過去世(かこせ)が、押し寄せる。

人の記憶のさらに奥底。根深く、根強く、巣食う過去世がある。

僕は、過去世(むかし)…………だった。

   *

天井の染みに、見覚えがあった。このかたちは…、

「…木の葉…」

じゃあ、ここはきっと保健室だ…。

「気が付いたか?」

保険医の宮村(男)が僕を見下ろしていた。視界にあったはずの木の葉が消える。

「僕はまた貧血で倒れたんですか?」

宮村はため息をついた。

「そうだよ。卒業式の練習中にバタンとな」
「すみません。また…」
「自覚してるなら、しっかり鉄分をとれ。あと、睡眠も。堀(ほり)、お前はもう大学に合格してるんだろう?今まで勉強してた時間は睡眠にあてろ。卒業式の本番中に倒れたら、シャレになんないぞ」
「…はい」

どこか上の空の僕に、宮村は長めの前髪をかきあげて苦笑した。

「…にしても、俺は最後の最後までお前がよくわからなかったよ。声をかけても、いつもそんなふうに、ぼんやりしてるし」
「ぼんやり?」
「上の空っていうか、心ここにあらずっていうか。…なんか魂、さまよってるっていうか…」

今度は僕が笑った。

「魂、さまよってるって、何ですか、それ?」
「俺が聞きたいんだけどな。…お前、まだ例の夢にうなされてるのか?」

この高校三年間、何度も貧血で倒れては保健室に、保険医の宮村の世話になった。たぶん担任以上に…。夢の話も宮村にだけ話していた。

「…なんだか最近もっとひどくなってる気がして…。頻繁に見るんです」
「時代劇みたいな夢だっけ?なんか大名行列みたいな」

僕は頷いた。

「それがここ最近はっきり見えるようになってきて。どうも大名行列じゃないかもしれません。提灯の明かりがそこかしこにあって、花びらが舞っていて、大勢の人がいて…。その中を着物を着た女の人が歩いてるんです」
「…女?」
「厚底の重そうな下駄をはいた女の人…。凄くきれいでした」

宮村は、笑った。

「なんだ、お前。夢の中の女にほれっちゃたか?報われない恋だねえ」

なんだか顔が熱くなった。

「ち、ちがいますよ…!」
「冗談だって。ムキになるなよ。たぶんお前のそれ、あれじゃないか?江戸時代の…」
「え?」
「花魁道中(おいらんどうちゅう)」

― わっちは幸せでありんす ― 

「花魁道中?」
「江戸時代に、吉原っていう遊郭街あってな。その中の遊女、花魁がやってたんだよ」

― わっちは幸せでありんす。ほんで(本当で)ありんすよ ―

「吉原の街中を着飾った花魁が練り歩くんだ」

― お前を必ず身請けするから ―

「花魁の花道だな。きっと相当な美女だぞ?」

― 約束でありんすよ ―

「堀(ほり)、どうした?また具合が悪くなったか?」
「……いえ、大丈夫です…」
「もう少し寝てろよ。そろそろお前の彼女が迎えに来るから」

…彼女?

「同じクラスの早川」
「早川さんは僕の彼女じゃないですよ。保健委員で毎回、僕の面倒を見てくれているだけで」
「まあまあ。早川には、さっきの美女の話はしねえから安心しな」
「だから、違うって…」

宮村はベッドから離れ、窓を開けた。春の訪れが近い。優しい風が宮村の前髪を揺らしている。額の美しさに、目を奪われる。

「先生はイケメンって女子が騒いでたけど、今までそんな気にならなかったな」
「は?」
「……なんとなく先生に似てるかも。その女の人」
「おーい、大丈夫か?俺は男だぞ。口説かれても、そういう趣味はない」
「…口説いてないし、僕もそんな趣味ないですよ。ただ、なんとなく憂いのある感じがあの女の人に似てるなあって」
「なんだ、幸薄い顔っていいたいのか?」
「そうそう」
「お前は喧嘩、売ってんのか」

笑うと宮村の笑顔は一気に華やいで、それもどこか夢の中の女の人に似ていた。

「堀君、大丈夫?」

保健室のドアが叩かれ、クラスの保健委員、早川さんが入ってきた。

「バッグ持ってきたよ。卒練(卒業式練習)も無事終わったから、一緒に帰ろう」
「バッグ、ありがとう。いつもごめんね」
「いいよ。帰りにもちろん、おごってくれるんでしょう?」

それを聞いていた宮村はすかさず、つっこんだ。

「ちゃっかりしてるなあ、早川は」

笑い声が風にのる。僕が貧血で倒れ、先生が看護し、早川さんのお迎えが来る。これが僕の高校三年間の保健室の思い出だった。先生と早川さんとたくさん談笑した。そんな時間も卒業まであと少し。ちょっぴりさびしいと思っているのは、僕だけだろうか?

頻繁に保健室行きになる僕は早川さんに毎回頭を下げていた。それを気遣ってか、彼女は帰りに学校近くの駄菓子屋で奢ることでチャラにしようと提案してくれた。彼女は駄菓子屋が好きらしい。お店のレトロな雰囲気がいいの、とよく言っていた。駄菓子屋なら安いし、高校生のお財布でも特に問題ない。

「また金平糖?」

行きつけの駄菓子屋に着くと、早川さんはやっぱりそれを手にとった。

「お気に入りなの。キラキラしてきれいじゃない?」
「ただの砂糖菓子じゃん?」
「知らないの?昔はすごい高価な食べ物だったんだよ。今はこうやってすぐ手に入れられるけど」
「思うんだけど、早川さんって古風だよね。駄菓子屋をセレクトするあたり。髪もおさげだし。こだわりでもあるの?」
「特には。ただ昔っぽいものにふれてると、安心するんだよね。田舎のおばあちゃんちに行った時の感覚に似てるかも」
「ふうん」

やっぱり古風だ。

「覚えてないかもしれないけど、初めてここの駄菓子屋に来た時、堀君が最初に選んでくれたのが金平糖だったんだよ」
「え?」
「やっぱり覚えてなかったんだ…」
「え、そうだっけ?」
「懐かしそうに、真っ先にそれをとってね。私が選ぶ間もなく、『これでいいよね!』って、勝手に決めちゃってさ。普段は大人しいのに、そんなところで押しが強いんだってちょっと面白かった」

全然覚えてなかった。

「だからね、てっきり堀君が金平糖を好きなのかってしばらく思ってたんだ。でも、違ったみたいだね?」
「う~ん?」

駄目だ。思い出せない。自分の行動を忘れるとか、ちょっとやばいかも…。

「真剣に悩まなくていいよ。堀君が忘れっぽいのは、よく知ってるから」
「え?」
「…ううん、なんでもない。それより、卒業式の本番は倒れないでね。約束よ!」

   *

過去世が、押し寄せる。

その花魁に思いを寄せる男は大勢いたから、彼女の身請け話は吉原で大きな話題となった。

― わっちは幸せでありんす ― 

身請けする男の肩にもたれ、花魁は微笑んだ。まさか自分が愛する男に身請けされるとは、思ってもみなかった。なぜ、男は自分を身請けすると言ってくれたのだろう?なぜ、自分をこんなにも愛してくれたのだろう?

― 一葉(いちよう)は、俺に似ているから。いつもぼんやりと遠くを見つめている。誰にも心を渡さない。それが自分と重なったのかもしれない ―

― それは可愛げのない女でした ― 

― そうだね。でも、俺にはそれが可愛かったのかもしれない。 お前を必ず身請けするから― 

可愛げのない女を男は静かに愛してくれた。それはどの客、どの男からも、一葉は感じることはなかった。この男だけだった。

― わっちは幸せでありんす。ほんで(本当で)ありんすよ ―

― さあ、一葉。お前の好きな金平糖を買ってきたんだ。一緒に食べよう ― 

― いつまでも一緒。約束でありんすよ ―

きらきらした金平糖は、まるで一葉のこれからの未来の輝きだ。もうすぐ、自分はそれを手に入れる。身請けされ、吉原から解放され、愛する男のもとへ嫁ぐ。

幸せは目の前…、そのはずだった。

   *

天井の染みに、見覚えがあった。このかたちは…、

「…木の葉…」

じゃあ、ここはきっと保健室だ…。

「気が付いたか?」

保険医の宮村が僕を見下ろしていた。視界にあったはずの木の葉が消える。

「僕はまた貧血で倒れたんですか?」

宮村はため息をついた。

「そうだよ。卒業式中にバタンとな」
「すみません。結局、卒業式まで…」
「自覚してるなら、しっかり鉄分をとれ。あと、睡眠も。堀、卒業したら、俺も早川も、お前のそばにいないんだぞ」
「…はい」

