「おはよう、ヒグラシさん。今日も骨を拾いに行くのかね?」

会社の寮を出ると、掃き掃除をしていた大家さんに声をかけられた。

「おはようございます、大家さん。ええ。今日もいい骨、拾いますよ~」

そう言って、片手の親指をぐっと立てた。すると、大家さんは気持ちよく笑って返した。

「“骨とり”は立派な仕事だ。しっかりやんな!」
「頑張りまーす」

女が子供を産めなくなってどのくらいたつだろう。

科学だけでなく、遺伝子工学も大きな進歩を遂げた現代。昔はタブー視されていたクローン問題も、人類が生きてく上で必要な技術と見なされ、人間の生命媒体の維持に大きく貢献したと言われる。

私たちの生殖器は、もう意味をなさない。

遠い昔に起こった大規模な地震により、原子力施設から膨大な量の放射能が漏れた。それは残れされた人間の体内に大きな影響を与えた。遺伝子にも。

女性は、子供が産めなくなってしまった。…でも、それだけだ。

「簡単に言うよね?ヒグラシさんは」

と同僚のシマくんは言う。

「『それだけだ』なんてさ。これって人類の危機だよ?ことは至極問題で困難なのに」

彼は、“骨とり”仲間だ。

「そう言わないと、やってけないじゃない?」

たいした問題じゃない。そう思って、必死に生きてきたような気がする。特に女は。当然のように思ってできていたこと。それがある日、突然失われた。当時の彼女たちの哀しみを思うと胸が痛んだ。

「というか、そもそもどうして女だけが子供を産む役割を担ってたの?そっちの方がよっぽど謎だわ」
「生命の謎までいっちゃうか~」

反論されたシマくんは、露骨に嫌な顔をした。

「私が昔読んだ小説は、母親が子供を生むんじゃないの。子供のなる木というのがあってね、夫婦でも片親でも、その木の前で子供が欲しいと願えば、実がなって、そこから子供が生まれるっていう話だったわ。そっちの方が平等な気がする」
「何それ、思いっきりファンタジーじゃん?」

私は大げさに「ちっちっち」と人差し指を振った。

「望まないかぎりは、子供ができないってこと。それと日頃の行いが良くないと、子供の育てる環境的に問題ありとみなされて授からないのよ」
「え~、何、その遠回しに教えさとす感じは。教訓じみた世界観だなあ。なんかファンタジーっていうより、宗教っぽくない?」
「そう?」

私的には君がここで働いている方が、よっぽどファンタジーなんだけどな。

「まあ、残された俺たちは今日も骨を拾うわけですけど」
「まあ、そうですけど」

人間でいちばん強い部分は骨だ。骨は残る。調べた結果、骨に残ったDNAはなぜか放射能の影響を受けていなかった。人類は新たな生殖媒体の鍵を見つけ、遺伝子研究に尽力した。それから、死んだ人間の骨を拾い、DNAをとる。通称“骨とり”なる仕事が生まれた。

「う~む、これは実にいい骨だね」

シマくんが、一つの骨のサンプルを手にした。私も横から観察した。本当だ。

「きっと筋肉がしっかりついた人ね」
「アスリートとか」
「もしかしたら、オリンピック選手かもね」
「まさか~」

骨からその人を、その人生を、想像する。それがここにいる私たちの唯一の楽しみだ。骨は口ほどに物を言う。語ってくれる。

葬儀場で火葬された骨はここ、遺伝子開発研究所に届けられる。私たち“骨とり”は、まず特殊な化学薬品で骨を完全に分解する。分解された骨の溶液を円柱状の容器に注ぐと、側面にDNAが付着する。DNA以外のものはすべて除去されるため、高純度のDNAを取り出すことができる。これを脱灰(だっかい)と呼ぶ。

