カテゴリの「ロックフェスティバル」の全UPが終了しました。

元々は一つの物語で、今回短編ブログをするにあたり、全部ばらけさせてみたんです。
単独で読むと謎な所はそういうことだった…と一応フォローを…><

一つの物語として読んだら、以下のような順番でした。
(興味ある人がもしいたら。無駄に長いような気もするんですが…)


↓元々の一つの物語ver.です↓


=====================================

 彼らの音楽を聴いた時、もうどうしようもなかった。

その大きな力の前では、ただ立ち尽くして、涙を流すことしかできない。私は何も太刀打ちできなかった。いや、本当はわかっていたのかもしれない。自分はここに泣きに来たということ。彼らの音楽を生で聴いたら、きっと泣く…そのことは、どこかでわかっていたはずだ。もともと抵抗する気などなかったのだろう。ただ子供の頃のように何のしがらみも無く、大声で泣き叫びたかった。自分を解放したかった。

彼らの音楽の力は凄かった。野外会場を興奮と熱気でさらに渦巻く。オーディエンスは波のように押し寄せ、どんどん増えていくばかりだ。ステージからこぼれる彼らの笑顔は、この日の空と同じくらい澄み切って眩しかった。

涙が止まらなかった。呼吸をするのと同じような一定のリズムを保って、それは頬を濡らしていく。

演奏の合間での彼らの言葉に胸を突かれる。オーディエンスは手を振り上げ、彼らに応えるために大地を揺るがすような大きな歓声を上げた。


     *


 何かに沈んでいくような、のまれるような嫌な感覚があった。体がずっしりと重い。苦しくて息ができなかった。

――このままだといけない!

はっとして目を開けると、砂漠の中で自分がくたばりかけていた。砂に埋もれ、身動きが取れなくなっている。流砂のような得体の知れない暗い底に引っ張られていた。必死にもがく。その流れに抗わないと取り返しのつかないことになってしまう。でも、抗えば抗うほど深く深く沈んでいくようだった。焦りが増した。パニックに陥る。声を上げたかったが、乾燥した中で長い間気を失っていたせいか、あまりの恐怖のせいか声が出なかった。

――誰か!誰か!!僕はまだこんなところで、くたばるわけにはいかないんだよ!

心の中で叫んだ。首から下はすっかり砂にのまれていた。手を伸ばす。自分ができる最後の力を振り絞った。その時、僕の手を誰かがしっかりとつかんだ。

「お前、こんなところで何をしているんだ?」

軽々と僕を引き上げてくれたのは、大柄の男だった。助けられ、咳き込んでいた僕に、男は水の入ったペットボトルを差し出した。僕は感謝するより先に男から、それを奪い取っていた。男は笑った。

「礼もなしかよ。まあ、死ぬ寸前だったものな」

水を口にして、やっと楽に息ができるようになった。

「…ありがとう…」

男は面白そうに僕を見やった。落ち着きを取り戻して男の姿をとらえると、男は浮浪者のような汚い井出立ちをしていた。穴だらけのジーンズ。ぼさぼさの茶色の長い髪。無精髭。砂で汚れた大きい鼻。ひび割れた眼鏡から覗く深い色の目だけは、穏やかな海のように悠然としていた。

「にしても、ガキとはとんだ拾い物をしたもんだ」

もうガキと言われるような年ではなかったはずだ。でも、この男にはそう見られてもおかしくないのかもしれない。それにしても、どうして自分がこんな砂漠にいるのかがわからない。

「お前もロックフェスティバルに行くのか?」
「…ロックフェスティバル?」
「この砂漠の中でやるロックのライブだよ」

驚いた。

「こんな砂漠でライブなんて…」

男は笑って、ある方を指差した。

「ほら、向こうを見ろよ。あいつら全部そうだぜ」

男の指差す方向に目をやる。思わず息を呑んだ。そこには多くの人の行列があったからだ。皆どこかを目指してふらふらになりながらも歩き続けている。

「あいつらは、ロックの信者だな。言ってみれば。お前はどうするんだ?」
「どうするって、言われても…」
「ここで砂にのまれるか、それともロックフェスティバルに行くのか―どっちかだろう?」

男は愉快そうだった。僕はロックに限らず音楽には全く関心のない人間だった。でも、だからといって、こんな砂漠の中に一人で取り残されるのを我慢できるほど勇ましくもなかった。