どこか上の空の僕に、宮村は長めの前髪をかきあげて苦笑した。

「…にしても、俺は本当に最後の最後までお前がよくわからなかったよ。声をかけても、いつもそんなふうに、ぼんやりしてるし。上の空っていうか、心ここにあらずっていうか。…なんか魂、さまよってるっていうか…」

今度は僕が笑った。

「魂、さまよってるって。…本当にその通りでした。笑えますよね」
「…どうした?お前、また例の夢にうなされたか?」

起き上がって、僕は頷いた。

「先生、僕は先生があの花魁かと思ってたんです」

宮村は、笑った。

「違ったのか?」
「はい、違いました。あの花魁は、僕だったんですね。自分が過去世(むかし)、花魁だったなんて驚きましたよ。でも、もっと驚いたのは、身請けしてくれるはずの男です。あれは、先生でしょう?」

宮村は、何も言わなかった。それが、返事だと思った。

「でも、僕は身請けされなかった。身請けされる前に、その男は殺されてしまったから。僕の客の一人に恨まれて」
「なんだ、俺。夢の中の花魁にほれっちゃたか?報われない恋だねえ」

きっと僕はおかしなことを言っている。現実離れした奇妙な夢の話の続きを。かつてあったかもしれない哀しい過去世話(むかしばなし)を…。

宮村は少し面倒臭そうに、語りだした。

「お前の夢の話に付き合うなら、その男は花魁にこう言いたかったんじゃないか。『俺も幸せだった。お前は何度も言ってくれたのに、俺はそれを伝えられなかった。すまない。俺も本当に幸せだったよ』…なあ、これで満足か?」

― わっちは幸せでありんす。ほんでありんすよ ―
― お前を必ず身請けするから ―
― いつまでも一緒。約束でありんすよ ―

過去世が、感情の波が、押し寄せる。僕はどうしてしまったのだろう。これは単なる、過去世話(むかしばなし)だ。そうに決まっている。でも、涙があふれた。

先生が近づいてきて、静かに僕の肩を抱いてくれた。夢の中で、男の肩にもたれていたことを思い出す。僕はもうそうすることができない。それを思うと胸が痛んだ。

「もう少し寝てろよ。そろそろお前の彼女が迎えに来るから」
「だから、違うって。早川さんは僕の彼女じゃないですよ」
「早川には、夢の話はしねえから安心しな」

宮村は僕から離れ、窓を開けた。優しい春風が宮村の前髪を揺らしている。額の美しさに、目を奪われる。

「先生?」
「ん?」
「今まで本当にありがとうございました」

僕がそう言うと、宮村はあの笑顔を見せてくれた。僕の心は一気に華いだ。…そうか。だから、花魁もあんな華やかな笑顔をしていたのだ。でも、それは過去世話(むかしばなし)…。僕らの別れの時が迫っていた。

「堀君、大丈夫?」

保健室のドアが叩かれ、早川さんが入ってきた。

「卒業式終わったから、一緒に帰ろうって…あ!私、堀君のバッグを持ってくるの忘れちゃった!」
「いいよいいよ。いつもごめんね。僕、自分でとって来るから」

そう言って、早川さんに涙が見えないように僕は慌てて保健室を飛び出した。

   *

過去世が、押し寄せる。

人の記憶のさらに奥底。根深く、根強く、巣食う過去世がある。

僕は、過去世(むかし)、花魁だった。






…そう。

私は、それを知っている。

だって、あなたの一番近くにいたのは私だから…。

   *

「ちゃっかりしてるなあ、早川は。わざとバッグ持ってくるの忘れやがって。でも、これで本当に良かったのか?」
「うん。先生が雰囲気、似てて助かりました。ありがとうございました」
「良いのか、真実を伝えなくて。…本当はお前がその身請けする男だったんだろう?」

私は笑って言った。

「先生は前世とか過去世とか、信じますか?― もしあったとして。私、堀君にはそういうの縛られてほしくないんです。彼は過去世(むかし)、ずっと自由じゃなかったから。外の世界を、もっともっと知ってほしい。それに私も、誰かにまた恨まれて殺されたくないし…」

同じ運命がめぐって来るかもしれない。一緒にいられず、約束を果たせず、私はまた彼を泣かせてしまうかもしれない。

「それにね。本当に縁があるなら、ここで別れたとしてもまたどこかで何かあると思うんです。そのくらいの気持ちでいいかなって」
「お前は堀が大好きなんだな」
「先生が真面目な顔して言わないで下さい、そういうこと」

なんだか顔が熱くなった。

「カワイイなあ、早川は。先生がなぐさめてやろう!卒業おめでとう!」
「もう。なぐさめる気なんて全然ないんだからー!」

でも、先生の笑顔に密かに救われてたと思う。だって、過去世(むかし)の自分が笑っているような気がしたから。大丈夫。きっともう後悔はない。

   *

「また金平糖?」

行きつけの駄菓子屋に着くと、堀君はやっぱりそれを手にした。

「最後の駄菓子屋だから、堀君が選ぶっていってくれたのに…結局、また金平糖なんだね」
「早川さんのお気に入りなんでしょう。キラキラしてきれいで好きって言ってなかった?」
「ただの砂糖菓子じゃん?って言ってた人もいたけど?」
「う~ん、誰かなあ?」

とぼける彼がかわいかった。堀君がずっと背負っていた憂いのある影はもうない。きっと先生とのやりとりのおかげで過去世から解放されたんだろう。これで安心して別れることができる。私が一人満足していると、堀君が言った。

「覚えてないかもしれないけど、初めてここの駄菓子屋に来た時、金平糖を手にする早川さんがさ、凄い嬉しそうにしてたんだよね」
「え、そうだっけ?」
「僕が金平糖を持ってるのを見て、『それがいい』って飛びついてさ。ちょっと面白かった」

全然覚えてなかった。

「だからね、てっきり早川さんが金平糖を好きなんだってずっと思ってた。でも、少し違ったみたいだね?」
「…え?」
「きっと僕たちふたりが金平糖を好きだったんじゃないかな?」

― いつまでも一緒。約束でありんすよ ―

「忘れっぽくてごめんね。約束も思い出したよ。過去世(むかし)、いつも僕がもらってばかりだったから、今度は僕が金平糖をあげたかったんだ」

そう言って彼は私の手のひらにのせてくれた。きらきらした金平糖は、まるで私たちのこれからの未来の輝きだ。幸せは目の前…?そう言っているのだろうか?

「…先生とふたりで私を騙したの?」
「騙したのはお互い様だよね。大丈夫。心配いらないよ。きっと運命って変えられると思うんだ。だって、僕らには心強い味方がいるから」

彼が後ろを指差す。振り向くと、さっき別れたはずの人がそこにいた。

「宮村先生…」

先生は少し面倒臭そうに、語りだした。

「早川、お前のさっきの質問に付き合うなら、俺の答えはこうだ」

― 先生は前世とか過去世とか、信じますか?― 

「知らん!ただお前らの運命に巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ!」

口ではそんなことを言って、ここに来てくれた。それが先生の本当の答え。

「…なあ、これで満足か?」

私は思わず抱きついてしまった。しっかり受け止めてくれる先生がいる。私は泣きたくなった。

「…先生、大好き!」
「こら、早川!抱きつくのも、告白するのも、相手が違うだろう?…ったく。堀、いいのか?今日の早川はカワイイから俺的にはちょっとアリだぞ」
「こら、先生!ちゃっかりギュッとしない!!ふたりとも離れてー」

と、堀君が間(あいだ)に入る。でも、その顔は笑っていた。忘れられない、あの華やかな笑顔で。

「それじゃ、保健室で僕の卒業式の続きをしましょうか。途中退場しちゃったんで」
「面倒くせーな。じゃあ、お前。一人で『仰げば尊し』を歌えよ?」
「先生が一人で『蛍の光』を歌ってくれるならいいですよ?」
「なんで俺が後輩なんだよ!」

笑い声が春風にのる。そうだね。堀君の言う通り、運命なんて変えられるかもしれない。目の前にいる、ふたりと一緒なら。そう思えることが、きっと大事なんだ。

「僕、卒業証書をきちんともらってないから、頼みますよ!」

あくまで卒業式の続きにこだわる彼に私と先生は同時に声を上げた。

「…やってもいいけど、今度は絶対倒れるなよ!」


=====================================

=影響を受けた作品のご紹介=

ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ moumoon 『Evergreen』 × 潮見知佳『ゆかりズム』 ★

4月に物語を書けなくなってしまった時期があって、その時に手を付けてたのがたぶんこの物語。私が書けなくなるのはたいてい書くのが、物語の声を聞くのが怖くなるのが原因なんですけど、前回紹介したmoumoon さんの『Evergreen』を聞いていたら、創作意欲がわいて、再度挑戦することができました。なんだ。書いてみるとけっこう明るい話じゃないか。なんだなんだ。

① moumoon 『Evergreen』
曲によって全然雰囲気の違う彼ら。主題歌を担当した映画の映像も一緒にどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=YIQr41gUof8

② 潮見知佳『ゆかりズム』
美麗な絵だなと見る度、思います。少し不思議な世界観のお話を書くのがとてもうまい方。「過去世」と言う言葉はこの漫画で知ったんですけど、私の物語より断然すごいです。前世ものが好きな方は必見。後半に過去世が現世を寝食し始める場面があるんですけど、あれを文章でなんとか書けないものかと思い、今回この物語が生まれました。でも、結局書けずじまいだったな。
http://booklive.jp/feature/index/id/historycf


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目を、開けた。

…知らない天井。

…知らない部屋。

…知らないベッド。

…知らない女。

…え、知らない女!?

