初めてだな。実は弁当を作ってくれたのは、おばあちゃんなんだ。料理が大好きでね。いいって言ってるのに、いつも自分で作るって聞かなくて…」
「おばあさん、とても料理上手なのね。私、初めて見たわ。こんなに美味しそうなお弁当。教えてもらいたいくらいよ。じゃあ、その香りもおばあさんかな?」
「…かもね」

少し珠露の顔が曇ったのは気のせいだろうか…。

『誰もやつの素性を知らねえの。本人も言いたがらないから、あえて触れてねえんだけど』

平勝の言葉を思い出す。そうね。きっと、あえて触れない方がいい。本人が語りたくなるまでそっとしておいた方がいいんだわ。兄様の友達は少し失礼で口が悪いけど、人間ができている。そのことに私も感謝しなきゃ。心が痛くなる視線を一時忘れさせてくれたもの。笑顔で守ってくれた。もう一度、私は手を合わせた。

「じゃあ、遠慮なく頂きまーす!」

元気よくそう言ってから、私は珠露の手をひいた。

「珠露も、ほら。自分の分がなくなっちゃうよ」
「あ、うん!そうだね」

彼の顔がぱっと明るくなる。そうこなきゃ。腹が減っては戦はできぬ。さあ、これから男の戦場に乗り込もうじゃない!



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★余談
・芝煮(しばに)…白身魚やえびのだし汁と酒を主に薄口醤油・みりんなどでごく薄味に調味してさっと煮た料理。
・松笠烏賊(まつかさいか)…碁盤目に切り目を入れてタレをつけて焼いたイカ。
・とびこ…トビウオの魚卵を塩漬けにしたもの。
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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ YUKI 『ふがいないや』 × 氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』 ★

思いの外、遅れたUPになってしまいました。名前が決まらなかったのが、原因かと。いつもは声の聞こえるがまま名前も浮かぶんですけど、中国人っぽい名前って全然出てこなくて困った。焦った。淑河の友達ということで、淑河の名前のモデルになった作品「雲のように風のように」に登場する人物から名前を借りて来ました。なので、後で少し漢字を変えたりするかもですが…。ちなみに珠露だけ違います。なぜか彼だけお茶の名前に。

ちなみにサブタイトル「腹(はら)が減(へ)っては戦(いくさ)はできぬ」は「腹が減っていては、十分に活動ができない。もちろん戦うこともできない。物事に取り組むときは、まず腹ごしらえをしてエネルギーを補給するべきだというたとえ」が本来の意味だそう。今回のこじつけは、男の戦場に乗り込むというのを、お弁当争奪戦とこれから淑玲が学問塾(男社会?)で奮闘することで、かけてみました。

① YUKI 『ふがいないや』
https://www.youtube.com/watch?v=pBisndlJjzk
https://www.youtube.com/watch?v=3blU8GYxVRQ
私の中で『ハチクロ』の曲なんですけど、今回はこれをきいてました。

②  氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』
http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%88%E3%81%AE%E8%BC%9D%E3%81%8F%E5%A4%9C%E3%81%AB-%E3%81%96%E3%83%BB%E3%81%A1%E3%81%87%E3%82%93%E3%81%98-%E3%82%B3%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B0%B7%E5%AE%A4-%E5%86%B4%E5%AD%90/dp/4086016680/ref=pd_cp_b_0
氷室作品の中で読者の年齢・性別を問わず一番エンタメ性にとんでいるのはもしかしてこれなんじゃないでしょうか。「面白かった~!」と思わず拍手を送りたくなってしまう読後感の良さ。平安時代の「とりかえばや物語」をもっと見事に書き切ってくれたというか。あとがきにあった氷室版「源氏物語」もぜひ読んでみたかったなあ。

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次回
【第144夜】 正攻法は成功法ではない(淑玲『宮廷浪漫』シリーズ11)
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「淑玲(すうりん)、ようこそ俊楽堂(しゅんらくどう)へ。私はここで学問を教えている者です。名は暉仁(きじん)と言います。あなたを歓迎しますよ。ただし、ちょっと条件がありますけどね」

…先生?この人が?…確かに、商店街のみんなが言っていた外見とはあっている。肌が少し青白くて背が高い。二十歳前後の好青年。でも、先生は今、お堂の中で講義をしているはずじゃ…?