「でも、DNAが取れてもさ、本当の問題はこの後なんだよね」
「採取されたDNAの行方か」

私たちは「う~ん」と、同時に腕を組んだ。

「やっぱり国が管理するしかないんじゃない?もう“家族”なんて存在しないんだからさ」

そう。私たちは親を知らない。DNAをくれたはずの親は最初から死んでいるのだから。

「“家族”か~」

シマくんはため息をついた。前世紀に流行ったホームドラマに彼は今ハマっているのだ。それを見て、家族にとても憧れがあるらしい。現代は、男女の結婚はできても、子供はなし。子供は自分たちが死んだ後のことだから、みんな“家族”という概念が希薄で結婚願望があまりない。恋愛感情はあるから、恋ができれば充分。そのせいか、圧倒的に独身が多かった。

私もシマくんも物心ついた頃には、国の教育機関にいて、そこで一緒に育った。言ってみれば、友達が家族のようなものかもしれない。

「唯一、名前だけだよな。親の手がかりなんて。俺はシマ」
「私はヒグラシ」
「意味の全然分からない名前ってどうよ?」
「私たちの生命の謎よね」

ふたりで笑っていると、ランチタイムを知らせる館内アナウンスが流れた。

「午前の業務終了~。んじゃ、ランチに行きますか!」
「でも、ヒグラシさんの意味はわかるかも。蝉の名前だよね?」
「セミ?」

私は知らなかった。

「絶滅した昆虫って言われてるけど」
「えー、昆虫ってどうなの?」
「俺はまだ生きてると思うんだよね。土の中に眠り続けているやつが絶対にいる」
「それのどこが私なの?睡眠とりすぎってこと?まさか眠り姫とか言いたい?」

シマくんは吹き出した。

「…眠り姫ってファンタジーっていうか、なんかもうメルヘンだよね」
「じゃあー、何?」
「強いて言えば…」

強いて言えば…?

「生きしぶとい?」

…ほほう。

「ありがとう!今日のランチはシマくんのおごりね」

私は立ち上がった。

「うそうそ、冗談だよ」
「もういいです。デザートもつけるから!」
「蝉だけじゃなくて、『朝から晩まで』『一日中』それもヒグラシの意味なんだって知ってた?」

私はわけが分からず、首を振った。

「年がら年中、一緒にいてもあきない人ってこうはいないよね?」

シマくんは、まだおかしそうに笑っている。

「ヒグラシさん、結婚しよう」
「は?」
「俺と結婚しようっていったの」
「…意味がわからないんだけど…」
「あれ、言い方とか順番を間違えたのかな?えっと、じゃあ、『お嬢さんを僕に下さい』?」

……もっと意味がわからない!!

私の体が傾いて、シマくんは慌てて支えてくれた。驚きのあまり、私は気絶していた。それを見たシマくんはあきれたようにつぶやいた。

「…ヒグラシさん、眠り姫ってここで使うオチだったんだね」


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この道を何度も君と通った気がする。

「この道を?」

そうだよ。

「…そうだったかしら?」

忘れてしまっているだけさ。

「こんな淋しい道を?」

決まってこんな冬枯れの空の下でさ。

「…ちょっと違う女(ひと)と間違ってるんじゃないの?」

いやいや、そうじゃない。

「じゃあ、本当に私なんだ」

そうだね。

「…そう言われれば、そうだったようなと思わなくも…」

ほらね。

「…ないかもしれない」

…そうきましたか。

「教えてよ。私はここでどうしてたの?」

言っていいの?

