こちらの物語は、にほんブログ村記事トーナメントで優勝することができたものです。
20歳くらいの時に書いたものなので、まだ青いというか…でも、最後の終わらせ方とか今と変わらない感じも見受けられたり。じゃあ、今も青いままなのかなとも思ったり。
みなさま、その節は応援して頂き、本当にありがとうございました!
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大学時代の友人が、個展を開くから来いと連絡してきたのは、一週間も前のことだ。
仕事が忙しくて、すっかり忘れていた。友情とは、時にこんなものである。彼とは実に卒業してから二十年ぐらいあっていなかった。根っからの芸術肌にして変人。彼という人間に、これ以上もこれ以下の説明もいらないだろう。実に的確で安易な説明である。
その日は仕事が早く片付いたが、なぜかまっすぐ家に帰る気がしなかった。まだ時間も充分にある。どこかにでも立ち寄ろうか。そこで彼のことを思い出し、急遽個展に訪れることにしたのだった。本当に何の気なしに行くことにしたのである。
『―お前はたぶん、ずっと引きずるタイプだな…』
彼が悟ったようによく言っていた台詞をふと思い出す。芸術家に必要な感性はもちろんのこと、彼には鋭い洞察力があった。その度に私はとぼけ、笑い流していた。若かった、としか他にいいようがない。
恵比寿の落ち着いた一角に、彼の個展が行われている小さなギャラリーがあった。
『 同窓絵(どうそうかい)・ハラ シュウゴ 』
入り口にこの個展のタイトルと彼の名がシンプルに飾られていた。
― 同窓絵(どうそうかい)―
そういえば、彼はいつも人の度肝を抜くのを楽しんでいた。きっと今回も何かをしかけているに違いない。さて、一体どんな作品が並んでいるか拝ませてもらおうじゃないか。久しぶりに高鳴る胸を抑えながら、私はゆっくりとギャラリーの扉を開けた。
「お、やっと来てくれたのか」
久しぶりにあった友人を前にしての、彼の第一声がこれだった。変わらずの皮肉交じり。だが、下手に再会の挨拶なんかされるよりずっといい。あの頃のまま変わりなく接してくれる方が、むしろ嬉しいものだ。外見も恰好も、彼は昔とあまりかわらないようである。若さにあふれた精悍な顔つき。私たちの年代で白シャツにジーンズがいまだに爽やかに着こなせるのも彼ぐらいだろう。なんともうらやましい限りだった。
「変人のお前がやっと個展を出すに至ったからな。来なきゃいかんだろ」
彼も私の言葉を素直に喜んでいた。
「とにかくお前が来てくれて助かった。今なら誰もいないから、俺の絵を大いに堪能できるぞ。ちなみに俺は、ちょっと出かけないといけないから、しばらく留守番を頼む」
彼はそれだけ言うと、引き止める私を無視して、そそくさと行ってしまったのである。私はしばらく唖然としていたが、実に彼らしいと思ってつい吹き出し、一人で笑ってしまった。
取り残された私は人がいないことをいいことに、せっかくだからと友の力作を一つ一つ拝見させてもらうことにした。
一枚目の作品。『桜並木』
桜が永遠と遠くまで続いている。淡い薄紅色の花弁は満開をうたっていた。その木の下を行く人は、さも幸福に続く道を歩いているかに見える。これは見たことのある風景だった。…ああ、そうだ。これは私たちの大学の桜並木だ。
―ねぇ、ここの桜は特別だと思わない?
いつもこういうのは不意打ちだ。ずっと忘れていたのに、些細なことで簡単に記憶というのは蘇ってしまうものだ。
―そうかな。まあ、わからなくもないけど。
―冷めてるわね。
彼女は若く美しくて男連中に人気だった。私は彼女と学籍番号が近かったおかげで、親しくなれたのだ。
―自然を愛でる心がないと、自分なんてすぐ枯れちゃうわよ?早々とおじさんになっちゃうわ。
彼女は桜を眩しそうに見つめていた。細めた目元には、かわいらしい泣きぼくろがあった。
―そんなもんかな?