「今は別の方に、講義をしてもらっているんですよ」

私の考えを読み取ったのだろう。彼は続けた。

「私一人の教えでは偏りがあるでしょう。そうならないよう他の方を招いて、今は講義してもらっているのです」
「…偏り?」
「ええ。私がそうしないよう努めても、物の見方、考え方というのはいつの間にか師にならい、思考を頑なにしてしまうものです。色々な物の見方、考え方があっていい。学問というのは思考を狭める道具ではなく、逆に深く広げるものですから。…そうですね。あんな感じでしょうか?」

彼は空を指差した。一羽の鳥が、青空を気持ちよさそうに飛んでいる。

「…翼ですか?」
「そう。翼を持てば、羽ばたくことができる。飛ぶことができる。きっと、もっと世界を広げることもできるでしょう」

…翼を持てば、世界を広げられる…?あの鳥のように?自由に?

「…私もあんなふうに、飛ぶことができるでしょうか?」
「あなた次第ですよ」

彼は手を伸ばし、私の頭を撫でた。

『キミ次第じゃないかな?』

俊楽堂のことを教えてくれたお兄さんと同じことを言う。そう言えば、あの時も頭を撫でられた。…いやだな。みんな同じことをして私をあおるんだから。私は、笑った。そして、彼に向き直り、はっきりと告げた。

「先生のおっしゃるとおり、私はここに学びに来ました。ここで学ばせて下さい。条件とは何ですか?」

彼は、ふっと笑った。

「これから、あなたをみんなに紹介します。しかし、反発を招くでしょう。この国で学問を学べるのは男子の特権のようなものですから。私が言って抑え込むのは簡単です。でも、それでは何の解決にもなりません。あなたの力でみんなを納得させて下さい」
「…私の力で…?」
「そうです。それは学問以外の方法でも構いません。期限は二日。二日でみんなの心をつかみ、納得させるのです」
「…たった二日ですか!?」

いくらなんでも、二日は短すぎる。怯んだ私に、彼はすかさず聞いた。

「どうしますか、淑玲?」

試されていると思った。試されなくても、私の答えはすでに決まっている。ここで学問を学びたいのであれば…。私は大きく息を吸った。

「…やります!」

彼は優しく微笑み、もう一度頭を撫でてくれた。

「私があなたに言えるのは、もしかしたら終始これだけかもしれませんね」
「え?」
「淑玲、自分の能力を過信しないこと。人を頼ることを覚えなさい。謙虚でありなさい。そうすれば、あなたは自分が思っている以上の力を発揮できるでしょう。期待していますよ」


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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ YUKI 『ランデヴー 』 × 韓国大河ドラマ『イ・サン』 ★

この週末に書けるだけ、淑玲を一気に書いてしまいますね。

ちなみにサブタイトル「図南(となん)の翼(つばさ)」は「大事業をしようとする計画や大きな志のたとえ」が本来の意味だそう。これは私の好きな小説『十二国記』(小野不由美)のタイトルでもあるのですが、今回故事成語であることを知り、タイトルにお借りしました。(すみません)今回のこじつけは、学問を学ぶことを鳥の翼に例えて教える暉仁の言葉と二日でみんなに自分を納得させなくてはいけない淑玲の大きな志…?みたいなところで。

① YUKI 『ランデヴー 』
https://www.youtube.com/watch?v=r55074Ici6c&list=RDY_C1tlM6DkE&index=21
淑玲の物語を書いていると、終盤にはなぜかこの前奏がいつも流れるてくるんですよね、頭の中に。

②  韓国大河ドラマ『イ・サン』
https://www.youtube.com/watch?v=65klp44_0bo
『トンイ』→『イ・サン』 この2作品は時代的に少し繋がりがあって見た順番的にもよかったかもしれません。世孫(せそん)様、命狙われ過ぎ…!と何度思ったことか。健気なヒロイン・ソンヨンは人形劇『三国志』のヒロイン・淑玲(薄幸系)と似ていてずっと応援してました。

