=お知らせ=
★2015/6/16
物語ブログ『1001夜ショートショート』開設・祝2周年となりました。これも応援して下さったみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。マイペース更新ですが、これからも『1001夜ショートショート』をよろしくお願いいたします^^

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↓↓ 【第246夜】 幽玄躰(ゆうげんたい) ↓↓
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その墨を含んだ筆は人々の穢れを祓う。

男の書く文字は“守”となるのか、それとも“呪”となるのか―。

「救いになれば、どちらでも構わない」と誰かが言った。

   *

訪れた山間の里は濃い霧に覆われていた。

「お待ちしていました、僧侶様」

正確に言うと、私は寺に籍をおく僧侶ではない。しがない流れ者に過ぎない。もしかしたら、山伏というものに近いのだろうか。奇妙な力をもつ私を仏門は決して認めなかった。しかし、そんな肩書きなどここの者たちには関係ないだろう。

「助けて下さい」

苦しみから救われれば、私が何者であってもいい。誰であっても構わない。

「どうか娘を助けて下さい」

それは私自身にとっての救いでもあった。

「いったい、どうしたんですか?」

今日も私は人々の希望の光りになるべく、彼らに手をのばす。

   *

「翠(スイ)という里娘の様子がおかしいんです」

里の者の話によると、翠(スイ)という娘がここ最近、夜中に勝手に出歩くようになってしまったという。別に里の男と恋仲になり、こっそり会いに行っているわけではない。翌朝、問い詰めても本人は何も覚えていなかった。出歩いたという記憶すらない。心配した両親が夜中に彼女の後をつけると…。

「娘は得体のしれない者と一緒にいたんです」
「得体のしれない者?」
「…獣の形を装った白い影、のようなものでした」

白い影…?

「…僧侶様、物の怪や怨霊のたぐいでしょうか?」
「娘に会うことはできますか?」

両親に案内さた家に娘がいた。翠(スイ)は瓜実顔の美しい娘だった。

「里の者の前では言えなかったのですが、最近、翠には痣のようなものができてしまいまして…」

両親がそう言うと、娘は恥じることもなく、無表情で腰の帯をゆるめた。着物が床にさっと落ちる。全身にまだらのような痛々しい赤い痣があった。しかし、不思議なことに左の胸だけは無傷だった。

「痛みはありません。ただ全身に痣があるだけ」

娘の声は落ち着いていた。

「僧侶様、これはいったい何なのでしょう…?」

娘よりも両親の方が不安そうだった。私は彼らを安心させるように微笑んだ。

「その白い影…得体のしれない者は、娘さんの命を今晩、奪いに来るかもしれません。左の胸だけ無傷なのはその証拠。間に合って良かった。今、文字を書きましょう。ご存知かと思いますが、私の文字には力がありますので」

背負っていた行李(こうり)を下ろし、その中から硯(すずり)と筆を取り出した。

「父さん、母さん。悪いけど、僧侶様とふたりにさせて」

娘が言った。その言葉に両親は顔を見合わせる。それから私を見、頷くと部屋を出た。

「ごめんなさい。うちの両親は大げさなんです」

娘の声は、やはり落ち着いていた。

「一人娘と聞いたよ。そりゃ、心配だろうさ」

静かに墨をする。黒い液体が、じゅわりと生まれる。

「違うんです。この里で一番の金持ちに嫁ぐことが決まっていて、それが破談になりそうで慌ててるの」

私は筆を持ち、その先を墨につけた。じゅわり、と筆先が闇色に染まっていく。

「それが嫌で、お前は白い影…鬼に自分の躰(からだ)をうったのか…?」

私の言葉に娘はふっと笑った。

「さすが僧侶様、お見通しなんですね。あの白い影の正体は鬼。ある晩、あれがあたしに声をかけてきた。望みを叶えてやるから、躰をうれといって。どうせ無理やり嫁がされるのだもの。誰にこの身をくれてやっても同じ。だから毎晩、鬼に会いに行きました。今日は腕、今日は足、という具合に…躰をうったの」
「最後に命を残してか…?最初から鬼はお前の命を狙っていた。そのことはわかっていただろうに」
「それでも、よかった」