「どうぞどうぞ」

君は半泣き状態で、涙を流さないように空をにらんでたよね。

「うわー」

君は怒り極まれり状態で、頬を膨らませて空をにらんでたよね。


「うわー!」

何度も人生にこけたり、つまずいたり、見ててハラハラしっぱなしだったな。

「しょうがないじゃない。だって、にんげんだもの」

元気出せよ、みつこ。

「みつこって誰??ここは、みつをじゃないの?」

一応、君も女の子だからね。ちょっと考慮して可愛くしてみた。

「みつをもびっくりね」

彼女ができて喜んでるよ、きっと。

「それこそ可愛いな」

やっと笑ってくれたね。

「ありがとう。いつも笑顔にしてくれて」

ままならない時は、またここに来るといい。そして、この道を抜けるんだ。

「うん」

抜けた先で、何が君を待ってようとも。

「そうね」

勇気も覚悟も、心意気すら本当は必要ない。

「ただ、歩けばいい」

…わかってるじゃないか。

「この道を何度も君と通った気がする、からかな?」

ほらね。

「もうすぐ雪が降ったら、道がなくなっちゃうけどね」

…そうきましたか。

「その時は、私の足跡が道になるよ」


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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ Simon & Garfunkel『冬の散歩道 -A Hazy Shade of Winter-』 ★

https://www.youtube.com/watch?v=bnZdlhUDEJo
なぜか急に聞きたくなってしまった曲。彼らの音楽が好きだった兄の影響かもしれません。渋いセレクトになったかもしれませんが。私の物語とはあってないかもですが。昔の音楽、結構好きなんです。主題歌になったドラマを見たことがなくて、いつか見てみたいんですけど、衝撃的な内容らしく、未だに勇気がありません…。でも、いつか見てみよう。本当はこの音楽でミステリーとかサスペンスタッチの物語を書きたいなあと思ってたんですけど、また違う路線に…歌詞には近い世界観なのかな。いつかこの曲でミステリーorサスペンス系が書けることを願って。

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御前に召された少女は、静かに密命を待った。

「そなたに頼みがある。面(おもて)をあげよ」

抑揚のない帝の声に、少女はゆっくりと顔を上げた。この世のものと思えぬ美しさに、居合わせた少数の臣下はみな息をのんだ。

「鬼が跋扈(ばっこ)し、国が乱れている。余(よ)の言いたいことはわかるな」
「はい」
「そなたの力が必要だ。やってくれるな」

帝に情けはない。少女にも甘えがなかった。

「はい」
「頼むぞ」

次の瞬間、少女は妖しく笑った。その姿に、みな瞠目した。

「父上はお嫌いなのですね。…母上も、私も」

帝一人が、落ち着きを払っていた。

「そうかもしれぬ」

少女は立ち上がり、別れを告げた。

「では最後の舞を、帝に」

舞を終えて少女が去ると、人知れず帝は涙した。

「…許せ、鬼の子」



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 高橋洋子『眩惑の海から』★
★ 明日香(from天地雅楽)『時空の風』 ★
★ 藤田和日郎『からくりの君』× MONKEY MAJIK×吉田兄弟『change』★

『【第59夜】 鬼事(おにごと)』のコメントより、ぐりーんすぷらうとさんからのリクエストで、日本古来の遊びシリーズというのがあったのですが、先にこちらが浮かんでしまい、UPを。(すみません!ぐりーんすぷらうとさん><)

最近微妙に続くものが多くなってます。なるべくその都度、それだけでも読める短編にできたらと思っていますが…。よろしくお付き合いください^^

① 高橋洋子『眩惑の海から』
https://www.youtube.com/watch?v=9WgPm_8RyqU
今のところ、物語にあいそうな世界観ならこれ。某サイトの安藤裕子さん作業用BGMにあったからてっきり彼女の曲かと勘違いしてました。

② 明日香(from天地雅楽)『時空の風』
http://nicoviewer.net/sm11517920
この音楽のおかげで続きが書けそうです。

③ 藤田和日郎『からくりの君』(『藤田和日郎短編集 夜の歌』に収録)
http://sokuyomi.jp/product/fuzitakazu_001/CO/1/
http://nicoviewer.net/sm1566932
個人的に超名作だと思っている時代モノ短編漫画。その映像化も少年漫画の良さを凝縮したような濃い40分間。いつかこんな感じの世界観を目指せればいいなあ。舞だけではなく、アクションも書きたいと思ってるので。(UPしたのは試し読み&映像化作品←右下の吹き出しを押すとコメントが消えるかと)残虐な場面も多いと思うので血とか苦手な方はご注意を!