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次回 【第135夜】 腹が減っては戦はできぬ(淑玲『宮廷浪漫』シリーズ10)
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私が俊楽堂に着いたのは、ちょうどお昼頃。

「まだ講義中かしら?」

思ったより早くついてしまったのか、あたりは妙に静かだった。時間つぶしと偵察がてら、塀越しにお堂をぐるっと一回りしてみる。

「俊楽堂ってこういうところだったんだ。あまり来たことないから、よく知らなかったな」

彩色や文様(もんよう)をおさえたつくりで豪奢(ごうしゃ)さはない。屋根は落ち着いた本瓦葺(ほんかわらぶき)だし、柱や梁(はり)、扉が丹塗(にぬ)り(※朱色の塗装)という程度。月日が経ち、それらの朱(しゅ)は所々剥がれ、まわりの白壁の汚れも目立ってきてはいるけど、特に問題はなさそうだ。むしろ風格のある佇まいには、独特の静寂さがあった。

「勉強するには、うってつけの場所なんだ。ここなら集中して本が何冊だって読めそう!」

さすが古いお堂の再利用を提案した第一公子様!と、ここで学問塾を開いたという先生!環境をわかってらっしゃる。いったいどんな方なんだろう。さすがに第一公子様に会うのは無理だろうけど、先生は目の前のお堂で講義の真っ最中。どんなふうに学問を教えているのか気になって、しかたがなかった。

蔀戸(しとみど)(※格子状の窓のようなもの)が半分開いているみたいだから、うまくすればちょっとのぞけるかも…。

「おや、あなたはこんなところで何をしているんですか?」

心臓が飛び上がる。驚いて振り向くと、農作業の格好をした男の人が立っていた。

「…す、すみません。知り合いのお昼を届けに来ただけなんです」

私が急いで言うと、男の人は「そうだったんですか。それはわざわざありがとうございます」と頭をさげた。農作業用の大きな帽子のせいで顔はよくわからなかった。背は高く、ほっそりとしている。

「もし良ければ、私が渡しておきますよ?どなたのでしょうか?」

そういって、私から握り飯の入った包みを受け取ろうと彼は自分の手を差し出した。待って!これを渡したら、せっかくのここに来た口実がなくなっちゃうわ!私は咄嗟に包みを背中に隠した。

「?」

男の人は不思議そうに首をかしげ、「あはは…」と、私は気まずそうに笑った。

「………」

…どうしよう。沈黙が重い。観念して、白状したほうがいい?…もう最初からつまづくとか私どうなの!?これからなんとかここで学べるよう知恵を絞らなくちゃいけないのに、いきなりこんな調子じゃ全然だめじゃない。しかも簡単に白状するとか、なんて弱腰なの!この人が何者かもしれないのに…ん…?っていうかこの人、だれ??

その時だった。お堂の中から、声がもれてきた。

「床前明月光 (床前(しょうぜん)月光(げっこう)明らかなり)」

あれ、これは…?

「…漢詩?」

私が反応をしたのを不思議に思ったのかもしれない。男の人がたずねた。

「知ってるんですか?」

私は反射的に吟(うた)っていた。だってこれは、私にとって特別な漢詩だったから…。

「 床前明月光 (床前(しょうぜん)月光(げっこう)明らかなり)

 疑是地上霜 (疑(うたご)うらくは、これ地上の霜かと)

 挙頭明月望 (頭(こうべ)を挙げて明月(めいげつ)を望み)

 低頭思故郷 (頭を下げて故郷を思う) 」

それを聞くと、彼は嬉しそうに笑った。

「女性が漢詩を吟うのを久しぶりに聞きました。あなたは漢詩を知っているんですね」
「…いいえ、そんな。全然です!これは私が小さい頃、初めて覚えた漢詩だったので」

そう返すも、男の人は興味をもったのかさらに聞いてきた。

「小さい頃に?」
「…あ、はい。小さい頃、外で遊んでいたら、通りすがりの人がうたっていたんです。意味を聞いて感想をいうと、その人がその漢詩のかいてある本をくれて…」
「…この漢詩の意味を聞いても?」