飛び起きて、同じベッドの中にいた女を確認。彼女は、まだすやすやと眠っている。

…何してんの?何やってんの、俺!?

焦ってるのか、パニックに陥っているのか、記憶を巻き戻しても何も思い出せない。ダーッと冷や汗が出た。

…どうすんの?マジどうすんの、俺!?

「…おはよう」

彼女が起きてしまった。ヤバい!

「…あ、もう朝か…」

時計を確認し、ゆっくり起き上がる。きっと顔面蒼白になっているだろう俺を見た彼女は、ぷっと吹き出した。

「面白い顔!」

…え、笑うところ?ここ、笑うところですか!?

「そっか。今のあなたとは『はじめまして』になるのか」

落ち着いている彼女とそのセリフに、俺はぽかんとする。

「私はハローって言うの。はじめまして、グッバイ」

…グッバイ?

「あなたの名前よ。それもまだ思い出せない?」

俺は頷いた。

「大丈夫。少しずつ思い出すわ」

彼女はさらに微笑んだ。安心する笑顔だなと思った。

「はじめまして、グッバイ。ようこそ、現代へ」

ハローと名乗った女はベーコンエッグとトーストをキッチンでささっと作り、机に並べる。家の勝手を知った様子に、ここは彼女の部屋だとわかった。

「お腹、すいてない?」
「……全然!お構いなく!」

ていうか、素っ裸でベッドから出られないのが本音だ。どこにいった、なんで近くにないんだ俺の服!?

「ごめんごめん。そうだよね。時間を飛び越えると、なぜかいつも身に着けてるものがすべて消えて困るって言ってったけ。待ってて。何か着れそうな物を持ってくるから」

ハローは笑いながら、クローゼットに向かった。そして、そこから俺がきれそうな服を一式取り出した。それを受け取った俺は、気になっていたことを聞いてみた。

「…さっきの時間を飛び越えるって…?」

彼女はまた少し哀しげに微笑んだ。

「朝食を食べながら、あなたの話をしようか」

あまり食欲のない俺がコーヒーをすすっていると、目の前の彼女はこんがり焼けたトーストに手を伸ばした。てっきりバターでもぬるのかと思いきや、トーストの上にベーコンエッグをそのままのせてしまった。ん?なんだ、その天空の城を探す少年みたいな食べ方は。ベーコンも加わって、さらに好奇心も冒険心もUPしてるっぽいじゃないか…。

俺の視線に気づいた彼女はニッコリした。

「この食べ方、いいでしょう?あなたに教えてもらったんだ。なんか好きな映画に出てくるんだってね」

すみません。犯人、俺みたいでした…。でも、全然さっぱりこれっぽっちも覚えていません。すみません。

「正直言うと、記憶がないんだ。その食べ方を教えたのも…きみのことも。ごめん!」

たぶん元々、正直者の俺はあっさり白状し、頭を下げた。ハローは笑った。

「いいのよ、それで。言ったでしょう?今のあなたとは、『はじめまして』なんだから」
「それってどういうこと…?さっき言ってた時間を飛び越えるって何…?」
「そうそう、それそれ。その話をしなきゃ」

彼女はトーストを置いて、俺を見つめた。とてもキレイな目だった。

「あなたには、特別な力があるの」
「…特別な力…?」

彼女は軽く咳払いをしてから、こう言った。

「あなたはタイムトラベラーなの」

それは天空の城より、信じがたい驚くべき話だった…少なくとも俺にとっては。

ハローが言うには、俺はあることをきっかけに時間を飛び越える特殊能力を手に入れてしまったらしい。過去・未来を行き来できる時間旅行者つまりタイムトラベラーだという。いやいやいや、そんなSF話を誰が信じるかって…!

「だよね。信じないよね。わかる!わかるわー、その気持ち。私も最初信じられなかったもの」

ハローは「うんうん」と深く頷いてから、

「でも、あなたは目の前で消えたの。それを見て信じないわけにもいかなくて。しかも、それからひょこひょこあなたは私の前にしょっちゅうあらわれては消えるじゃない?」

いや、そう言われても…。

「こんな変な人、気にならない方がおかしいと思う。好きになっちゃうのもしょうがないよね?」

だから、そう言われても…って、ええ!?

「しかもあなたは会う度、年齢もてんでバラバラ。渋いおじさんだったり、カッコいいお兄さんだったり。自分の意志でいつでも好きな時間に飛び越えられるわけじゃないらしいの。いつも突然飛ばされて不意打ちをくらうって苦笑してた。初めてあった時、私はまだ幼くて、あなたはちょうど今くらいだったかな」
「きみは俺の恋人…?」

それを聞いた彼女は、また少し哀しげに微笑んだ。

「…どうだろう。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはあなたが決めて」
「え?」
「待つ方が決めるべきだって、あなたはいつも言ってたから。言われるたびに、辛かったな」

俺が戸惑っていると、彼女は語りだした。

「時間を飛び越えるきっかけはね、パラレルサインって言ってた」
「パラレルサイン…?」
「そう。ある日、目の前に『パラレルサイン』っていう文字が急に浮き出てきたんですって。それに触れてから過去と未来を行ったり来たりできるようになったみたい」

それ全然わからん。文字が急に浮き出てくるとか、他にも色々。意味不明すぎだろ。

「う~ん、やっぱり信じないか…。無理もないけど」

すると、彼女は顔をぐっと近づけてきて、

「だからね、これは体験してもらったほうが早いと思って。人を待つ身や諸々の感情も含めて知ってもらっといた方がいいと思う」
「は?」
「なんてね。私、本当は知ってるの。あなた自身この力に振り回されるのが嫌だったし、何より淋しがってる私のために何度もきっかけになった、この時間に飛ぼうとしてた。力を得るのを未然に防ごうとしていたこと」

と、さらにおかしなことを言い始めた。

「私ね、あなたに聞いたんだ。その力を手に入れた日はいつだったのか」

その目は真剣だった。

「ずっと、その日を待ってたのよ」
「え?」
「もしかしたら私のせいで過去や未来が少し変わるかもしれないけど。ごめんね」
「ごめんねって。ハロー、きみは…何を言っているんだ?」

それを聞いた彼女は最後に少し哀しげに微笑んだ。

「ようやく浮き出てきたのね。見つけたわ、パラレルサイン」

俺はあたりを見回したが、それらしきものはなかった。文字なんてどこにも浮き出ていない。

「…あなたの額に浮き出てる」

俺が自分の額に触れるより先に彼女は素早く言った。

「さようなら、グッバイ」

彼女は俺の額に優しくキスをすると、言ってた通り、姿を消してしまった。


    *


目を、開けた。

…知らない天井。

…知らない部屋。

…知らないベッド。

…知らない男。

…え、知らない男!?

飛び起きて、同じベッドの中にいた男を確認。彼は、まだすやすやと眠っている。

…何してんの?何やってんの、私!?

焦ってるのか、パニックに陥っているのか、記憶を巻き戻しても何も思い出せない。ダーッと冷や汗が出た。

…どうしよう?本当どうしよう、私!?

「…おはよう」

彼が起きてしまった。ヤバい!

「…あ、もう朝か…」

時計を確認し、ゆっくり起き上がる。きっと顔面蒼白になっているだろう私を見た彼は、ぷっと吹き出した。

「面白い顔!」

…え、笑うところ?ここ、笑うところですか!?

「そっか。今のきみとは『はじめまして』になるのか」

落ち着いている彼とそのセリフに、私はぽかんとする。

「俺はハローって言うんだ。はじめまして、グッバイ」

…グッバイ?

「きみの名前だよ。それもまだ思い出せない?」

私は頷いた。

「大丈夫。少しずつ思い出すから」

彼はさらに微笑んだ。安心する笑顔だなと思った。

「はじめまして、グッバイ。ようこそ、現代へ」

ハローと名乗った男はベーコンエッグとトーストをキッチンでささっと作り、机に並べる。家の勝手を知った様子に、ここは彼の部屋だとわかった。

「お腹、すいてない?」
「……全然!お構いなく!」

ていうか、素っ裸でベッドから出られないのが本音だ。どこにいったのよ、なんで近くにないの私の服!?