「時々お前みたいな奴に遭遇する。砂漠の中でただ砂にのまれる奴を。でも、お前は運良く俺とであって、しぶとく生き延びた。しぶとい奴は、嫌いじゃない。お前は俺が招待してやってもいい」

男はそう言って、背負っていた大きな荷物を僕に渡した。何かのケースらしかった。

「開けてみろよ」

言われるがまま開けてみた。中には薄汚れた一本のギターがあった。

「そいつをロックフェスティバルの会場に届けてくれないか」

僕は驚いて返事に困った。

「頼んだぞ、相棒!」

そう言い残し、男はいつのまにか姿を消していた。


     *


両手で顔を覆うようにして、ライブの間は泣き続けた。

彼らは一曲一曲を演奏し終える度に清々しい顔をみせる。どうしてそんなに真っ直ぐ自分の道を信じて向かっていけるのか不思議だった。きっと目指す果てには、私なんかが想像のつかないものが待ち構えているのに…。

私には、黒い海しか見えなかった。

ここに来ることだけが、唯一の光りみたいなものだった。目を閉じると、海が見える。のみ込まれそうになるような真っ黒の深い海だ。いっそ飛び込んだ方が、楽になれる。本当は私もそれを拒んでなどいない。むしろその黒い海に憧れすら抱いている。たちが悪かった。でも、今までなんとか飛び込まなかったのは、いつか彼らの夢を見たからで、現実に彼らの音楽を目の前で聴いてみたいと思わせてくれたおかげだった。

盛り上がりは、最高潮に達していた。サイドモニターに映し出されるオーディエンスの数はもう半端じゃなかった。どこまでも、どこまでも果てしなく続いていく。本当に海のようだ。でも、黒い海とは全く違う。輝きに満ちた明るい色。希望の象徴の海だ。ここまで人々をひきつけてしまう彼らの音楽、その偉大さに圧倒される。一瞬、本気でこう思ってしまっていた。

――音楽には、神様がいるのかもしれない。


     *


 砂漠の太陽は容赦なかった。

陽射しは背中を焼け焦がすようだった。暑さで人を簡単に殺せるのだといわんばかりだ。じりじりと精神的にも追い詰めてられていた。全身から汗があふれ、確実に体力を失わせていく。乾ききった風には砂が舞い、体に纏わりついて身動きがうまく取れない。ただでさえ足場が悪いのに。

一人取り残された僕は、しばらく途方に暮れていたが歩き出した。
とにかくこのギターを男のもとに届けなくてはいけなくなってしまった。ギターを持っているということは、あの男は出演者に違いないのだ。ロックフェスティバルまでの道はわからなかったが、あの行列についていけばなんとか辿り着くだろう。

「水が欲しい」

体は水分を欲していた。男からもらったペットボトルは、すでになかった。いくら水分を取っても汗になってすぐ流れ出てしまう。いっそのこと飲まない方がいいのではないかとも考えたが、そういうわけにはいかない。体は正直なのだ。流れ出るものに対し、確実に補うものを求めている。

「水…」

あのまま砂にのまれていた方が、良かったのかもしれない。そんな考えがふと浮かんだ。 その方が楽になれたはずだ。助けてくれた男をつい恨みたくなった。背負っていたギターの重みが堪えてくる。あのまま…、あのまま砂にのまれていた方が――。

「―わっ!」

一瞬足元がぐらついた。視線を下げると、膝辺りまで砂に埋もれかけていた。慌てて体勢を立て直す。ぞっとした。これは、一体…。

「簡単よ」

いきなり誰かの声がした。振り向くと、小さい人影が高い砂山から僕を見下ろしていた。

「気がゆるむとのまれる、それだけよ」
「気がゆるむとのまれる…?」

逆光でよく見えなかった。幼いが、よく通るきれいな声をしていた。

「そう。簡単でしょう?気づかないバカは簡単にのまれるの。それで、結局は同じことばかりを繰り返しちゃう。でも、どういうわけか気づかないのよね」

そう言って、僕に向かって何かを投げた。明るく光るもの。水の入ったペッドボトル。僕はそれを受け取り、少し考えてから自分のバカさ加減に苦笑した。

「ねえ、あなたも行くの?ロックフェスティバルに」
「え?」
「ギターを持っているから」
「…あぁ。これは僕のじゃない。出演者に届けなきゃいけないんだ。誰だかよくわからないんだけど…」