③ MONKEY MAJIK×吉田兄弟『change』
http://www.youtube.com/watch?v=IJ50Je5nZPU
http://www.youtube.com/watch?v=jASQyzMlVtc
吉田兄弟の三味線がまたいい味、出してます。運動会や体育祭の開会式でよく使われるとのこと。いいなー、最近の学校はカッコいいんだなあ。下は『からくりの君』の人気MAD。素人さんが作ったそう。みんな上手い編集するなあ。

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前回UPした【第67夜】知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)には、もう一つ違った結末がありました。せっかくなので、UPを。もし、興味のある方がいたらどうぞ~。

↓もう一つの結末ver.です(ラストだけ少し違います。*が目印です)↓


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「おや、ムハンマド。また来たのかい?」

ムハンマドと呼ばれた少年は、豊かな髭をたくわえた男に大きな声で挨拶をした。

「こんにちは、館長さん!今日も物語を聞きに来ました」

館長と呼ばれた男は笑顔で少年を迎えた。

「お入り、ムハンマド。ようこそ、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』へ」

ここは今から約1100年前のイラク、バグダッド。

当時、この地はユーラシア最大の都市として栄えていた。カリフ(※王または指導者の称号)と呼ばれるイスラム最高権威者のもと大きな争いもなく、人々は明るく豊かに暮らしていた。

チグリス・ユーフラテス両河が生んだ肥沃な土地は陸路・水路ともに他民族との交易を盛んにし、北東はイラン、北西はシリア、南西はメッカの方向、南東はチグリス川へと繋がり、その中心であるバグダッドは莫大な富を手に入れ、大いに繁栄した。この地が「世界の十字路」または「平和の都(マディーナト・アッサラーム)」と呼ばれるゆえんである。

交易が運ぶのは何も金や名声、食料や物だけではなかった。知識や文化も運んきた。

時のカリフはそこに目を付け、国の知識・文化レベルを上げるため、古今東西の文献をイスラムの言語であるアラビア語に翻訳することを国家事業とした。

その担い手となった場所が、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』である。
世界の知識の宝庫として、世界の大図書館として、何十万という蔵書が収蔵された。

そこに毎日のように通いつめる少年がいた。先ほどの少年、ムハンマドである。

「妹はすっかりシンドバッドの虜なんです。いっぱい笑うようになって、これも館長さんのおかげです」

ムハンマドはある日、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の扉を叩いた。

館長が事情をきくと、病で伏せている妹のために面白い物語を聞かせてやりたいと言う。自分が覚えた昔話や童話は底をつき、途方に暮れてしまった。そこで『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の噂を聞いた。

なんでも『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の住人たちに知らないものなどないらしい。彼らに聞けば、面白い物語を教えてくれるにちがいない。そう信じて、ムハンマドはここにやって来たのだ。

「さて、昨日はどこまで話したかな?」

館長は翻訳作業部屋にムハンマドを案内すると、腰を下ろした。ムハンマドもそれにならう。

「シンドバッドが深い谷底に落ちたところです」

作業部屋では『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の住人たちがそれぞれの翻訳作業に没頭していた。最初は彼らの邪魔になるのではないかとおそれたムハンマドだったが、自分など眼中にないことをすぐに知ることとなった。彼らの集中力は高く、こちらが息をのむほどの凄まじい速さで筆を走らせていた。もしかしたら、自分の存在すら気づいてないのかもしれない。

「おお、そうだったな。航海に出たシンドバッドは、上陸した無人島に置き去りにされてしまった。島には巨大な鳥がいて、その足に自分自身を結びつけて脱出するが、ついた先はダイアモンド鉱石で構成された峻険な山に囲まれた谷間だった…ここまでだったかな?」
「はい。とても気になるところで終わってしまって、妹に続きをせがまれて大変でした。僕もまだ続きを知らないんですから、話すことなんてできませんし…」