「ごめんごめん。そうだよね。時間を飛び越えると、なぜかいつも身に着けてるものがすべて消えて困るって言ってったけ。待ってて。何か着れそうな物を持ってくるから」

ハローは笑いながら、クローゼットに向かった。そして、そこから私がきれそうな服を一式取り出した。それを受け取った私は、気になっていたことを聞いてみた。

「…さっきの時間を飛び越えるって…?」

彼はまた少し哀しげに微笑んだ。

「朝食を食べながら、きみの話をしようか」

あまり食欲のない私がコーヒーをすすっていると、目の前の彼はこんがり焼けたトーストに手を伸ばした。てっきりバターでもぬるのかと思いきや、トーストの上にベーコンエッグをそのままのせてしまった。ん?なんだ、その天空の城を探す少年みたいな食べ方は。ベーコンも加わって、さらに好奇心も冒険心もUPしてるっぽいじゃない…。

私の視線に気づいた彼はニッコリした。

「この食べ方、いいだろう?きみに教えてもらったんだ。なんか好きな映画に出てくるんだってね」

すみません。犯人、私みたいでした…。でも、全然さっぱりこれっぽっちも覚えていません。すみません。

「正直言うと、記憶がないの。その食べ方を教えたのも…あなたのことも。ごめん!」

たぶん元々、正直者の私はあっさり白状し、頭を下げた。ハローは笑った。

「いいんだよ、それで。言っただろう?今のきみとは、『はじめまして』なんだから」
「それってどういうこと…?さっき言ってた時間を飛び越えるって何…?」
「そうそう、それそれ。その話をしなきゃ」

彼はトーストを置いて、私を見つめた。とてもキレイな目だった。

「きみには、特別な力があるんだ」
「…特別な力…?」

彼は軽く咳払いをしてから、こう言った。

「きみはタイムトラベラーなんだよ」

それは天空の城より、信じがたい驚くべき話だった…少なくとも私にとっては。

ハローが言うには、私はあることをきっかけに時間を飛び越える特殊能力を手に入れてしまったらしい。過去・未来を行き来できる時間旅行者つまりタイムトラベラーだという。いやいやいや、そんなSF話を誰が信じるかって…!

「だよね。信じないよね。わかる!わかるよー、その気持ち。俺も最初信じられなかったから」

ハローは「うんうん」と深く頷いてから、

「でも、きみは目の前で消えたんだ。それを見て信じないわけにもいかなくて。しかも、それからひょこひょこきみは俺の前にしょっちゅうあらわれては消えるじゃないか?」

いや、そう言われても…。

「こんな変な女、気にならない方がおかしいだろう。好きになるのもしょうがないよね?」

だから、そう言われても…って、ええ!?

「しかもきみは会う度、年齢もてんでバラバラ。素敵な熟女だったり、かわいいお姉さんだったり。自分の意志でいつでも好きな時間に飛び越えられるわけじゃないらしい。いつも突然飛ばされて不意打ちをくらうって苦笑してた。初めてあった時、俺はまだ幼くて、きみはちょうど今くらいだったかな」
「あなたは私の恋人…?」

それを聞いた彼は、また少し哀しげに微笑んだ。

「…どうだろう。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはきみが決めて」
「え?」
「待つ方が決めるべきだって、きみはいつも言ってたから。言われるたびに、辛かったな」

私が戸惑っていると、彼は語りだした。

「時間を飛び越えるきっかけはね、パラレルサインって言ってた」
「パラレルサイン…?」
「そう。ある日、目の前に『パラレルサイン』っていう文字が急に浮き出てきたんだってさ。それに触れてから過去と未来を行ったり来たりできるようになったらしいな」

それ全然わからない。文字が急に浮き出てくるとか、他にも色々。意味不明すぎでしょう。

「う~ん、やっぱり信じないか…。無理もないけど」

すると、彼は顔をぐっと近づけてきて、

「だからね、これは体験してもらったほうが早いと思って。人を待つ身や諸々の感情も含めて知ってもらっといた方がいいと思う」
「は?」
「なんてね。本当は気になってたんだ。会う度きみは、疲れているように見えた。時間を飛び越えることに何度も振り回されてさ。だから、俺は未然に防ごうと思っただけなんだ」

と、さらにおかしなことを言い始めた。

「俺ね、きみに聞いたんだ。その力を手に入れた日はいつだったのか」

その目は真剣だった。

「ずっと、その日を待ってたんだ」
「え?」
「もしかしたら俺のせいで過去や未来が少し変わるかもしれないけど。ごめんな」
「ごめんなって。ハロー、あなたは…何を言ってるの?」

それを聞いた彼は最後に少し哀しげに微笑んだ。

「ようやく浮き出てきたのか。見つけたよ、パラレルサイン」

私はあたりを見回したが、それらしきものはなかった。文字なんてどこにも浮き出ていない。

「…きみの額に浮き出てる」

私が自分の額に触れるより先に彼は素早く言った。

「さようなら、グッバイ。その名前も俺がもらっていくよ」

彼は私の額に優しくキスをすると、言ってた通り、姿を消してしまった。





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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ LAMA『Parallel Sign』 × Robert Schwentke『きみがぼくを見つけた日』★

大雪の日。通勤帰りの電車が止まって駅のホームで待ちぼうけ。雪空を見上げながら、この音楽を聞いてると、ふと彼らの声が聞こえてきました。ようやく来た電車はぎゅうぎゅうで、人ごみのなか彼らの声はあっさりこぼれ落ちていき、すくい上げるのにちょうど一か月か。いつか予告した物語です。ハッピーエンドになるかと思ってたんだけどなあ。

① LAMA『Parallel Sign』
何このPV「シュール」を「COOL!」という響きと混ぜて叫びたくなるような微妙なかんじは。。
http://www.youtube.com/watch?v=_wLT9MXCtJU
http://www.youtube.com/watch?v=MS9914mZkDg

② Robert Schwentke『きみがぼくを見つけた日』
たぶんあまり知られていない洋画のSF×恋愛もの。良作。待ち続ける彼女が健気すぎます。
http://www.youtube.com/watch?v=_pzsBvg-7so

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「おはよう、ヒグラシさん。今日も骨を拾いに行くのかね?」

会社の寮を出ると、掃き掃除をしていた大家さんに声をかけられた。

「おはようございます、大家さん。ええ。今日もいい骨、拾いますよ~」

そう言って、片手の親指をぐっと立てた。すると、大家さんは気持ちよく笑って返した。

「“骨とり”は立派な仕事だ。しっかりやんな!」
「頑張りまーす」

女が子供を産めなくなってどのくらいたつだろう。

科学だけでなく、遺伝子工学も大きな進歩を遂げた現代。昔はタブー視されていたクローン問題も、人類が生きてく上で必要な技術と見なされ、人間の生命媒体の維持に大きく貢献したと言われる。

私たちの生殖器は、もう意味をなさない。

遠い昔に起こった大規模な地震により、原子力施設から膨大な量の放射能が漏れた。それは残れされた人間の体内に大きな影響を与えた。遺伝子にも。

女性は、子供が産めなくなってしまった。…でも、それだけだ。

「簡単に言うよね?ヒグラシさんは」

と同僚のシマくんは言う。

「『それだけだ』なんてさ。これって人類の危機だよ?ことは至極問題で困難なのに」

彼は、“骨とり”仲間だ。

「そう言わないと、やってけないじゃない?」

たいした問題じゃない。そう思って、必死に生きてきたような気がする。特に女は。当然のように思ってできていたこと。それがある日、突然失われた。当時の彼女たちの哀しみを思うと胸が痛んだ。

「というか、そもそもどうして女だけが子供を産む役割を担ってたの?そっちの方がよっぽど謎だわ」
「生命の謎までいっちゃうか~」

反論されたシマくんは、露骨に嫌な顔をした。

「私が昔読んだ小説は、母親が子供を生むんじゃないの。子供のなる木というのがあってね、夫婦でも片親でも、その木の前で子供が欲しいと願えば、実がなって、そこから子供が生まれるっていう話だったわ。そっちの方が平等な気がする」
「何それ、思いっきりファンタジーじゃん?」

私は大げさに「ちっちっち」と人差し指を振った。

「望まないかぎりは、子供ができないってこと。それと日頃の行いが良くないと、子供の育てる環境的に問題ありとみなされて授からないのよ」
「え~、何、その遠回しに教えさとす感じは。教訓じみた世界観だなあ。なんかファンタジーっていうより、宗教っぽくない?」
「そう?」

私的には君がここで働いている方が、よっぽどファンタジーなんだけどな。

「まあ、残された俺たちは今日も骨を拾うわけですけど」
「まあ、そうですけど」

人間でいちばん強い部分は骨だ。骨は残る。調べた結果、骨に残ったDNAはなぜか放射能の影響を受けていなかった。人類は新たな生殖媒体の鍵を見つけ、遺伝子研究に尽力した。それから、死んだ人間の骨を拾い、DNAをとる。通称“骨とり”なる仕事が生まれた。