―そんなもんよ。
確かにあっという間の二十年だった。自然を愛でる心のなかった私にとっては。…あの彼女はどう過ごしてきたのだろうか?
二枚目の作品。『夏祭り』
大学近くの商店街での祭り。その様子が色濃いタッチでいきいきと描写されている。風車がいっぱい並んだ夜店を背景に浴衣を着た子供たちが楽しそうにはしゃいでいた。普通の人ならこの絵を見て、それで終わるのかもしれない。でもこの光景にも、私は見覚えがあった。
…あいつ、もしや盗み見ていたのか?
―子供たち、かわいいでしょう?
彼女に誘われ、ともに夏祭りにでかけたことがある。
―子供は好き?
最初はデートかと思っていたが、いかんせん、それは勘違いであった。
―う、うん。まあね…。君は?
―好きよ。だって、真っ直ぐだもの。
大学のボランティアサークルに入っていた彼女は事情があって親元を離れて暮らす子供たちの世話をしていた。その子たちを連れての祭りだったのある。私は彼女にいいところを見せようと奮闘したが、なぜか邪魔が入り、中々彼女に近づけなかった。今にして思えば、勘の鋭い子供たちにしっかりガードされていたのだろう。彼らにあれがしたい、これがしたい、とせがまれ、ひきまわされた記憶しかない。これは私の苦い思い出である。子供嫌いになった原因といってもいい。
なるほど、あいつは私たちをつけていたんだな。彼から見たら、私の青臭い姿なぞ、実に滑稽だったろう。
三枚目の作品。『落日』
夕日が沈む。暮れゆく場所は淋しげであった。季節は秋。心苦しい光景だった。そこは病院の入り口だった。気のせいか、片隅にひっそり捨てられているものがある。それは私だけしか知らないものだった。
…ストーカーもほどほどにしとけよ…。
私は顔を覆いたくなった。あいつ、いったいどこまで見ていたのだ。悪趣味すぎるぞ。その病院は私が彼女にふられた場所であった。彼女が盲腸で入院したと聞いて、私は花束を片手に見舞いに行った。しかし、彼女の病室には先客がいて、私は会うことができなかった。いたのは知らない男だった。その男と彼女は抱き合っていた。それを目の当たりにして、私は声をかけることもできず、足早にそこを後にしたのである。無意識に玄関に花束を投げ捨てていた。
そういえば、学生寮に帰ってすぐに酒をあおり、彼に散々愚痴った気もする。女々しいことも言ってしまったかもしれない。それを憶えていて描いたのだろうか。それにしても、私の記憶そのままだった。
『―お前はたぶん、ずっと引きずるタイプだな…』
お前は正しいよ、シュウゴ。二十年たっても俺は覚えている。この絵を見て胸が痛くなっている。成長していない自分にあきれるな。私は自嘲した。仕事に追われた結果、それなりの社会的地位も手に入れた。結婚もした。過去のあの因縁のせいか子供には恵まれず、結局妻とはそれが原因で別れたが…。それなりの自分の人生に満足していたはずである。…だのに、なぜこんなにも今、胸が苦しくなっているのだろう。
『―俺がどうしてか教えてやるよ…その時がきたらな』
「シュウゴ君、ごめんなさい!遅れてしまって。渋滞がすごくて」
いきなりギャラリーの扉が開き、声高な女性が入ってきた。
私は彼女を見つめ、立ち尽くした。髪を束ね、品のいいグレーのスーツを着た女性。年を重ねて皺が多くなってはいたが、目元には覚えのある、かわいらしい泣きぼくろがあった。
彼女は一人しかいない私に気づくと、その細い手で、はっと口元を抑えた。その指に指輪はなかった。
私たちのあいだにあったのは二十年という時間でもなかったのかもしれない。
あったのは四枚目の作品…。
「元気?」
どちらからともなく、声をかけ、笑いあった。
…タイトルは『再会』。
私があの時投げ捨て、彼女に渡せなかった花束。それが鮮やかに描かれていた。
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