小さい人影は笑った。

「それじゃ届けられないじゃない」

その通りだった。

「ケースを開けてみて。調べてあげる。何か手がかりがあるかも」

勢いよく砂山を滑り降りてきて、僕の前に立つ。小さな女の子だった。太陽の熱から身を守るように全身に薄汚れた布をまとっている。そこから少しだけ見える白い肌。黒い髪。そして、深い色をした目。さっきの男とよく似ていた。海を思わせる深い、深い色。

ギターケースを渡すと、彼女はしゃがみこんで迷わずケースを開けた。

「…これ…」

彼女は驚きを隠せない様子で、次に僕を見つめていた。

「―あなたは誰からこれを…?」


     *


ライブをする前の高揚感は計り知れない。

 とにかくまず極限までに緊張していて、胃が何も受け付けなくなる。そういう格好の悪さから始まるのは確かだ。朝から何も食べてないのに、なぜか吐き出しそうになる。心臓が丸ごと飛び出そうになる。最悪な思いがする。何度も何度もトイレに駆け込み、便器に向かって思いのたけを叫びまくり、勢いよく洗い流すのだ。そして、半泣き状態の無様な姿で、トイレの窓からのぞく小さな空を仰ぐ。

…こうやって、俺は今日もギターを弾いて歌うのか。だらしねぇな。

いつまでたっても慣れやしない。俺はバカだから、経験値がいくら上がってもレベルがいっこうに上がらないのだ。そんな俺に対して、同じバンドのメンバーは腹を抱えて笑いまくる。

――そうこなくちゃ!それがロックフェスの醍醐味だろ?

俺たちはどこまでも、どこまでも仲が良かった。音楽に出会わなかったら、きっとお互い知り合うことなんてなかったはずだ。これまでの自分の人生なんて振り返るに値しない。そう思って生きてきたのに。でも、音楽とこいつらに会って、俺の中で何かが確実に変わったのだ。いや、生まれたのかもしれない。きっと、とびっきりのものが――。

ロックフェスティバルでライブをするのは、サッカー選手がアウェーで試合をする時の気持ちと、どこか似ているような気がする。敵地であることの恐怖。ホームでない心細さ。そして、確かにあるべきものの不在感…。そんなものが似ていると思う。

でも、不思議だった。それじゃあ、一体敵というのは何なのだろう、といつも思うのだ。オーディエンスは、少なくとも敵じゃないよな。あんなふうに思い切り心から笑っている奴らを俺はこれまでに、ここ以外に見たことがない。俺らの音楽を知らない奴や嫌う奴も中にはいるだろうが、それが敵なのか…?と考えると、どこか違うような気がした。だって、きっと根っこの部分では、そいつらも音楽がもう好きで好きでたまらないっていう共通点があるからだ。

ということは、他のアーティストが敵なのだろうか?確かに良きライバル。だからって、そいつらの演奏テクニックやライブでの盛り上がり、人の入りを比較して優越感、劣等感を味わいたいか…とか?おいおい、そんなの全く関係がない(と信じたい)。他のアーティストのライブなんて、自分のライブが終わったら直行して楽しまなきゃ意味がないだろう?そんなせっかくの機会をふいにする程、俺はバカじゃなかった。

…じゃあ、敵とは一体何なのだろう…?

トイレから戻って、控えであるプレハブ内の自分の部屋に戻った。クーラーがガンガンにきいていて、思わず鳥肌が立った。貧乏くさく両腕をさすった。部屋の窓を開ける。暑い空気の乱入にむせかえった。外では、時間のかぶったアーティストの演奏が反響しあっている。自分の出番が迫ってきていた。こんな大音量で、自分たちの音楽が流れるのかと思うと急にぞくぞくした。その途端、自分の中の血が一気に騒ぐのがわかった。吐き気をどこか遠くに押しのけ、心臓があるべき位置に落ち着いて、ゆっくりとリズムを打ち始める。しだいにそれは待たせたな、といわんばかりに慣れ親しんだ音に重なっていく。おせーよ。俺は気が短いんだ。そう答える間もなく、流れをつかんだ心臓は思い切り声を張り上げる。

――爆音を鳴らせ!!