「う~む、これは実にいい骨だね」

シマくんが、一つの骨のサンプルを手にした。私も横から観察した。本当だ。

「きっと筋肉がしっかりついた人ね」
「アスリートとか」
「もしかしたら、オリンピック選手かもね」
「まさか~」

骨からその人を、その人生を、想像する。それがここにいる私たちの唯一の楽しみだ。骨は口ほどに物を言う。語ってくれる。

葬儀場で火葬された骨はここ、遺伝子開発研究所に届けられる。私たち“骨とり”は、まず特殊な化学薬品で骨を完全に分解する。分解された骨の溶液を円柱状の容器に注ぐと、側面にDNAが付着する。DNA以外のものはすべて除去されるため、高純度のDNAを取り出すことができる。これを脱灰(だっかい)と呼ぶ。

「でも、DNAが取れてもさ、本当の問題はこの後なんだよね」
「採取されたDNAの行方か」

私たちは「う~ん」と、同時に腕を組んだ。

「やっぱり国が管理するしかないんじゃない?もう“家族”なんて存在しないんだからさ」

そう。私たちは親を知らない。DNAをくれたはずの親は最初から死んでいるのだから。

「“家族”か~」

シマくんはため息をついた。前世紀に流行ったホームドラマに彼は今ハマっているのだ。それを見て、家族にとても憧れがあるらしい。現代は、男女の結婚はできても、子供はなし。子供は自分たちが死んだ後のことだから、みんな“家族”という概念が希薄で結婚願望があまりない。恋愛感情はあるから、恋ができれば充分。そのせいか、圧倒的に独身が多かった。

私もシマくんも物心ついた頃には、国の教育機関にいて、そこで一緒に育った。言ってみれば、友達が家族のようなものかもしれない。

「唯一、名前だけだよな。親の手がかりなんて。俺はシマ」
「私はヒグラシ」
「意味の全然分からない名前ってどうよ?」
「私たちの生命の謎よね」

ふたりで笑っていると、ランチタイムを知らせる館内アナウンスが流れた。

「午前の業務終了~。んじゃ、ランチに行きますか!」
「でも、ヒグラシさんの意味はわかるかも。蝉の名前だよね?」
「セミ?」

私は知らなかった。

「絶滅した昆虫って言われてるけど」
「えー、昆虫ってどうなの?」
「俺はまだ生きてると思うんだよね。土の中に眠り続けているやつが絶対にいる」
「それのどこが私なの?睡眠とりすぎってこと?まさか眠り姫とか言いたい?」

シマくんは吹き出した。

「…眠り姫ってファンタジーっていうか、なんかもうメルヘンだよね」
「じゃあー、何?」
「強いて言えば…」

強いて言えば…?

「生きしぶとい?」

…ほほう。

「ありがとう!今日のランチはシマくんのおごりね」

私は立ち上がった。

「うそうそ、冗談だよ」
「もういいです。デザートもつけるから!」
「蝉だけじゃなくて、『朝から晩まで』『一日中』それもヒグラシの意味なんだって知ってた?」

私はわけが分からず、首を振った。

「年がら年中、一緒にいてもあきない人ってこうはいないよね?」

シマくんは、まだおかしそうに笑っている。

「ヒグラシさん、結婚しよう」
「は?」
「俺と結婚しようっていったの」
「…意味がわからないんだけど…」
「あれ、言い方とか順番を間違えたのかな?えっと、じゃあ、『お嬢さんを僕に下さい』?」

……もっと意味がわからない!!

私の体が傾いて、シマくんは慌てて支えてくれた。驚きのあまり、私は気絶していた。それを見たシマくんはあきれたようにつぶやいた。

「…ヒグラシさん、眠り姫ってここで使うオチだったんだね」


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┣ SFCM8. │ TOP▲
その墓前で、男は膝をついて泣き崩れた。

古い知り合い、愛した女、笑いあった家族、誰をおもっていたのだろう。
声を殺すこともできず、嗚咽がもれた。

「…俺は、死んだのか…死んじまったのか…」

ふと気配を感じ、顔を上げた。

「泣いてても無駄だよ」

一羽の烏(からす)だった。

「魂なんて、簡単に手放せるんだ。それを忘れたらいけなかったのさ」
「お前に言われたくない!」

男の返答に、烏は笑った。

「へえ、俺を覚えててくれたんだ。そうだよね。そう簡単に忘れられても困るよ」
「何しに来た!」

男は声を上げた。烏は羽をばたつかせ、おかしそうに笑って言った。

「決まってるだろう。奪いに来たんだよ。お前に奪われた俺の魂をね」

男は烏を見据えた。

「…お前のだと?笑わせるな!もとは俺の魂だったのをお前が奪ったんだろう?」
「相変わらず、だね」

烏は冷めた目で男を見た。

「墓の名前を見てみろよ。そこに真実がある」

男は墓に視線を戻した。
そこに記された名前を、男は知らなかった。自分の名前を思い出そうとするが、とうに忘れていた。

「魂なんて…自分なんて、簡単に手放せるんだ。それを忘れたらいけなかったのさ」



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ オノ・ナツメ「さらい屋五葉」× 穂積「10月の箱庭」★

昨夜、なんとなく書いたものなのですが、因縁めいた不思議な物語になってました。輪廻転生も書いてみたいSFの一つです。まだぼんやりですが、そのうちこの二人(一人と一羽)の因縁話の続きも書けたらいいな。

① オノ・ナツメ「さらい屋五葉」
http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/solc_dtl?isbn=4091883265
http://www.nicozon.net/watch/sm10158309
前回UPした「笠森~」をきっかけに今、江戸を舞台にした物語にハマってます。オノさんは絵が独特ですが、私は大好き。彼女が江戸を描くと、お洒落な江戸になるのが凄い。こんな江戸の物語を書けたらいいなあ。この漫画で墓前で泣き崩れる哀しい男の姿があって、それを見ていたら今回の物語が生まれました。おこがましいとは思うのですが、私の頭の中で、今回の物語はオノさんの絵のイメージになってます。「さらい屋~」の漫画の試し読み&PV映像(TVアニメをやっていたようです。コメント書き込みでいっぱいなので、右下の吹き出しを押すとそれが消えるかと)をここに。雰囲気だけでも良ければ。

② 穂積「10月の箱庭」(「式の前日」に収録)
http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/solc_dtl?isbn=9784091345851
最近気になってる漫画家さん。まだ新人さんだそうですが、表題の「式の前日」のどんでん返しはびっくりしました。「式の前日」は短編集なのですが、その中で烏が出てくる少し不気味な話があって、たぶんそれの影響を受けてたのかもしれません。収録されている全作品のクオリティがかなり高くてオススメです(こちらも少し試し読みができるみたい)

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「俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ」

それを聞くと、彼女は笑顔でこう言った。


     ※


たくさんの風車(かざぐるま)がまわる。くるくる。くるくる。
…ああ、これはきっと神社の夏祭り。夜店に飾られたものに違いない…。

「コウちゃん、どうしたの?」

ふと横に並んで歩いていたヒマリが僕を呼んだ。

「人混みに酔っちゃった?」

彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。今日のヒマリは浴衣姿の上、うっすら化粧もしているらしい。僕は慌てて身を引いた。

「バカ、そんなんじゃねーよ」

本当は少し酔っているのかもしれない。頭痛もしていた。

「もう心配して損したー」

ヒマリはぶすっとしながらも、持っていたうちわで僕を煽いでくれた。幼馴染の嘘は簡単に見抜けるらしい。

「悪い。ちょっと酔ってるかも」
「無理しないでいいよ。体調悪かったらさ、もう帰ろうよ?」
「何、言ってんだ。もうすこしで俺らの番じゃん?」
「…そうだけど」

僕らは神社の境内の前にできた長蛇の列の中にいた。

「夏祭りにここで願ったことは絶対かなうんだろう?」
「そうなの!すごいよね」

ヒマリは自信を持って頷いた。お団子にしている頭が揺れ、後れ毛がうなじにかかる。

「毎年恒例だもんな。ヒマリとここでお参りするの。やらなきゃ夏が始まんないよな?俺ら的に」
「でしょう?」

ヒマリは微笑んだ。きっとこの顔が見たくて、毎年ここに来てたんだなと思う。でも、それが言えずにいる。きっとずっと言えないんだろうな。幼馴染の居心地のいい距離を壊したくないから。