どこかあきらめた表情の娘に私は聞いてみた。

「望みは叶ったのか?」

娘はうっとりするような微笑を見せる。

「ええ、僧侶様が来てくれたもの。あなたが、あたしを救ってくれるんでしょう?」

私は言った。

「私の書く文字は“守(しゅ)”となるのか、それとも“呪(しゅ)”となるのか―。わからんぞ?」
「救いになれば、どちらでも構わない」

と、娘が言った。

「わかった」

私は娘にふれた。無傷の左の胸に筆を下ろす。娘が小さな悲鳴をもらした。

「たえろ。今までの心の痛みに比べれば、大した痛みではないだろう?」
「ええ。…でも、意識が遠のきそう。あたしの名前を呼んで下さい、僧侶様…」

私はそっと囁いた。

「翠(スイ)」

娘は苦痛に顔を歪めていたが、どこか幸福そうに見えた。

   *

その晩、鬼が来た。

― 娘がいない ―

白い影はひたすら娘を探していた。しかし娘の姿は今、私の文字の力で鬼には見えないものになっている。

― 娘よ、どこに行った? ―

「娘はお前のものではない」

私がそう言うと、鬼は激高した。

― 異形の者の仕業か!娘をどこに隠した!? ―

「鬼に異形と言われるとは。笑わせてくれる。もう一度言うぞ。娘はお前のものではない」

― なんだと!? ―

「娘…翠の命は、彼女自身のものだからだ」

私の書く文字は“守(しゅ)”となるのか、それとも“呪(しゅ)”となるのか―。翠の胸に記したのは、“私のもの”という文字。

― 異形の者め!覚えていろ ―

やがて夜が明け、鬼は消えた。

   *

昨日までの霧が晴れ、日の光りに包まれた里は活気を戻しつつあった。

「僧侶様。里の娘を救って下さり、ありがとうございました」

娘の痛々しい痣はすっかり消えていた。左の胸にだけ私の書いた文字がまだ残されているが、鬼が彼女の元に訪れることはもうない。徐々にそれも薄れていくだろう。

「すみません。翠のやつ、姿を見せなくて。僧侶様に挨拶をしろと言ったんですけど…」
「気になさらずに。それでは、私はこれで」

人々と別れ、里を後にする。すると、山道に出たところで、先回りをしていたのか娘が待っていた。

「僧侶様、もう行ってしまうんですか?」
「お前はもう大丈夫だ。安心して、自分のこれからことを考えるといい」
「このままここにいても金持ちのところに嫁ぐだけなのに?」

私は笑った。

「お前はもう子供ではないだろう?」
「え?」
「強い生命力で、鬼にも勝てたのだから」

それを聞いて、娘もおかしそうに笑った。

「そうですね。でも、僧侶様があたしに書いた文字がまだ胸に残ってるわ。あれはいただけない」

私が首をひねると、娘は怒ったように腰に手をあてた。

「僧侶様が書いた“私のもの”という字…あれではまるで“あたしは僧侶様のもの”って意味みたいでしょう?」

私の書く文字は“守(しゅ)”となるのか、それとも“呪(しゅ)”となるのか―。

「翠という娘の命はもう僧侶様のものなのに。そんなあたしを置いて行く気ですか?」
「仏門に見放され、鬼にまで異形の者と罵られた私だぞ?それでもついて来れるのか?」

娘が私に飛びついた。

「大丈夫。あたしは強い生命力の持ち主らしいわ」
「やれやれ。とんだじゃじゃ馬…いや、おてんば娘だな」

しっかり抱きとめると、彼女は私に笑顔を向けた。

「ひどい言い草。でもあなたの救いになれば、どちらでも構わない」と翠が言った。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 漆原友紀『蟲師』 × 小泉八雲『耳なし芳一』 ★

『蟲師(むしし)』のアニメが素晴らしくて、その世界観に似た物語が描けないものかと思っていたら、今回の物語のタイトルがなんとなく浮かんできました。(調べたら、元々「幽玄体」って和歌などの歌体なのだそう。その「体」の字をなんとなく「躰」で置き換えたら、声が生まれ、いつの間にかこんな物語に…)体に文字を書くなんて『蟲師』より、なぜか小泉八雲の『耳なし芳一』っぽくなってしまったような…。

① 漆原友紀『蟲師』
この総集編、良ければぜひ!本編みたくなりますよ。
http://nicotter.net/watch/sm4447492
誰かが言ってたけど、確かにこの物語が「日本昔話」でもいいかもしれない。
本編https://www.youtube.com/watch?v=UiZEGolYP0g&list=PLQh9jj6F4ecDsPDO7x86V9Yf8VY0V4sYg
本編続章https://www.youtube.com/watch?v=g-7OexTRYbg&list=PLaIQLmYfp3nk62kbXsPUrh0GXstyrGtHJ

② 蟲師Soundtrack『蟲音』
作り手も演じ手も素晴らしい映像化作品でしたが、音楽が「蟲師」の世界観に物凄く貢献していたのではないでしょうか。これを聞きながら今回の物語を書きました。
【作業用BGM】 蟲師 Sound track 1 (蟲音 前)
http://nico.ayakaze.com/player/sm/sm2515295
【作業用BGM】 蟲師 Sound Track 2 (蟲音 後)
http://nico.ayakaze.com/player/sm/sm2809974

③ 小泉八雲『耳なし芳一』
http://www.amazon.co.jp/%E8%80%B3%E3%81%AA%E3%81%97%E8%8A%B3%E4%B8%80-%E5%B0%8F%E6%B3%89-%E5%85%AB%E9%9B%B2/dp/4097278525
私のトラウマ怪談。小学生の頃、図書室で読んだ時の恐怖は呪い級でした…。でも、自分の中で今回物語の元ネタになってくれたっぽいから少しは克服できたのかな。

こちらの物語は後に続編化になりました。準備中のためショートショート版をこちらにあげておきます


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