その声は音楽という武器を持って、この薄っぺらい、なんてことない世界の膜を突き破るのだ。

やっとある線を越えたな、と思う。その線を越えたら、もう大丈夫だ。後は、とことんあがるところまであがるだけだ。

空を見上げてみた。日は高い。真っ向から挑むような太陽の陽射し。

夏は最高潮なのだ。

やばいくらい好きで、好きでたまらない季節。どんなに吐きそうになっても、泣きそうになっても、格好悪くても、散々な思いをしても、俺にはここがある。

ロックフェスティバルという音楽を信じられる場所がある。

だから、俺は待っているのかもしれない。
ある意味、この場所だからこそ、きっとその敵を。やっと向かい合える敵を―、そう思うのだ。


     *


彼女は僕の困惑した様子をしばらく不思議そうに眺めていたが、突然何を察したのか笑い出した。

「いいギターね。そうだ、せっかくだから弾いてみて」
「え?」
「大丈夫。本当の持ち主が誰かはわからなくても、今はあなたのものだから。たぶん弾けると思う」

彼女はそう変なことを言ってからギターを取り出し、僕に手渡した。ギターは思ったより軽かった。きっとケースが重かったのだろう。

「ほら、さまになってるわ。次は音を出してみて」

僕は戸惑いながらも彼女に言われたとおり、軽くギターの弦に触れてみた。

弱々しい音が辺りに響いた。僕は不安げに彼女を見る。彼女は特別気にする風もなく、目を閉じて、それから鼻歌を歌いだした。それに合わせて音を出せと言われているような気がして、僕はもう一度どこか張り詰めた弦に触れてみた。少し音の調子が変わったような気がした。次は優しく撫でるようにする。なめらかな音。ほっとした。こんな音も出るのだ。彼女を見ると、その顔は微笑んでいた。僕も笑顔を向けた。

鼻歌は続けられた。そのメロディーに合わせる。でたらめなギターの音色が彼女の歌を後押しする。僕は少しずつどこかが疼きだすのを感じていた。もっと違う音がこのギターからは出せるような気がしたのだ。より意識を集中させてみる。たぶん僕がこのギターで出会える音は、こんなものじゃない。もっと激しくて、何かに抗う音。そして、立ち向かう全てを振り切って、全力で前に突き進んで行くような力強い音―。

「そっか…」

突然彼女が歌うのをやめて、僕をその深い目で見つめていた。

「ここから先は、あなたの音楽なのね」

僕は理解ができず、彼女をただ見つめ返すしかできなかった。僕の輪郭がくっきりとその海の中に映し出されていた。

「あなたは知っているのね。自分の音楽がどこから生まれてくるのか…」

とても確かなもの。僕にとって絶対的な存在であるものが、彼女を通して見えてくる。

「…ロックフェスティバルで待ってるから」

僕は全然気づかなかった。いつの間にかギターを手放していたことに。気がゆるんでしまっていたのだ。そして、ぽつんと取り残されたギターが今、とてつもなく大きな砂の渦にのまれそうになっていた。でも、僕は彼女の目に映る大切なものから目をそらせなかった。

「いけない!」

先に動いたのは彼女だった。小さい体で勢いよくギターののまれる砂の渦の中に飛び込んだ。沈みかけたギターをその細い腕で必死に引き上げる。僕は叫んでいた。

「早くこっちへ!」

僕は彼女を引き上げようと手を伸ばした。でも、彼女はとても深く砂にのまれていて、到底届かなかった。彼女に近づくために、僕もその砂の中に身を沈めようとすると、今度は彼女が叫んでいた。

「だめ、来ないで!」
「何、言ってるんだよ!早く放せよ、ギターなんて!」
「だめなの!ギターだけは、絶対に手放さないで。これは…」

そう言って、僕に向かってギターを投げつけた。僕はそれに思い切りぶつかってしまい、後ろに倒れこんだ。衝撃が強くて一瞬意識がぐらついた。それからはっとすると、慌てて立ち上がって彼女を取り巻く砂の前に立った。でも、彼女の姿はもうどこにも見当たらなかった。

「…そんな……」

遅かったのだ。手遅れだった。僕は立ち尽くし、目の前が一気に真っ暗になっていくのを感じた。隣にあるギターの存在だけが重くのしかかる。

「ギターなんか…」

両手で顔をうずめていた。ようやく見つけることができたと思った。自分がずっと会いたかったものに…。それなのに、せっかく会わせてくれた人を僕は助けることができなかった。何もできなかったのだ。そんな自分をただ呪うことしかできなかった。