「今年は何をお願いすんの?」
「あんまりお願い事って言っちゃいけないらしいんだけど、コウちゃんは特別ね」

ふふふっともったいぶって、ヒマリは続けた。

「演劇部の次回公演がうまくいきますようにって。私ね、次の主役に決まったんだ」
「まじで?やったじゃん!おめでとう」

僕らは笑いあった。前の人がみんな去り、いつの間にか僕らの番になった。

「ねえ、コウちゃん。コウちゃんは毎年何をお願いしてるの?」

どうしてだろう?さっきまでの笑顔はひっこみ、ヒマリは僕を真剣に見つめていた。

「…俺?俺は…」

僕はこの時、何て言ったのだろう?ヒマリが少し哀しげな顔をしていた。

「そっかー。それがコウちゃんの願い事か…」
「ヒマリ?」

賽銭箱に小銭を投げ入れる。

「コウちゃん。私がコウちゃんの願い事を叶えるからね、絶対に」

ヒマリは手を合わせる。

僕はそれを止めなきゃいけない。ダメだ、ヒマリ。お前はそんなことをしたら、いけない。

「俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ」

それを聞くと、彼女は笑顔でこう言った。

「ごめんね、コウちゃん」


     ※


たくさんの風車がまわる。くるくる。くるくる。
…ああ、これはきっと神社の夏祭り。夜店に飾られたものに違いない…。

「コウちゃん、どうしたの?」

ふと横に並んで歩いていたヒマリが僕を呼んだ。

「人混みに酔っちゃった?」

彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。今日のヒマリは浴衣姿の上、うっすら化粧もしているらしい。僕は慌てて身を引いた。

「バカ、そんなんじゃねーよ」

本当は少し酔っているのかもしれない。頭痛もしていた。

「もう心配して損したー」

ヒマリはぶすっとしながらも、持っていたうちわで僕を煽いでくれた。幼馴染の嘘は簡単に見抜けるらしい。

「悪い。ちょっと酔ってるかも」
「無理しないでいいよ。体調悪かったらさ、もう帰ろうよ?」
「何、言ってんだ。もうすこしで俺らの番じゃん?」
「…そうだけど」

僕らは神社の境内の前にできた長蛇の列の中にいた。

「夏祭りにここで願ったことは絶対かなうんだろう?」
「そうなの!すごいよね」

ヒマリは自信を持って頷いた。お団子にしている頭が揺れ、後れ毛がうなじにかかる。

「毎年恒例だもんな。ヒマリとここでお参りするの。やらなきゃ夏が始まんないよな?俺ら的に」
「でしょう?」

ヒマリは微笑んだ。きっとこの顔が見たくて、毎年ここに来てたんだなと思う。でも、それが言えずにいる。きっとずっと言えないんだろうな。幼馴染の居心地のいい距離を壊したくないから。

「今年は何をお願いすんの?」
「あんまりお願い事って言っちゃいけないらしいんだけど、コウちゃんは特別ね」

ふふふっともったいぶって、ヒマリは続けた。

「演劇部の次回公演がうまくいきますようにって。私ね、次の主役に決まったんだ」
「まじで?やったじゃん!おめでとう」

僕らは笑いあった。前の人がみんな去り、いつの間にか僕らの番になった。

「ねえ、コウちゃん。コウちゃんは毎年何をお願いしてるの?」

どうしてだろう?さっきまでの笑顔はひっこみ、ヒマリは僕を真剣に見つめていた。

「…俺?俺は…」

僕はこの時、何て言ったのだろう?ヒマリが少し哀しげな顔をしていた。

「そっかー。それがコウちゃんの願い事か…」
「ヒマリ?」

賽銭箱に小銭を投げ入れる。

「コウちゃん。私がコウちゃんの願い事を叶えるからね、絶対に」

ヒマリは手を合わせる。

僕はそれを止めなきゃいけない。ダメだ、ヒマリ。お前はそんなことをしたら、いけない。

「俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ。…もしかして俺たち、何度も同じ時間を繰り返してないか?」

それを聞くと、彼女は笑顔でこう言った。

「ごめんね、コウちゃん」


     ※


たくさんの風車がまわる。くるくる。くるくる。
…ああ、これはきっと神社の夏祭り。夜店に飾られたものに違いない…。
僕らは何度同じ時間を繰り返しているのだろう?

「コウちゃん、どうしたの?」

ふと横に並んで歩いていたヒマリが僕を呼んだ。

「人混みに酔っちゃった?」

彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。今日のヒマリは浴衣姿の上、うっすら化粧もしているらしい。僕は慌てて身を引いた。

「バカ、そんなんじゃねーよ」

本当は酔っているのかもしれない。頭痛もしていた。同じ時間を何往復もしているのだ。無理もない。

「もう心配して損したー」

そう。ヒマリはぶすっとしながらも、持っていたうちわで僕を煽ぐんだ。幼馴染の嘘なんて簡単に見抜けるんだよな。

「悪い。ちょっと酔ってるかも」
「無理しないでいいよ。体調悪かったらさ、もう帰ろうよ?」
「何、言ってんだ。もうすこしで俺らの番じゃん?」
「…そうだけど」

僕らは神社の境内の前にできた長蛇の列の中にいた。この光景も性懲りもなく、見続けている。同じ時間を僕らは繰り返すだけ…?そうはさせない。僕は必死に考える。…そうだ。違うセリフを言えばいいんじゃないか?僕は勢いよく、口を開けた。

「夏祭りにここで願ったことは絶対かなうんだろう?」

でも、それができない。なぜか口が勝手に動いてしまう。決められた台本か何かがあって、それの通りしか話せないのだ。

「そうなの!すごいよね」

ヒマリは自信を持って頷いた。お団子にしている頭が揺れ、後れ毛がうなじにかかる。この場面も何度も見た。見るたび、ドキッとしていたことも、もう思い出した。僕はもう一度必死に考えた。逆に話せないように、口をしっかり閉じたら、どうだろう?挑戦してみたけど、無駄だった。

「毎年恒例だもんな。ヒマリとここでお参りするの。やらなきゃ夏が始まんないよな?俺ら的に」
「でしょう?」
「今年は何をお願いすんの?」
「あんまりお願い事って言っちゃいけないらしいんだけど、コウちゃんは特別ね。演劇部の次回公演がうまくいきますようにって。私ね、次の主役に決まったんだ」
「まじで?やったじゃん!おめでとう」

僕らは笑いあった。前の人がみんな去り、いつの間にか僕らの番になった。…ああ、またあの場面がやって来てしまう。

「ねえ、コウちゃん。コウちゃんは毎年何をお願いしてるの?」
「…俺?俺は…」

ここが時間をループする引き金になったのかもしれない。何度も同じ時間を繰り返す発端になったところ。僕はこの時、何て言ったのだろう?思い出せ、思い出してくれ、俺!頼むからっ!!

「そっかー。それがコウちゃんの願い事か…」
「ヒマリ?」

賽銭箱に小銭を投げ入れる。ダメだ。

「コウちゃん。私がコウちゃんの願い事を叶えるからね、絶対に」

ヒマリは手を合わせる。待ってくれ、ヒマリ。

僕はそれを止めなきゃいけない。ダメだ、ヒマリ。お前はそんなことをしたら、いけない。僕は、必死に叫んだ。

「俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ。俺の本当の願いはそれじゃない!待ってくれ、ヒマリ!!」

それを聞くと、彼女は笑顔でこう言った。

「ごめんね、コウちゃん」


     ※


たくさんの風車がまわる。くるくる。くるくる。
…ああ、これはきっと神社の夏祭り。夜店に飾られたものに違いない…。
いったいこれは何周目?僕らは何度同じ時間を繰り返しているのだろう?

「コウちゃん、どうしたの?」

ふと横に並んで歩いていたヒマリが僕を呼んだ。

「人混みに酔っちゃった?」

また繰り返す。僕は自嘲した。いい加減に気づけよ。ゴールなんてないことを知るのが、ゴールだったんだ。永遠に続く。その繰り返し、繰り返し…。

僕はどうすることもできなかった。この先も、何度も何度も、ヒマリに謝らせることしかきっとできないのだ…。

そう思った瞬間、何かがキレた。

…ふざけんなっ!!

いきなり極限にまでたまっていたものが爆発した。でも、それが呪縛を解く鍵になった。金縛りがとけたように、自分の何かが解放されるのがわかった。

ヒマリは心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。もう慌てて身を引いたりはしなかった。僕は彼女を抱き寄せた。そして、その耳元でささやいた。

「ヒマリ、なんで俺たちは時間をループしてるんだ?お前、何か知ってるんだろう?」

彼女は体をこわばらせた。僕は彼女が言う前に、あのセリフを自ら口にした。

「ごめんな、ヒマリ」
「…コウちゃん…?」
「お前だけに、辛い思いさせたな」

すると、彼女は僕の体にしがみつくようにして泣きだした。僕はほっとした。それから彼女が落ち着いたところで切り出した。

「なあ、何があったのか教えてくれ。一緒にもとの時間に帰ろう」

その瞬間、くるくるとまわっていたはずの風車がピタッと全て止まった。人の気配も消えたと思ったら、誰もいなかった。僕とヒマリの呼吸の音だけ。時間が静止した世界に、僕らふたりきりだった。

「私もよくわからないの。気がついたら、同じ時間を繰り返してた」

涙をぬぐったヒマリは、僕の腕を引っ張ってある場所に案内した。

「たぶん、きっかけはここだと思う」

そこは神社から商店街に続く大きな階段だった。少し急だから、みんな手すりにつかまりながら、上り下りをする。突然激しい頭痛に襲われた。頭を抱えて僕はしゃがみこんだ。なんだよ、これ…!?頭が割れそうだ!!

