「あなたが女優と知り合いだなんて初耳ですね」

三間坂(ミマサカ)さんはわたくしの淹れた紅茶にマドレエヌを浸しながら、そうおっしゃいました。

「女学校時代のお友達なんですのよ、これでも」

そんなにマドレエヌを浸しすぎて、お味が半減しないのかしらんと、いつもわたくしは不安になります。そんなことは気にもされてないのでしょう。英国に留学なさっていたこともある三間坂さんは美味しそうに召し上がっています。

「加納早和子(カノウ サワコ)さん、でしたっけ?」
「ええ」
「新聞で拝見しましたよ。とてもきれいな方ですね。清楚で品があって」
「女優さんも今の時代、立派な職業婦人ですわ」
「なるほど。大正職業婦人(モダンガール)、自立した女性というわけですね。その方が僕に相談とは、はて、なんでしょうね」

三間坂さんにうながされ、わたくしも席に座り、マドレエヌを頂くことにしました。

「さあ、わたくしも詳しくは知らないのです。急にお電話を頂いたんですもの」
「まあ、本人から伺いましょう」
「久しぶりに早和子さんに会えるなんて楽しみですわ。でも、まさかここ、三間坂探偵事務所で再会するとは思いませんでしたけれど…」

そこで「御免下さい」と、扉の向こうから声がしました。

「夢の話なのです」

早和子さんは紅をひいた美しい唇で、丁寧に話して下さいました。

早和子さんには昔から不思議な…巫女のような力がありました。それは先を予言するような夢を見ること…。

「予知夢ですね」

三間坂さんの言葉に、早和子さんは深く頷かれました。

小さいときは、それはそれは頻繁に見ていたそうなのですが、成長するにしたがって、数は少なくなり、わたくしと過ごした女学校時代は落ち着いたものだったとのことで安心しました。しかし、女優業を始められてからまたよく見るようになってしまいました。

「でも、とある夢を見てから、ぴたりとやみましたの」
「というと?」
「夢の中で大きな怪物の命を助けました」
「まあ!」

思わず、わたくしは声を上げていました。すると、早和子さんはくすくすとあの頃と変わらない笑顔をこちらに向けられました。

「時緒(トキオ)さんは相変わらず、素直な反応をなさるわ」
「え?」
「天真爛漫なまま。あの頃とお変わりなくて嬉しいです」
「そんな。…子供のままでお恥ずかしいですわ」

わたくしが真っ赤になって俯くと、三間坂さんが

「そこが彼女の良いところなのですよ。だから、貴女も僕をたずねにこられたのでしょう?」

と、微笑んでいます。

「ええ。このような話、ふつうは信じて頂けませんもの」

早和子さんの長いまつげが急に伏せてしまいました。三間坂さんがまた明るく微笑みました。

「早和子さん、どうぞマドレエヌでも召し上がってください。彼女、時緒さんの働くカフェーで一番人気の西洋菓子なのですよ」
「そうなんですのよ、早和子さん。今、新しい紅茶も淹れてきますわ」

早和子さんは大きな瞳をこちらに向けられました。それから安心したように、

「おうちにご不幸が続いて女学校を途中でやめられたときは、どうなさるかとても心配でしたけれど、時緒さんは、ずっとお元気でいらしたのね」
「カフェーの給仕も立派な職業婦人でしょう?」

わたくしはにっこりとしました。

「彼女の入れてくれる紅茶は絶品なのですよ」

わたくしは三間坂さんの言葉に励まされるように、新しい紅茶の茶葉を取りに探偵事務所の下の階にあるカフェーに向かいました。

「それはとても奇妙な怪物でした」

 わたくしが戻り、紅茶を淹れ直すと早和子さんは語って下さいました。

体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎というような奇妙な怪物。そのものは矢傷を負っていて、佐和子さんは手当をしてあげたそうです。怪物は涙をこぼし、感謝をしました。そして、『必ず、あなたを幸せにします』と言ったそうです。

「翌日、わたくしは今の婚約者と出会いました」
「まあ!」
「不思議でしょう?」

早和子さんもとても驚いたのでしょう。大きな瞳が少し潤んでいました。

「彼は銀行に勤めております。とても穏やかで優しい方。ただ、気がかりなことがありますの」
「なんでしょう?」
「日に日に彼の体が大きくなっていくのです。わたくし、あの方にききましたの。お体のことが気になって…健康や食生活のことなど。でも、今までと変わりなく過ごしているというの。あの夢でみた怪物と何か関係があるのかしら?」