「…ちくしょう…」

僕は泣いていた。たぶん生まれて初めて誰かを思って激しく泣いていた。


     *


彼はできあがっていくステージを静かに遠くから眺めていた。

目の前のメインステージは、着々と完成へ近づいている。四万人の集客数が得られるこのステージは、国内の野外ロックフェスティバルにおいては最大規模に値する。この他にも三つのステージがあり、それらはすでに完成済みだった。後はサイドモニターの映像と音響の確認だけだ。年に一度、真夏の三日間にここは多くのロック好きのバカ者が集う。彼は毎年のように不思議な気分を味わっていた。

もうすぐまたここで大きな祭りが始まるのか…。

こんな日本の片田舎で、ロックがダイナミックに鳴り響く。それはいつしか彼の中で壮大なプロジェクトとして思い描いていたものだ―。

非日常的空間を自ら創り手になって、もう八年が経とうとしていた。
最初の年はステージもこのメインステージ一つだけだったのが懐かしく蘇る。しかも台風という最悪の環境下で行われ、途中で中止を余儀なくされた。反省点が多く残った。初めてだからという甘えが、こんな無残な結果を残したのかと最初は気落ちしていたものだが、それを支えてくれたのは同志であるスタッフや出演者であるアーティスト、そして何よりも参加してくれた来場者だった。
環境という点では、確実に良くなってきている。飲食エリアの新設は、地元有志が大いに協力してくれたし、自慢の仮設トイレはとにかく数を確保した。駐車場もだだっ広い荒地を時間と手間をかけてしっかり整備して、キャパシティを上げた。ステージ以外でも楽しめるように程よい大きさのブースも用意し、そこではエンドレスに音楽を流して、人々を踊り狂わせた。年々着実に進歩していると彼は思う。ただ近年の一番の問題は増加する参加者で、嬉しい悲鳴を上げなければいけなかった。

ロックフェスティバルは、まるで生き物だな。ただ成長するしかない…。

見えないゴールに彼は全く苦しさを感じてはいない。むしろ喜んでいた。まだまだ自分にはやることが多く残されている。それがある限り自分もロックフェスティバルも続いていくのだから。

「社長ー、M屋の方が差し入れを持ってきて下さいましたよー」

向こうでスタッフが彼を呼ぶ声がした。飲食エリアの顔になってくれた地元有志の屋台からの差し入れだ。時計を見ると、いつの間にか昼の一時をまわっていた。太陽は高く上り、体中から新たな汗が吹き出ている。異常気象のせいか露明けが予想以上に遅かったが、陽射しは本来の夏の力を取り戻したようだ。最初の年以来、天候には恵まれている。しかし、あれ以来スタッフテントには、たくさんのてるてる坊主がつるされていた。いい年をした大人たちが毎年必死になって作っているのだから笑える光景だった。運動会で晴天を願っていた子供の頃以上に必死になっているのが、どこか不思議だったし、とても重要な気がした。

「意地でも晴れてくれよ」

彼は挑むように快晴の空を見上げた。


     *


どうやってここまで辿り着いたか、うまく思い出せない。

泣きながらギターを抱えて、無我夢中で歩いた。ずっとずっと耳鳴りのようなものが続いていて、それに駆り立てられるように歩き続けたのだ。やがて、どこかで見たことがある大きなシルエットが迫り、僕はロックフェスティバルの会場に着いたのを知った。

砂漠の中で唯一ここだけ水の湧き出る泉があり、辿り着いた人々で埋め尽くされていた。透き通る水は人々の喉を充分に潤し、癒しを与え、人間本来のみずみずしい生命を取り戻させる。それはここにある緑も同じだった。色とりどりの草花があちこちに咲き乱れていて、生物がしっかりと息づく気配を感じる。砂まじりの風はすでに無く、肌の熱を優しく冷ます心地良い風が甘い花の香りを運んでくる。

空を見上げてみた。果ての知らないような青が、ただどこまでも続いていた。眩しかった。空が眩しいのは決して太陽の光りのせいだけではないのだ。目を閉じる。まぶたに真っ赤に焼け付いていた陽射しの影は、いつの間にか消えていた。穏やかだ。環境も。自分の心も身体も。どれくらいぶりだろう。こんなに穏やかになれたのは。少し考えてみたが、やっぱり思い出せなかった。