「コウちゃん!はやくこっちに」

今度はヒマリが僕を抱きかかえる。その細い腕にもたれるのに申し訳なくて、支えられながらも、なんとか自力で歩いた。階段から離れる。尋常じゃない痛みが少しずつおさまっていた。まさか、俺…。

「コウちゃん、大丈夫?ここまでくればもう」

ヒマリはガタガタと震えていた。そうか、そういうことだったのか。

「俺、あそこから落ちたんだな?」

ヒマリは涙目になった。でも、もう聞くしかなかった。

「死んだのか?」

ヒマリは首を横に振った。

「わからないの。落ちた瞬間に時間が戻ったから」
「そうか」
「ごめんね、コウちゃん」

そのセリフにビクッとして、僕はとっさにヒマリの腕を強くつかんだ。また時間が逆行するかと思ったのだ。でも、違った。

「私を庇ったからなの。お参りが終わった後、私が階段で変な人に絡まれて、バランスを崩しちゃって。コウちゃんが私を庇ってくれたの」

ヒマリは本格的に泣き始めたけど、僕は事情を聞いて、けっこうホッとしたのだった。ただ間抜けに一人階段から落ちるよりも、誰かを守って落ちた方が絶対的に何かが違う。しかも、好きな女を守って死ねたなら、男としてはかなり本望だったんじゃないか、とさえ思っていた。

「浴衣なんて、着てくるんじゃなかった…。動きづらいし、絡まれるし…それに…」

泣き止まないヒマリの腕を引っ張って、もう一度抱き寄せた。

「そんなこと言うなよ。せっかく似合ってるんだからさ。ほら、なんていうの?べっぴんさん?」
「何それ、もう」

ヒマリの頭を優しく撫でながら僕は言い直した。

「すごくきれいだよ。最後に何度も見れてよかった。お前の幼馴染で本当に良かったよ」

これが僕の精一杯の告白だったのかもしれない。時間をとめてくれた神様には申し訳ないけど…。

「コウちゃん?」
「ん?」
「行っちゃうの?」
「ああ。だから、俺の願いはもう気にしないでいい。っていうか、俺の本当の願いはお前の願いが叶うことなんだよ、ヒマリ」

ヒマリは僕を見上げた。潤んだ目での上目遣いはかなり卑怯だと思った。名残惜しくなる。でも、時間は動く。動き出す。風が吹く。サアーッと吹き渡り、いっせいに風車が回り出した。

「…コウちゃん、私の本当の願いはね…」
「え?」

たくさんの風車がまわる。くるくる。くるくる。
最後に唇に何か触れた気がしたけど、気のせいだったのかもしれない。もう彼女の声は聞こえなかったし、姿も見えなくなった…。

ごめんな、ヒマリ。俺、思い出したわ。どうしても思い出せなかった自分の願い事をようやく思い出した。俺は『このままで、お願いします』って、ずっとずっと祈ってたんだよな。このままで充分俺は幸せだから、何も望まない。何も起きなくていい。ヒマリとの関係も今の居心地のいいままでって。告白して後悔するより、告白しないで後悔する方が断然楽だと思ってたから。とにかく現状維持でって。こんなしょぼい願いを叶えるために、お前は何度も何度も時間を戻してくれてたんだな。ごめんな、ヒマリ。本当にごめん。でも、ありがとう…。

『…コウちゃん、私の本当の願いはね…』

たくさんの風車がまわる。くるくる。くるくる。

『毎年コウちゃんと一緒に夏祭りに来ることよ。とりあえず、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで』

とりあえずって…。それ全然、とりあえずの話じゃねえー。


     ※


次に気が付いた時には、僕は病院のベッドの上だった。

「…あれ?」

足が変にぎこちないと思って視線を下げると、しっかり変な機械で固定されている。腕を見ると、そっちは自由に動くようでほっとした。

「足の骨折と全身打撲ですむなんて奇跡だって、お医者さんが言ってたよ」

病室の入り口にヒマリが立っていた。どうやら見舞いに来てくれたらしい。

「頭は?全然平気みたいなんだけど…」
「地面に直接頭を打たずにすんだみたい」

そういうと、彼女は僕の横にある小さい机の引き出しから何かを取り出した。それは窓から入る風にゆっくり反応する。くるくる。くるくる。

「…風車?」
「これがなぜか落ちた地面一面に敷いてあって、クッションがわりになってくれてたの。無事で本当に良かったー」

もしかして、その風車はヒマリが時間を戻してくれた数だけあったんじゃないか…?と思った。でも、ヒマリはそんなこと気にも留めてないようだった。彼女は胸を撫でおろして、僕のベッドの隙間に勢いよく倒れこんできた。その様子に僕は笑った。

「お前、大げさだよ」
「大げさなんかじゃないよ、バカ」

彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「…来年の夏祭りも一緒に行けるよね?」

今日のヒマリは浴衣姿じゃないし、化粧もしていない。部活帰りに寄ってくれたらしく、ふつうの制服姿だ。それでも、きれいだと思った。また涙目になっていて、見てられなかった。

「俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ」

僕は彼女を抱き寄せた。そして、その耳元でささやいた。

「好きだ」

それを聞くと、彼女は笑顔でこう言った。

「おかえりなさい、コウちゃん」




=====================================


=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ Spitz「夜を駆ける」× Suneohair「Skirt」× SF時間ループ系作品たち★

SFにハマったからには一度は時間モノを書きたいと思っていました。でも長編になりそうだったので、まずこんな感じのループ系から手をつけてみましたけど、難しかった…。初めてで下手な感じだと思いますが。最終的に自分の頭がぐるぐるして、なんだかよくわからないものに…。 書き直しで消えた美輪明宏さんと菅野美穂さんのエピソード、今度読み直した時の声に入っているといいな。

① Spitz「夜を駆ける」
https://www.youtube.com/watch?v=38BgQRQF4N8
私が彼らで一番好きな曲です。いつか絶対これで物語を一つ書きたいと思ってたのですが、まさかのSF使用になるとは…。タイトルもこれから。切ないけど、疾走感があり、歌詞も素敵なんです。アニメの「ハチクロ」(大好き)で流れた時は衝撃でした。

② Suneohair「Skirt」
https://www.youtube.com/watch?v=NQVfP1LePiI
何度か書き直す作業をして、ラストに頭の中に流れてきた曲。もしかしたら、こっちの方が物語の雰囲気にあっているのかも。

③ SF時間ループ系作品たち
北村薫「ターン」(←私は映画を鑑賞)・桜坂洋「All You Need Is Kill」など。何度も同じ時間を繰り返すループ系作品は、けっこう中だるみしそうですが、これらは一気に観れたり、読めたりで凄かったです。これ系の作品はあんまり実は知らないので、これからもっと探そうと思います。

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 ――とにかく、あそこに行かなくてはいけない!

自分の中で抑えられない何かがそう語る。このところ激しい頭痛と眩暈に襲われることが、度重なっていた。理由はわかっている。その何かのせいなのだ。
私とは違う意志が、私の意識の中で、強く訴えている。どうやら他人の意志が私の中に住み着いてしまったみたいなのだ。しかし一体、誰の意志なのだろう。

 ――会わなければならない人がいる!