館長はふっと笑った。

「それは少し気の毒なことをしたね。でも、物語は昔から気になるところで終わり、次回に続くものなんだよ。その方が、より楽しみが増すだろう?」
「そうか、それもそうですね」

ムハンマドはにっこりした。しかし、その目は妹に負けないくらい輝いている。兄妹そろって好奇心旺盛なのだろう。館長は立派な髭を軽く整えると、口を開けた。

「さあ、続きを話そう。シンドバッドの落ちた谷底には大蛇がうようよしていた」

それを聞いてムハンマドの顔は青くなった。

「…大蛇って、蛇のことですか?」
「そうだよ。巨大な蛇だ。とても怖いだろう?だから、シンドバッドは逃げ場を探したんだ。すると、骨付き肉が落ちていた」
「骨付き肉?」
「…ムハンマドは骨付き肉を知らないのかい?」

頷くムハンマドに館長は咳払いをして訂正した。

「骨付き肉ではないな。確か…あれはそう、切り落とされた羊の生肉だったな」

ムハンマドの納得した様子に安心して館長は続けた。

「それは、こういう険しい場所でダイアモンドを採取するための仕掛けだったんだよ。付近の住人は羊の生肉を崖から落として鉱石を肉に食い込ませ、それを巨大な鳥たちが運び上げるのを待って奪い、肉からダイアモンドを取り出したんだ」
「頭がいいなあ。ダイヤモンドってきれいな石ですよね?」
「そうだよ。もっとも固い鉱石と言われている」

妹に見せてやりたい、ムハンマドは自分も見たことのない石に思いを馳せているのかもしれない。

「話を戻そう。シンドバッドは落ちているダイアモンドを掻き集めると、肉に自分自身を縛りつけた」
「え?まさかシンドバッドは…」
「そう、巨大な鳥がその肉を、取りにくるのを待ったんだね。やがて鳥が飛んできた…」

館長の絶妙の間に、ムハンマドの鼓動は高鳴った。ごくりと息をのむ音がはっきりと聞こえてくる。

「でも、恐怖は一瞬だった。気づけば、シンドバッドは宙に浮いていたんだ。彼は崖にいた住人たちの手を借りて、鳥の手を逃れ、こうして脱出を果たしたんだ。もちろん、住人たちにお礼としてダイヤモンドを渡したよ。でも、自分の分もちゃっかりポケットにしまっていただろうね」

手に汗を握っていたムハンマドは大きく息を吐いた。それから、拍手をして感動を伝えた。

「シンドバッドは、すごいなあ!いつも絶体絶命の危機を乗り越えて、笑っているんだから!!」

その感想に、館長は満足げに微笑んだ。

「さあ、今日はここまでだよ。家に帰って妹に聞かせてやるといい。続きはまた来た時にしよう」

ムハンマドはまた大きな声で挨拶をすると、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』を元気よく後にした。

ムハンマドを見送った館長が作業部屋に戻ると、翻訳に没頭していた住人たちが急に筆を止め、顔を上げた。

「帰ったな」
「帰りましたね」
「行ったようだな」
「行っちゃいましたね」

そして住人たちは同時に、安堵のため息をもらした。

「だから、言ったじゃないですか!骨付き肉なんて、最近の若い子は知らないって!」

住人の中でも一番年の若い男が声をあげた。

「何を言うんだ!若いたって、お前は30代だろう?肉っていったら、骨付き肉!あれは、先祖代々わしらのロマンだったんじゃ!」

一番年長者である老人も負けじと声を張り上げ、反論した。

「何がロマンだ!イスラムは肉がほとんど禁止じゃないか。とっさに館長が僕らのよく食べる羊の肉にかえてくれたけど、超不自然でしたね!僕はムハンマドにあやしまれないか、ヒヤヒヤしっぱなしでしたよ…」