どこからか音楽が響き渡った。目を開ける。生気を取り戻した人々がそれに合わせて、笑顔で手を振り上げていた。その腕にはしっかりと何かが結ばれていて、鮮明に辺りをきらめかせている。もしやと思って自分の手を空にかざすと、僕の腕にもいつの間にか結ばれていた。リストバンドだった。色は紫。そういえば彼女も同じ色のものをしていた。

――ロックフェスティバルで待ってるから――

もしかしたら、ここまで無事に導いてくれたのは彼女だったのかもしれない。

「次はあいつらの番だ。早くメインステージへ」

たくさんの人の流れが僕の横を通り過ぎていった。その中の誰かのセリフに、直感的にあの男の顔が浮かんだ。ギターを背負い直して、男の立つステージに急ぐ。この先で男が、僕のもとに届けていた音楽があるはずなのだ。

――あなたは知っているのね。自分の音楽がどこから生まれてくるのか――

僕は、まだ知らなかった。だから、男に会って今から確かめなければいけなかった。


     *


彼女は泣きながら、ある場所を目指して走っていた。

ある小さな約束のために。彼女にとって大切な約束のために。それはここでしか果たせないもの。彼女はそれをずっとずっと誰にも打ち明けることなく、心の中で秘めてきたのだ。

ライブが始まる直前のためか人の動きが慌ただしかった。彼女は各ステージに流れていく人波を必死に掻き分けて、その場所に急いだ。泣きはらした目が見えないように、帽子を深くかぶり、首に巻いたタオルで顔を隠す。そのせいか自分の息づかいだけが、妙にはっきりときこえてくる。周りの音はどこかくぐもってきこえ、自分だけが別世界にいるような不思議な感覚を味わっていた。確かに今、この瞬間だけ、自分は違う世界にいるのかもしれない、と彼女は思った。いや、違うのか。本当はその別世界に、自分がこれから飛び込もうとしているのだ。そう思う彼女の目には、迷いが微塵もなかった。やがて視界に大きなシルエットが迫って来る。目指す場所まで後少しだった。もう少し。

彼女は無意識に手を空にかざしていた。結ばれた大切なお守りをじっと見つめる。陽にさらされたそれは輝きの密度を増し、どこか神々しかった。大丈夫だ。きっと自分は大丈夫だ、と心の中で繰り返す。

――ロックフェスティバルで待ってるから――

その声を信じて自分は今日まで、ここまで、やって来たのだ。しっかりあることを見届けるために―。

彼女は全力で走った。

自分の息づかいや心臓の鼓動が、必死に何かをつかもうともがいているのがわかる。彼女は祈るような切実な思いだった。自分の中身なんて、所詮はこんなものだ。だからこそ、ロックフェスティバルという場所で、自分を飛び越えてみせたかった。彼女だけの風をつかみ、世界の始まりと終わりを肌で感じたい。喜びも怒りも哀しみも楽しさも、同時に心に訪れて一気に去って行く。そんな一瞬のような、永遠のような奇跡に遭遇したい。それに自分を賭けてみたかった。

自分自身を飛び越えること。それが強いては、この世界をも大きく変えていく。そのことを彼女は本能で知っていたのかもしれない。

…どうか風をつかめますように!

彼女は想像する。全てが始まる光景を。全てが終わる光景を。そこには微笑む自分の姿があるだろう。隣には忘れられない誰かもいることだろう。それは唯一、何かが重なる瞬間だった。向こうは気づくだろうか…。可能性はとても低いが、それでも良かった。その人の目に映るものが、自分の目にも映ることをただ信じていた。彼らはきっと同じ奇跡を観る。そして、ともには微笑むのだ。その尊さに、きっと涙するのだ。その時は、相手の手にそっと自分の手を添えてみよう。

間もなく訪れる奇跡に向かって、彼女は颯爽と走り抜けていく。


     *


メインステージと書いてあるゲートをやっと越えると、たくさんの人だかりが待ち構えていた。こんな数の人々が、砂漠の中をともに歩いてきていたのだ。そんなことに今更ながら驚いた。

音楽に魅せられた人間の存在を始めて目の当たりにしていた。きっと国も人種も言語も年齢も立場も何も関係がない。ここまで人々がオープンになって、向き合えるもの。付き合えるものを今まで僕は知らなかった。

…本当に知らなかった。今まで僕は本当に何も知らなかったんだな…。

そんな思いで急に胸がいっぱいになってしまって、少し苦しくなった。さっさとその痛みを振り払いたくて、人波を掻き分ける。前へ、前へ、早く!男の待つステージへ…!