気のせいだろうか。帽子越しに強い視線を感じた。

「…え?あ、はい。確か…静かな夜、寝室に月の光りが差しこんでいた。その輝く光りは季節はずれの霜が降ったのだろうかと疑うほどである。空を遠く望めば煌々とした月が美しく輝いていた。故郷の空でも、きっとこんな美しい月の光を見ている人がいるのではないかと、ふと頭を下げて望郷の念にかられた…」
「では当時の、あなたの感想を教えて下さい」
「昔のですか!?かなり的外れな感想ですよ?…というか、感想ですらないかも」
「構いません」

私は苦笑しながら言った。

「これは故郷を懐かしんで、少しさびしく思う詩ですよね。小さい私は自分の家から離れたことがなかったので、故郷というものがよくわからなくて。だから、こう言っちゃったんです…。きっとその詩を詠んだ人より、私の方がさびしいだろうって。だって、私は故郷を知らないから、そういう気持ちになったことがない。だから、詩のさびしさも何もわからない。きっと、それは詩を詠んだ人より、もっとさびしいことだろうって」

そうだ。確かそう言ったら、本をくれた人はお腹を抱えて笑っていた。もうぼんやりとしか覚えてないけど、吟っている姿がかなしげで、ほっとけなくて声をかけた。私の発言がツボにハマったのか、その人は思い切り笑ってくれて、安心したのを覚えている。

「私が初めて手にした本で、今でも大切な宝物なんです」

彼は、ふっと笑った。

「…そうですか。あなたでしたか」
「は?」
「いえ。失礼ですが、名前は?」
「……淑玲(すうりん)と言いますが…」

どうしてこの人は、私にこんなことを聞くのだろう?訝しげに見つめると、彼は笑って言った。

「いい名前ですね。それでは、淑玲。うかがいますが、もしやあなたはここに学びにきたのではないですか?」

私は驚いて声を上げた。

「ど、どうしてそれを?」

その問いには答えず、彼は被っていた帽子をとり、私に笑顔を向けた。陽(ひ)の下にさらされた少し青白い肌にはっとなる。柔和で優しい人を和ませる風貌…。

「淑玲、ようこそ俊楽堂へ。私はここで学問を教えている者です。名は暉仁(きじん)と言います。あなたを歓迎しますよ。ただし、ちょっと条件がありますけどね」



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★余談
・引用漢詩は、李白「静夜思(せいやし)」和訳は解説ネットサイトより。
・俊楽堂の外観モデルは、日本の国宝・浄土寺浄土堂(兵庫県小野市)。
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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ YUKI 『プレイボール』 × 韓国大河ドラマ『トンイ』 ★

出てきた俊楽堂の外観モデルは日本国宝の「浄土寺浄土堂」(兵庫県小野市)。漢詩はむかし私が丸暗記した李白の「静夜思(せいやし)」です。どうもものによって、明月が山月になっているようです。今回は自分が覚えている方をチョイス。お待たせしました。ようやく暉仁(きじん)の登場です。

ちなみにサブタイトル「合縁奇縁(あいえんきえん)」は「不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合 うかどうかは、みな因縁という不思議な力によるものであるということ」が本来の意味だそう。今回のこじつけは、不思議なめぐり合わせの縁という部分を頂いて、淑玲は俊楽堂で思い出深い漢詩と再び巡り合い、暉仁も暉仁で何か(縁?)を感じている…?みたいなところで。

① YUKI 『プレイボール』
https://www.youtube.com/watch?v=Y5Odr60XU7Y
夏になると聞きたくなります。何気にYUKIのストック曲があることに気づきました。

②  韓国大河ドラマ『トンイ』
http://www.pideo.net/video/veoh/8279bdf2183f6039/
韓国大河にハマったきっかけ。60話くらいあったけど、ずっと次回が気になる気になる。賤民→下女→女官→そして…?と、のぼりつめていくトンイがカッコ良かった~!あと、王妃さまが聖母すぎて…。王様を足蹴にするところは一番好きな場面です。

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次回
【第134夜】 図南の翼(淑玲『宮廷浪漫』シリーズ9)
http://short2story.blog.fc2.com/blog-entry-159.html
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