早和子さんの白いお顔がさらに白くなっていました。

「三間坂さん、一体どういうことなのでしょう?」

わたくしは三間坂さんにたずねました。三間坂さんなら、何か心当たりがあるかもしれません。

「……その怪物は獏(バク)かもしれませんね」
「え?」
「獏が恋をしたのかもしれません。早和子さん、貴女に」

わたくしと早和子さんは顔を見合わせました。三間坂さんはにっこりと微笑まれました。


 翌週、新聞では『女優・加納早和子結婚』と報道されました。

探偵事務所にブレクファストを届けに行くと、三間坂さんは窓辺に腰かけ、新聞を手にしていました。

「三間坂さん!早和子さん、とても幸せそうね」
「ええ、良かったですね」

目玉焼きとトオストの香ばしいにおいに、三間坂さんは嬉しそうに新聞をとじられました。わたくしはテエブルにそれらを並べます。朝は珈琲をお出ししないと。

「でも、驚きましたわ。獏が恋をしたと三間坂さんがおっしゃった時には」

三間坂さんは席に着き、長い足を優雅に組まれました。

「獏は人の夢を食べて生きる生き物と言われています。何らかに傷つけられた獏は早和子さんの夢に逃れて行った。そこで彼女に助けられ、恋をした」
「ロマンティックですわ」

三間坂さんは面白そうに私を見られました。

「怪物ですよ?」
「優しい心根がとても素敵じゃなくて?」
「時緒さんらしいですね。彼の体も徐々に元通りになるでしょう。今、彼女の悪い夢を一気に吸収しているところだと思いますし」

わたくしの淹れた珈琲を三間坂さんはゆっくりと美味しそうに飲まれました。わたくしは呟いていました。

「怪物も恋をするのね」
「そうですよ。いきものはみんな恋をします。時緒さんもそうでしょう?」
「…わたくし?」

気のせいでしょうか、三間坂さんがじっとこちらを見ているような気がしました。わたくしはにっこりとしました。

「わたくしは、お仕事に恋をしていますわ。なんと言っても職業婦人ですもの」

すると、三間坂さんが楽しそうに笑われました。

「やれやれ、まったく時緒さんらしいな」

それから、いつものように三間坂さんに誘われ、わたくしたちは一緒にブレクファストを頂きました。



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=影響を受けた作品のご紹介=
ここでは上の拙い物語がたぶん影響を受けたんじゃないかと思われる作品をご紹介します。 お時間や興味のある方はどうぞ~。

★ 原田眞人「自由戀愛」× ノイタミナ「PSYCHO-PASS」★

「モダンガール事件手帖」は、もう少し切ない余韻の残る話になる気がしてたんですが、少女小説のようになってました。大正時代けっこう好きなんですが、この時代設定の作品ってあまりないんですよね。残念。だから、自分で書いてみたのかもしれません。でも、敬語がわけわからなくなってました。

① 原田眞人「自由戀愛」
http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%88%80%E6%84%9B-DVD-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E4%BA%AC%E5%AD%90/dp/B000CIXJSU/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1373736937&sr=8-2&keywords=%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%88%80%E6%84%9B
大正時代を生きる2人の女性の愛憎劇。この長谷川京子さんはハマっていたような気がします。天真爛漫すぎて人の痛みに鈍感な役どころ。最初にやたらと「職業婦人」と連呼してて気になって調べたら「モダンガール」の存在を知ることに。洋服や建物、人々の雰囲気などが知れるところもよかったです。

② ノイタミナ「PSYCHO-PASS」
http://nicoviewer.net/sm19822597
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19822597?group_id=deflist
近未来SFの刑事モノ。全然雰囲気は違うんですが、色々とこれから知ったこと、思い出したことが多くてかなり影響を受けていたのかも。紅茶にマドレーヌをひたす→「失われた時を求めて」を読むきっかけに(最初の数ページでダウンしたけど…)。標本事件→ドラマ「乱歩R」のディスプレイ殺人事件を思い出し、主題歌だったFayrayを知ったりして。2期をやるなら、個人的には過去に戻って「標本事件」をやって欲しいなあ。

ドラマ「乱歩R」
http://nicoviewer.net/sm1728850
Fayrayの2曲を聞きながら書いてました。
「look into my eyes」
https://www.youtube.com/watch?v=9FHUHHYVPM0
「願い」
http://www.youtube.com/watch?v=vD4tmaHetiE

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