「おい!待て」

不意に誰かに肩をつかまれた。振り返った。

「ここまで来て、また砂の餌食になるのか?」

あの男だった。

「そういうのは、のまれるんじゃない。吐き出すんだよ」
「え?」
「―本当は知っているだろう?」

その言葉に共鳴する声があった。

――あなたは知っているのね――

僕はまだ知らない。

――自分の音楽がどこから生まれてくるのか――

まだ知らない。知らないのに…。その存在が急に恐くなって、慌てて僕は耳をふさごうとした。

「…まぁ、いい」

男はそれを優しく制するかのように微笑んだ。

「ここまでよく来たな。礼を言うよ」

そして、今度は僕の頭を撫でた。まめのできた丈夫で固い手のひら。男の生き様を垣間見たような気がした。なぜかほっとして、泣きそうになっていた。いろんなことがあったのだ。男に話したいことがいっぱいあった。何よりも彼女のことを。真っ先に男に伝えたかった。

「俺は知っているよ、相棒。何でもさ」
「…え?」
「さぁ、お待ちかねのステージだ」

男はステージに一番近い場所まで僕を導いた。最前列だった。その敷居の柵をつかむ。休む間もなかった。隣の男が簡単にその柵を飛び越えていた。そして、ステージにきれいに飛び上がる。僕は急いでケースを開けて、男にギターをかかげた。

「どうしようもないなぁ、お前は」

男は呆れ顔でギターを受け取ると、それを愛しそうに抱きしめてから僕に語り出した。

「このギターは、長い旅をしていたんだ。こいつの生まれた年に限って、生産本数も極端に少なかったから、誰もがこいつを手に入れたくて探し回ったんだよ。もう、お目にかかるなんて奇跡。そんな代物だった」

男はひび割れた眼鏡を外して、まっさらな眼で僕をとらえた。自分の中で、どこが疼きだしていた。

「でも、しぶとく探し続けてくれたよな。決してあきらめなかった。そうして、運良く手にすべき持ち主と出会って、こいつは心底嬉しかったんだ。生き延びた気がしたよ。日の目を見たようだった」

でも、触れることができない。必死に手を伸ばしても、僕にはどうしても届かない。

「なぁ、俺が今、何を言いたいかわかるか?」

僕はもちろん首を振った。そんな僕に、男は目を細めて笑った。

「しぶとい奴は、嫌いじゃないってことさ!」

男が僕に手を伸ばす。

「待ってたんだ、俺は。ずっとずっと待ってたんだぞ、相棒」

その真剣な目に映る自分の姿に、僕はまた目が離せなくなった。

――ロックフェスティバルで待ってるから――

男の声。彼女の声。二人の声が今しっかりと重なる。

「……僕は…」
「何、びびってんだよ。これは、お前のステージだろう?」

そして、その手で力強く僕を引き上げた。

僕は、ステージに立った。

歓声が響き渡った。目を見開く。息を呑んだ。そこから見える光景に―。

男や彼女の目を通して見ることができたもの。ずっとずっと必死に手を伸ばし続けていたもの。それをようやくつかんでいた。あの金色の海と、揺るがない自分自身。そして…。

あぁ、そうか。僕は知っている。

これは僕のギターで、これは僕の…、いや、僕らのステージなのだ――。


    * 


輝く笑顔をたたえた海。
波のように高鳴り続ける歓声。
確かな躍動感をもって世界を揺るがす強大な生命力。

…奇跡だな、もうこれは。だって、全てが超越している。

目が離せなかった。ここに存在するもの全てに。ここで人々は何かを吐き出し、大切なものを生み、それを育てる決心をするのだ。

…なぁ、知ってるか?人間って金色に光るんだぜ。

今、自分の目に映るものが、真実であることを切に祈った。それが音楽というもので存在し続けると言うのなら、一生ギターを弾いて歌ってやる!永遠に続くことなんて、この世に一つだってない。それは、わかっていた。だから、こんなに光り輝くものだってことも知っている。そうだとしても自分は歌い続けてみせたかった。それが結局どんなに哀しいことでも、死ぬほど淋しい奇跡でも。