老人もそこは素直に反省をしているようで、小さい体をより小さくさせた。そこをとりなすのが館長の役目だった。

「まあまあ、スリリングなのは面白い物語の醍醐味だろう?」
「語り部がスリリングで、どうするんですかっ!?」

30代男の容赦ないつっこみに、館長も他の翻訳者たちも、愉快そうに笑った。

「いいじゃないか。ムハンマドのおかげで、こうして私たちも笑顔になれるんだから」

本当は物語なんて、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』には、まだ存在しない。彼らは膨大な数の文献、主に哲学や医学、天文学などと格闘していたのである。

しかし、思いつめた少年が訪れたあの日、その事情をきいた住人たちは、とっさに頷いてしまった。「面白い物語が、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』にある」と。

「私はよく覚えているよ。私がムハンマドの事情をここできいていると、みんな鼻をすすったり、目頭をおさえたり、無言の圧力をかけてきてくれたことを…」

恥ずかしそうに頭を下げる住人たちに、館長は面白がって笑顔で続けた。

「それに、『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の住人たちに知らないものはないと言われたら、期待にこたえないわけにはいかない。そうだろう?」

館長の絶妙の間は、ここでも健在だった。

「さあ、心優しい少年のために物語の続きを一緒に考えてくれ。みんな一緒なら、より素敵な物語ができるだろう」

住人たちは観念したように笑った。
今夜も残業になるな。まあ、それも悪くないか、と思いながら…。


   *


ムハンマドと呼ばれていた少年は、街一番活気のあるバザール(市場)を目指して走っていた。

「あ、いたいた!王子、どこに行かれてたんですか?」

王子と呼ばれ、少年は馴染み深い顔に手を振った。

「悪い。ちょっとまた近くを散歩していた」
「バザールの中を探してもいないから、焦りましたよ」

少年は優雅に笑った。平民の装いをしていても、どこか品の良さが香る。声をかけた男はあきれた。

「毎日、王宮を抜け出して…全く!少しは私の身にもなって下さいよ」
「すまんすまん、実は面白い場所を見つけてな」
「…面白い場所?」
「ああ。知恵者が住むというから、どんなところか気になって訪ねてみたのだ。すると、これが中々面白くてな。…私がカリフになったら、王宮に招いてやってもいい。その前に私の正体に気づけばの話だが…」

思い出し笑いをする王子に、世話係の男は肩をすくめた。

「はいはい。よくわかりませんが、ハールーン王子が楽しかったことだけはわかりましたよ。さあ、早く妹君のお土産を買って帰りましょう」
「アッバーサは物語があれば充分だろう」
「は?」
「いやいや、早く元気になるよう精のつくものを買っていくか」

王子は少し思案してから、手を叩いた。

「そうだ!骨付き肉とやらはどうだろう?」

著者不明の『アラビアンナイト(千一夜物語)』はここバクダッドで生まれ、長く語り継がれることになる。その物語の中で一人、実在の人物がいた。度々王宮を抜け出して、街に繰り出す風流な王…。

彼の名は、ハールーン・アッ=ラシード。アッバース朝全盛期のカリフである。

もしかしたら、『アラビアンナイト(千一夜物語)』は、彼と『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』の住人たちとの出会いが生んた物語だったのかもしれない。

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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ NHKスペシャル『文明の道⑥バグダッド大いなる知恵の都』×the guitar plus me『highway through desert』★

私が書く物語は、半分フィクション感覚でお読みになって下さると嬉しいです^^

① NHKスペシャル『文明の道⑥バグダッド大いなる知恵の都』
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2003/1012/
【第63夜】往復書簡と今回ので、初めて世界史に挑戦しましたが、どうだったでしょうか?私は知らない歴史だったんですけど、世界史の授業ではふれるところだったのかな?ちょっとふざけすぎたかも。

② the guitar plus me『highway through desert』
http://www.youtube.com/watch?v=a93AVCDfqn0
前にUPした【第63夜】往復書簡 も彼らを聞いていたのですが、なんとなく今回もこれを聞いてました。優しい物語を書きたくなる音楽なのかな?

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