意志は執拗に私に迫り、焦らせるのだが、当の私はどうすることもできない。会うとは一体、誰に会わなければならないというのだろう。

やがて頭が激しい痛みを伴い始める。眩暈が起こり、私は意識を失ってしまう。
いつもはそこで終わるはずだった。しかし、そのときは違っていた。薄れ行く意識の中で、また違う誰かの声がきこえてきたのだ。

『約束しましょう。またここで必ずお会いしましょう』

男の人の声だった。しかし、ただの男の人の声じゃない。懐かしい大切な男の人の声だった。

『…だから、生き延びてください』

その最後の一言に強い汐のにおいを感じた。情景が少しずつはっきりしてくる。

そこにあるのは、波のざわめきと青さをたたえた海だ。私たちはそれを見渡せる岸壁に立っている。

『わかりました。生き延びて必ずここでお会いします』

涙を含んではいるが、しっかりした女の人の声。これは私…?それとも私に住み着く誰かの声?私―いや、彼女の言葉に男の人は、ほっとしたようだった。その目元は優しい笑みをかたちづくっていた。

私は知っている。

彼女は彼のこの目が好きだった。好きで好きでたまらなくて、本当は手放したくなどなかったのだ。彼女はきっと約束を果たせなかったのだろう。だから、私に助けを求めにきたのかもしれない。

意識が戻るとすぐに、私はその海を目指した。

気がついたら勝手に足が動いていたのだ。普段の私だったら、考えられない行動だった。
私は常に自分のために生きてきたのだから。しかし今、知らない誰かのために、きっとこの世にいないであろう誰かのために、かりたてられている。自分でも理解ができなかった。

計画性もなく行動に移してしまったせいか、その海に辿り着いたのは、すっかり日が傾き始めた頃だった。海を見下ろせた岸壁は、今では古びた灯台がひっそりと建っていた。さすがに高台にあるためか、風が強かった。汐の混じった風が、ずさんに私の髪をかきあげる。
灯台の中に入ると、私以外の客は他に誰もいないようだった。ただ管理人らしいおじいさんが一人、入り口で座って本を読んでいるだけだ。彼は私に気づくと、読みかけの本を閉じ、嬉しそうに目を細め、

「―どうぞ、ごゆっくり」

と微笑んだ。自分の足音を確認するかのように階段を上り、展望室に向かった。

着いたそこは、やはり人気はなく、閑散とした空気に満ちていた。私はガラス越しに見える海を眺めやった。目の前に広がるのは、夕日に染まるオレンジ色の哀しげな海。

「着いたよ」

私の言葉に彼女は何の反応も示さなかった。ただ私と一緒に静かな気持ちで海の彼方を見つめていた。もしかしたら、彼と一緒に過ごした日々をもう一度思い描いているのかもしれなかった。

時は流れすぎていた。

今日という日も、あの夕日が姿を消せば、夜というただの無償な闇をもたらす。間もなくここは、全てを終えてしまった淋しい果てとなる。私は彼女の気がすむまで、ここにいることにした。それしか、私にはできなかったから。夕日はやがて海の中へとろけるように消えていった。展望室の蛍光灯がつき、その光りが弱々しく私たちを照らしていた。

「申し訳ありませんが、そろそろ閉館になります」

いつの間にか管理人のおじいさんが、私の後ろに立っていた。少し腰が曲がってはいるが、白くて長い立派な髭や身のこなしが彼の品の良さをうかがわせた。

「すみません」

私は頭を下げて、立ち去ろうとした。すると彼は私を引きとめ、こう言った。

「本当はいたいだけいて下さって構わないんですよ。ただあなたはどこか哀しそうだったので、気になって声をかけてしまってね」

どうやら彼女と一緒に私は、自分の顔を思い詰めたものにしていたらしい。何をそこまでと、つい可笑しくなって笑ってしまった。すると、おじいさんは不思議そうに私を眺めている。その顔を見ていたら、ふと話してみようか、という気持ちになった。

「遠い昔、ここで再会を約束した人がいたんです」

彼は優しく私を見つめていた。

「結局、私が約束を果たせなかったんですけど…」
「―私もですよ」

私の後を引き継ぐかのように、おじいさんは続けた。

「私も遠い昔、ここで再会を約束したんですよ。戦争で死別した恋人とね」

私は彼を見つめた。

「兵として戦地に赴かなければならない前日に、私は彼女に言いました。生き延びて必ずここで会おう、と。彼女も頷き、約束すると言ってくれました。しかし、戦争が終わり、私が戻ってきたときには、彼女はもうこの世にいなかった。空襲に巻き込まれ、亡くなったと訊きました」

おじいさんは淋しそうに微笑んだ。その目元の優しいかたちに見覚えがあった。

「…会いたかったの。ずっとずっと、あなたに会いたくてたまらなかった」

私ではない彼女の声が今、私の体を使って話し始めていた。

「でも、そうできなくなってしまいました。私の体はもうなくなってしまったから」

彼は戸惑いを隠せない表情で、私を見つめていた。

「…君は一体?君は…彼女、なのかい?」

私―彼女は―頷いた。

「…まさか…こんなことが」

彼はそれ以上、言葉を続けられなかった。大きく見開いた目には、いつしか涙がにじんでいた。そして、おそるおそる自分の手を伸ばし、私の手に触れた。

それは、とてもとても熱い手だった。
泣きたくなってしまうくらい熱い手をしていた。

そのとき、私は彼を真剣に愛していたのだと改めて知った。その思いが、私の体の隅々まで、かけめぐる。

「会えてよかった」

その声を合図に、すうっと体から、彼女の意志が消え去っていくのがわかった。私の役目は終わったのだ。

「…行ってしまったんだね」

おじいさんが私の手を静かに離した。涙はすでに渇き、調子を取り戻しているようだった。

「あなたには迷惑をかけましたね。でも、ありがとう。生きているうちに、ここで会うことができて嬉しかった」

それは満ち足りた幸福な笑顔だった。

「丁度あなたぐらいの年だったんですよ。私たちが約束をし、別れたのは」

だから、彼女は私の中に現れたのだろうか…?

「あの時代はね、皆が何をするにしても、全てが命がけだった。生きることも。人を愛することも」

そう言われてやっと腑に落ちたような気がした。私がなぜここまで来たのか。

「私はまだ命がけで誰かを愛したことなんてない…」

だから、強く思い続けていた彼女に惹かれ、ここまでやって来たのだ。いや、それだけではないのだろう。彼女が私の中に来たのも、彼女が私の元に押しかけてきたのではなく、欠けている私が、彼女を呼び寄せてしまったのではないか…?

私は自分のためだけに生きてしまってきたから。傷つくことをずっと避けてきたから。
忘れられない恋愛も、真剣な思いも、熱い手も、私には何もなかった。自分がいる―ただ、それだけだったから。

「まだ、あなたは若い。これからきっと必ずあるはずですよ」

おじいさんの言葉が胸にしみた。私もそう信じたかった。

「…だから、必死に生きてください。ここで約束しましょう」

彼の言葉に思わず笑ってしまった。おじいさんも安心したように微笑んだ。
その目元はあの優しい笑みをかたちづくっている。私もいつかそれを自ら見つけ、愛することができることを願う。

 彼に別れを告げて、私は灯台を後にした。

外はただ真っ暗な夜が広がっていた。その中で凛とした輝きを放つもの―幾千もの小さな星を私は見つめた。そうだ。今日は七月七日。…七夕だった。

 そしてその時、始めて気がついた。
夜の中で星々は、決して彷徨っているわけではない。力強く導くものなのだ。

 確かな一つの星が夜空を走る。
私はそれを見届けると、深呼吸をして、笑顔で自分の家を目指して歩き始めた。


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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。
お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ある女優さんの言葉 × 恩田陸「イサオ・オサリヴァンを探して」★

「織姫と彦星 」は確か20歳くらいに書いたような…。

① ある女優さんの言葉
ある女優さん(名前は忘れました…)の人生を振りかえるという特集番組が小さい頃にやっていて、戦争時代の話になり、司会者が「あの時代はやはり思い出すのも辛いですよね?」と女優さんにきかれたんです。でも、女優さんは「あの時代は戦争で大変だったけど、いい時代でしたよ」と話されていて。司会者も(私も)驚いていると、彼女はにっこりとして「あの時代はみんな必死に生きていたから」と続けられたんです。今まで戦争時代のお話をきくと、みんな涙ぐんだり、口を噤んだりしてる人が多かったから、私には大きな衝撃でした。(戦争を美化していたり、決して肯定しているわけではありません)「あなたは今、必死に生きてる?」って逆に問いかけられたような…。たぶんそれがずっと忘れられなくて、こういう物語が生まれてきたんじゃないかと。…女優さんの名前を覚えてないのが残念です。

② 恩田陸「イサオ・オサリヴァンを探して」(「図書室の海」に収録)
http://www.amazon.co.jp/dp/4101234167
文章の感じから、たぶん恩田陸さんにハマっていた時に書いたような気がする…。彼女の短編集で一番好きなのは「図書室の海」。その中でも、忘れられないのが、この「イサオ・オサリヴァンを探して」。ある戦争時代を生きたイサオ・オサリヴァンという恐ろしい謎の人物を主人公が追いかけていくという話なんですけど、とにかく暗くてこわい。ホラー的な怖さだけでなく、人間の心の闇に触れていく感じの怖さが凄くて、鳥肌が立った記憶があります…。続編が出るという話もあったようですが、どうなんでしょうか。続編と言えば、私が恩田さんでずっと続編を待っている別作品がありまして。「理瀬シリーズ」と呼ばれているものなんですけど、黎二が実は生きているのかずっーと気になっています。恩田さん、早く書いてくれないかなあ。校長先生とか好きだったのに…キャラが濃くて。

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