額から流れる汗が目にしみた。腕でそれを弾く。気のせいか、その腕が懐かしい色にかすかに光った気がした。

――ロックフェスティバルで待ってるから――

うまく思い出せない。繰り返し見てきた夢のようなものの存在。自分の中で確かに訴え続けてきたもの。俺が音楽を続ける理由。ここに立つときに、一瞬はっきりとつかめそうな錯覚に陥る。

あったはずのリストバンドはこの腕にはなかった。それが一体何色をしていたのか、今はもう思い出せない。でも…、

――確かにあるんだよ、ここに!

必死に誰かが訴える。

――見えないだけで、確かにこの腕にあるんだ!

それは待ちわびた敵の声なのか…?
それとも…?

…わかんねぇ!だから、俺は歌うんだ。歌って、歌って、歌い続けるしかないんだ!

まだ全てがわからないのが、とても悔しい。でも、今はそれでいいのだ。たぶん焦る必要なんてない。きっと俺は知っているから。本当の俺は知っているから。だって、歌うことやギターを鳴らすこと、ロックフェスティバルのこのステージに立つこと、それらが全て大切な何かに繋がっていることを俺はもうすでに知っている。そこまで知っているのだ。

だから、何度でもあきらめずに手を伸ばす。届かなくても、届くまで。つかむまで。そうして、いつかこの手でつかむことができたら、今度は俺が引き上げるのだ。いつか救えなかった誰かも、きっとこの手で今度は引き上げてみせる。その時がきたら、ようやく俺は伝えられるのかもしれなかった。

「これが、俺の音楽なんだ!俺たちの音楽なんだ!」

今はここから叫ぶことしかできない。

その声は今、オーディエンスの嬉々とした笑顔、拍手、歓声に迎え入れられる。胸が熱くこみ上げた。バンドのメンバーに視線を送ると、みんな気持ち悪いくらい優しい顔をしていて、吹き出しそうになってしまった。きっと俺も、こいつらと同じ顔をしてるんだな。

――どうか僕らの音楽が届きますように。

ギターを掻き鳴らす手に力を入れ、半分麻痺したような体を奮い立たせる。全力で生きよう、この瞬間を。最後の一音まで。ありったけのエネルギーをぶち込んで。

目の前の海の眩しさが胸を打ち、届けたい、吐き出したい思いが、さらにしぶきを上げて声となり、歌となる。ギターの音はその迫力と激しさに揺さぶられ、爆音を轟かす。

それはどこまでも突き抜け、やがて世界の始まりと終わりを告げるにふさわしい最良の音楽をこの耳に伝えてくれるだろう。


=====================================

=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ ELLEGARDEN「 Missing 」× ハロルド作石「 BECK 」★

過去にUPした「ロックフェスティバルの人々」があいだ(「*」のところ)に入るもう少し長い物語でした。(まだUPしてない「~人々」部分もあるのでそれはまた今度にでも)

① ELLEGARDEN「Missing」
http://www.youtube.com/watch?v=G-3pt5W_XzA
物語のラストでふと頭の中に流れてきた音楽がこれでした。なので、もしかしたら、「Missing」というタイトルの物語になっていたかもしれません。タイトルを決めるのはいつも難しい。このCDに同時収録されている「The Autumn Song」も素敵です。

② ハロルド作石「BECK」
http://www.amazon.co.jp/dp/4063342786
過去にとあるロックフェスティバルに仲間と一緒に行くことになった時、音楽に興味なしだった私に友人が紹介してくれたバンド漫画。ハマりました。主人公・コユキくんの歌声をめぐってみんなで意見を言い合ったり…。懐かしいなあ。9、10巻のロックフェスティバルでの彼らのライブシーンは圧巻です。他にこの漫画で好きなエピソードがありまして、バンドメンバーみんなでみる夢の話。砂漠で名アーティストたちがごみを拾っているんです。「きみたちの(ライブの後の)ごみを拾ってるんだよ」と告げるところがカッコよくて、たぶんそれに感化されて生まれた物語だと思います。

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